第九章 毒矢の準備
賭場を後にしたエドムンドが向かったのは、グランド・バザールの迷路のような路地の奥深く、香辛料を扱う小さな店の屋根裏だった。そこが、ナフマンのネットワークが帝都に張り巡らせた蜘蛛の巣の、秘密の結節点の一つだった。
部屋の主である寡黙な老人は、エドムンドの顔を見るなり、奥から一羽の伝書鳩が入った籠を差し出した。エドムンドは、小さな羊皮紙の切れ端に、インクが滲まないよう細心の注意を払って、暗号化された短い指令を書きつけた。
> 標的の魂、掌握。弱点は金にあらず、驕りにあり。
> 作戦は賭け。商人の流儀、どちらが至上かを問う。
> 成功後の航海のため、『希望号』をコンスタンティノープル港にて待機させよ。
> 船倉には、例の三種の備品(ローズヒップ、柑橘皮、蜂蜜)を、乗員全員が三ヶ月は保つ量を。
> 我が同胞たちの命運、この一手にかかる。
彼はそれを鳩の脚に結びつけると、窓から夜の闇へと放った。鳥は力強く羽ばたき、サロニカの方向へと消えていく。毒矢は、今や弦を離れた。あとは、標的を矢の射程内に誘い込むだけだ。
その日から数日間、エドムンドの振る舞いは、物静かな観察者から、大胆不敵な演技者へと変わった。
彼は「ジェノヴァ商人、エドアルド・ヘリ」として、帝都の商人たちが集う最高級のカッフェ(喫茶店)や取引所に顔を出し始めた。そして、聞こえよがしにこう語って聞かせるのだ。
「コンスタンティノープルの商いは、どうも野蛮でいけない。力と恐怖で荷を運んでも、質が落ちれば結局は損をする。真の利益とは、商品――それが絹であろうと、人であろうと――を最高の状態で届ける、我らジェノヴァの流儀にこそある」
彼の言葉は、ある者には感銘を、ある者には反感を与えたが、その噂は彼の莫大な富の噂と共に、瞬く間に商人たちの間に広がっていった。ナフマンから与えられた資金を使い、彼はわざといくつかの競売で法外な値をつけ、目利きであることと、金の力があることを見せつけた。
彼は、自らを餌として、ガスパールの縄張りのど真ん中に吊るしたのだ。傲慢で、裕福で、旧来の商人の流儀を振りかざす、ガスパールが最も憎むべき獲物として。
そして三日後の夕刻。エドムンドが一軒のカッフェでトルココーヒーを飲んでいると、彼のテーブルに巨大な影が差した。見上げると、賭場で見かけたガスパールの腹心である、屈強な男が立っていた。
男は、エドムンドを威圧するように見下ろし、低い声で言った。
「ジェノヴァの商人、ヘリ殿だな。我が主、ガスパール様が、貴殿の『ご高説』にいたく興味を持たれたようだ」
周囲の客たちが、息を呑んで成り行きを見守っている。
「我が主は、言葉の重さを金貨で測るお方でな。明日、正午。港の第七倉庫までお越し願いたい。貴殿のその舌が、どれほどの金に値するか、直接お確かめになるそうだ」
それは、招待状の形をした、果たし状だった。
エドムンドは、ゆっくりとカップを置くと、表情一つ変えずに答えた。
「それは光栄だ。偉大なるガスパール殿に、真の商いというものをお教えできるのならば」
腹心の男の眉がぴくりと動いた。だが、彼はそれ以上何も言わず、一礼すると雑踏の中へと消えていった。
罠は、完璧に仕掛けられた。明日、正午。エドムンドは、獣の巣穴へと、乗り込むことになる。




