第十章 偽りの積荷
正午の陽光が、港の埃っぽい空気を白く染めていた。だが、第七倉庫に一歩足を踏み入れた瞬間、世界は薄暗い夜へと反転した。潮とタールの匂いに混じって、鉄と、拭いきれない絶望の匂いが満ちている。奥の暗がりからは、身じろぎする鎖の音が、まるで嘆き声のように微かに響いていた。
空間の中央、椅子にふんぞり返った"鉄腕"ガスパールが、エドムンドを一瞥した。彼は手にした銀の杯を弄びながら、獲物を品定めするような目で言った。
「ジェノヴァの小鳥が、何の用だ。俺の庭でさえずるには、ちと度胸がいるぞ」
周囲の手下たちが、下卑た笑みを浮かべる。エドムンドは動じなかった。彼は、この獣の巣穴の主人が何を求めているかを、昨夜の賭場で完全に見抜いていた。
「エドアルド・ヘリと申します」エドムンドは、恭しく、しかし対等な商人として振る舞った。「あなたの『庭』の素晴らしさを、ぜひ拝見したいと思いまして」
「ほう?」
「正直に申し上げましょう、ガスパール殿」エドムンドは、最初のカードを切った。「香辛料や宝石は、私の表の商売。我がヘリ家がジェノヴァで代々行ってきた本業は、あなたと同じ……人の輸送です」
ガスパールの目の色が変わった。手下たちの笑いも止まる。
エドムンドは嘘を続けた。「私は、古いだけのやり方に固執するコンスタンティノープルの『王様』に、新しい時代の効率というものを見せに来ました。力ずくで運ぶのは、三流の仕事。真の商人は、荷の価値を最大限に高めて届けるものです」
「面白い」ガスパールは椅子に座り直した。「その舌、なかなか回るようだ。だが、この街では言葉の重さは金貨で測る。お前の哲学とやらに、いくらの価値がある?」
「それを証明するために、今日ここへ参りました」エドムンドは、核心へと踏み込んだ。「今、最も熱い市場はインド。グジャラートのスルタンが、腕のいい労働力を高値で買い漁っている。あなたも、もちろんご存じのはずだ」
エドムンドは、まるで同業者と商談を進めるように、自然に話を続けた。
「私も、腕利きの職人を揃えましてね。近々、インドへ向けて船を出す準備をしています。噂では、あなたも素晴らしい『荷』を手に入れたとか。腕のいいセファルディムの職人たちを」
「……それがどうした?」ガスパールの声には、あからさまな警戒が滲んでいた。
「単独で向かうのもつまらない。ここは一つ、賭けをしませんか?」
エドムンドは、ゆっくりと、しかしはっきりと告げた。
「私の船と、あなたの船。どちらが先に、グジャラートへ『荷』を届けられるか。この街の王様と、ジェノヴァから来た新参者。どちらのやり方が優れているか、はっきりさせようではありませんか」
倉庫は、水を打ったように静まり返った。ガスパールは、エドムンドの顔を凝視している。その目は、目の前の男の正気と、その言葉の裏にある真意を探っていた。やがて、彼は腹の底から、唸るような笑い声を上げた。
「クク……面白い。面白いぞ、ジェノヴァ人! 俺の庭で、俺の得意な商売で、俺に勝負を挑むとは!」
彼の疑いは、エドムンドのあまりにも尊大で、あまりにも無謀に見える提案によって、完全に吹き飛んでいた。彼の頭は、この生意気な若造を叩き潰すという、甘美な想像で満たされ始めていた。
「いいだろう! その賭け、乗ってやる!」ガスパールは叫んだ。「だが条件がある。もし俺が勝てば、お前の全財産と、お前が運ぶその自慢の『荷』も、全てこの俺がいただく!」
「望むところです」エドムンドは即座に答えた。「そして、もし私が勝ったなら……あなたの船に乗せたセファルディムの民は、私が引き取る。輸送に失敗した『欠陥商品』の始末は、勝者がつけてやるのが礼儀でしょう?」
「抜かせ!」ガスパールは吼えた。「船を選べ!」
「あなたが艦隊で最速を誇る、あのガレオン船を使うなら」エドムンドは、最後の、そして最大の侮辱を口にした。「私は、港に停泊している、あの古臭いキャラック船で十分です。最新鋭の軍船を、私の『肥っちょの商船』が追い抜いてやる。最高の見世物だと思いませんか?」
その瞬間、ガスパールの顔が怒りで真っ赤に染まった。船乗りの誇りを、これ以上なく踏みにじられたのだ。
「……決まりだ。三日後、夜明けと共に出港だ! そのオンボロ船と、お前のその自信、インド洋の鮫の餌にしてやるわ!」
エドムンドは、深く一礼すると、静かにその場を後にした。背中に突き刺さるガスパールの怒号を聞きながら、彼は固く拳を握りしめていた。
獣は、罠にかかった。
本物の同胞たちは、まだこの倉庫の闇の中だ。彼らを解放するための、偽りの積荷を乗せた九死に一生の船旅が、今、始まろうとしていた。




