第十四章 残骸の中の真実
三艘の小舟が、「希望号」から荒れた海へと降ろされた。エドムンドは自ら一艘に乗り込み、難破した「奈落号」の残骸へと向かった。近づくにつれ、悲劇の全貌が明らかになる。船体は巨大な岩に乗り上げ、竜骨が折れて完全に二つに裂けていた。マストは倒れ、帆やロープが海藻のように絡みつき、打ち寄せる波が、無数の木片を岸辺に叩きつけていた。
最初のボートが、かろうじて砂浜になっている場所にたどり着いた。そこにいたのは、ガスパールの船員たちだった。彼らは低体温と疲労、そして壊血病による衰弱で、ほとんど動くこともできずに砂の上にうずくまっていた。エドムンドの部下たちが武器を構えながら上陸すると、彼らは抵抗する気力もなく、虚ろな目でその様子を眺めていた。
「医者をここに。毛布と温かい飲み物を」エドムンドは指示を飛ばした。「ただし、武器は全て取り上げろ。彼らは我々の捕虜だ」
その間、エドムンドが乗ったボートは、まだ海上に浮かんでいる船倉の残骸へと向かっていた。そこから、微かに人の声が聞こえたのだ。
「誰か……誰かいないか……」
エドムンドの部下が、斧で歪んだ扉をこじ開ける。その瞬間、中から淀んだ空気が溢れ出し、エドムンドは思わず息を呑んだ。
暗闇の中、水浸しの船底に、十数人の人々が折り重なるようにして生き残っていた。彼らこそ、エドムンドが救い出すと誓った、セファルディムの同胞たちだった。何日も光を見ず、まともな食事も与えられず、嵐の恐怖に耐えてきた彼らは、亡霊のように痩せこけていた。
「恐れるな。我々は、サロニカのナフマン様から遣わされた者だ」
エドムンドは、ヘブライ語で静かに語りかけた。
「助けに来た。もう大丈夫だ」
その言葉に、暗闇の中から嗚咽が漏れた。彼らは、ゆっくりと、しかし確かな希望の光が差し込んだ方へと、震える手を伸ばした。部下たちが一人ずつ、慎重に彼らを抱きかかえるようにしてボートへと移していく。
全ての生存者が「希望号」の甲板に収容される頃には、日は西に傾いていた。
同胞たちは、船医によって手厚い看護を受け、清潔な毛布にくるまり、何日もぶりに温かいスープを口にした。その涙は、絶望のものではなく、安堵と感謝のものだった。
一方、捕虜となったガスパールの船員たちは、甲板の一角に集められ、見張りをつけられていた。彼らは、敵であるはずのエドムンドの部下たちが、自分たちにもパンと水を分け与えるのを、信じられないという顔で見ていた。そして、彼らが「奴隷」だと思っていたエドムンドの部下たちが、実は自分たちよりも遥かに健康で、統率の取れた精鋭であったという事実に、ようやく気づき始めていた。
やがて、最後のボートが戻ってきた。そこには、意識を失ったガスパールが、まるで巨大な魚のように転がされていた。彼は嵐の中、マストに頭を打ち付け、気を失っていたところを発見されたのだ。
船長がエドムンドのそばに来て、低い声で尋ねた。
「旦那様。こいつら、どうしますか? 特に、ガスパールは……」
エドムンドは、鎖に繋がれ、医務室で手当てを受けているガスパールを一瞥した。彼の目には、憎しみではなく、冷たい憐れみの色が浮かんでいた。
「彼は、もはや獣ではない。牙を抜かれた、ただの男だ」
エドムンドは、アフリカの南端から、広大なインド洋へと視線を移した。
「我々の旅は、まだ終わっていない。彼らには、自分たちの哲学が何をもたらしたのか、その目で最後まで見届けてもらう。そして、ナフマン様の前に、生きた証拠として突き出してやる」
賭けは終わり、救出は果たされた。
しかし、エドムンドの本当の戦いは、これから始まるのかもしれなかった。彼は、この船に乗る全ての魂――救うべき同胞と、裁かれるべき捕虜たちの運命を背負い、再びインドを目指して舵を取るよう命じた。




