第十九章 約束の地
エスペランサ島を出航してからの航海は、驚くほど穏やかだった。修復された「希望号」は、以前にも増して力強く、アラビア海の追い風を受けてインド洋を東へと進んだ。
船の上の空気は、もはや絶望とは無縁だった。それは、一つの大きな家族が、新しい家へと向かう旅路のようだった。
昼間は、甲板で子供たちが船員たちからロープの結び方を習い、夜は、セファルディムの長老たちが、エドムンドたちに故郷スペインの古い物語や歌を聴かせた。人々は、失われた過去を語り、そしてこれから始まる未来について夢を語り合った。エドムンドは、その輪の中心にいながらも、静かに彼らの姿を見守っていた。彼が救ったのは、単なる命ではなかった。彼は、一つの文化と、その未来を救ったのだと、実感していた。
出航から二週間が過ぎた頃、船乗りたちが最初に変化に気づいた。海の青色が、微妙に緑がかっている。空を飛ぶ海鳥の種類が、明らかに変わった。そしてある朝、潮風に混じって、これまで嗅いだことのない、甘く、そしてスパイシーな香りが運ばれてきた。胡椒と、カルダモンと、雨に濡れた土の香り。それは、生命に満ちた、未知の大地の香りだった。
誰もが、その時が近いことを予感していた。
そして、運命の日の朝が来た。夜霧が晴れ、空が乳白色に染まり始めた、その時。
マストの上の見張り台から、歓喜とも嗚咽ともつかない、魂の叫びが響き渡った。
「り……陸だ! 約束の地だ! インド大陸が見えるぞー!」
その声に、船倉で眠っていた者も、甲板で祈りを捧げていた者も、全員が船首へと殺到した。
水平線の彼方に、それは幻ではなかった。どこまでも続く、緑の海岸線。白い砂浜と、ヤシの木々。そしてその向こうには、彼らが目指してきた港町、グジャラートの街並みが、朝日を浴びて輝いていた。
甲板は、歓喜と涙に包まれた。人々は抱き合い、天を仰ぎ、神に感謝の祈りを捧げた。何年にも及ぶ追放と、何ヶ月にも及ぶ地獄の航海の果てに、彼らはついにたどり着いたのだ。
古ぼけたキャラック船「希望号」が、異国の船でごった返すグジャラートの港に、その傷だらけだが誇らしげな姿を現すと、埠頭の一角がにわかにざわめいた。
船が接岸するのを待っていたかのように、ターバンを巻いた数人の男たちが近づいてくる。
エドムンドが警戒するより先に、船上の同胞の一人が喜びの声を上げた。
「ああ、間違いない! 彼らも我々と同じ、ユダヤの民だ!」
男たちの服装は違えど、その顔つきや、交わす言葉の端々には、紛れもない同胞の響きがあった。ナフマンの蜘蛛の巣は、このインドの地にまで、確かに張り巡らされていたのだ。
現地のユダヤ人コミュニティの代表者が、丁重にエドムンドに挨拶をした後、船から降りてくる同胞たちを温かく迎え入れた。長旅で疲れ切った老人には肩を貸し、幼い子供たちの頭を優しく撫でた。何ヶ月ぶりかに聞く、安らぎに満ちたヘブライ語の会話が、埠頭に響き渡った。
エドムンドは、船の甲板から、その光景を静かに見つめていた。
家族たちが、新しい隣人たちに導かれ、活気に満ちた未知の街へと歩いていく。彼の任務は、終わったのだ。
セファルディムの民の長老が、エドムンドの前に進み出て、深く、深く頭を下げた。
「言葉が見つかりません、エドムンド殿。あなたは、我々の命だけでなく、我々の魂と、未来を救ってくださった。モーゼが我らの民を約束の地へと導いたように、あなたも我らを導いてくださった。我ら一族は、あなたの恩を未来永劫忘れません」
エドムンドは、ただ静かに頷いた。
彼は、雑踏の中に消えていく、彼が救った人々の後ろ姿を、いつまでも見送っていた。
その顔には、深い安堵と満足感、そして、巨大な使命を終えた者だけが知る、一抹の寂しさが浮かんでいた。
約束の地は、彼らにとっての楽園だった。だが、エドムンド自身の次なる目的地は、まだどこにも見えていなかった。




