第七章:サロニカの鷲
コンスタンティノープルからサロニカへの旅は、エドムンドにとって世界の反転を意味していた。
数ヶ月前、彼がこのオスマンの地へ連れてこられた時、乗っていたのは鎖と絶望に満ちた軍船の船倉だった。鉄格子から見える空は、彼の魂と同じくらいに鉛色だった。だが今、彼が立つのは、エーゲ海の風を孕んで疾走するナフマン商会のキャラベル船「ミリアム号」の甲板だった。コンスタンティノープルの金色の混沌が遠ざかるにつれ、彼の呼吸は深く、そして穏やかになっていった。あの街は彼から全てを奪った。あの街の土を再び踏むことは、二度とないだろう。彼はそう誓った。
船は奴隷ではなく、ギリシャの島々で買い付けたワインとオリーブ油を積んでいた。エドムンドは、もはや囚人ではなくナフマン様の賓客として、船乗りたちに混じって貪欲に学んだ。海図の読み方、風の掴み方。それは、自らの意志で未来へ進むための術だった。
数日後、船はテルマ湾の奥深く、サロニカの港へと滑り込んだ。そこは、様々な文化が溶け合う活気に満ちた白亜の街。そして何より、スペインから追放されたセファルディム(ユダヤ人)たちが築き上げた、ナフマン家の王国そのものだった。
エドムンドは、港を見下ろす丘の上の屋敷へと通された。案内された書斎には、権力者の威圧感ではなく、静かな知性が満ちていた。壁一面の書物、大きな机の上の詳細な地図。そして、窓辺の椅子に、ダヴィデ・ベン・ナフマンは座っていた。
七十歳を超えているはずだが、その背筋はまっすぐに伸び、鷲のように鋭く、全てを見透かすような瞳がエドムンドを捉えた。
「イングランド人、エドムンド・ヘイルだな。ようこそ、サロニカへ」
「……お招きいただき、光栄です。命を救っていただいたこと、感謝の言葉もありません」エドムンドは深く頭を下げた。
ナフマンは、エドムンドを値踏みするように、しばし黙って見つめていた。
「礼は、トマス・フィンチに言うがいい。儂は、彼の信用に投資しただけだ。そして、お前はその投資に、見事な利益で応えてくれた」彼は手元の一枚の報告書を指した。「ローズヒップ。面白いところに目をつけたな。だが、お前の本当の仕事はこれからだ」
ナフマンの表情から、穏やかさが消えた。彼は立ち上がり、壁の巨大な地図の前に立った。その指が指し示したのは、エドムンドが今しがた逃れてきたばかりの街――コンスタンティノープルだった。
「三日前、情報が入った。インドのゴアを目指していた我らの同胞の一団が、海賊に襲われ、奴隷としてコンスタンティノープルへ送られた」
エドムンドの血の気が引いた。戻れと、言うのか。あの地獄へ。
「彼らを買い取ったのは、"鉄腕"のガスパールという男だ。奴隷を家畜以下の道具としか見なしておらん。同胞たちは今も、あの男の倉庫で鎖に繋がれている」
ナフマンは振り返り、エドムンドの目をまっすぐに射抜いた。その瞳には、冷たい怒りの炎が宿っていた。
「我らユダヤの民には、何よりも優先されるべき律法がある。『ピディオン・シュブイム』――捕囚者の解放だ。これはビジネスではない。我らの魂をかけた聖戦だ」
鷲の目が、わずかに細められる。
「お前をこの任務に選んだのは、お前が有能だからだけではない。エドムンド、お前は鎖の重みを知っている。絶望の味を知っている。そして何より、あの街の闇を知っている」
ナフマンは机に戻り、一通の封蝋されていない手紙をエドムンドに差し出した。そこには、捕らえられた同胞たちの名前が記されていた。
「ガスパールは強欲で残忍な男だ。ただ金を積んでも、足元を見られて値を吊り上げるか、我らへの嫌がらせで見せしめに殺すやもしれん。力ずくは、あまりに危険すぎる」
それは、命令だった。だが同時に、エドムンドの最も深い傷に触れる、過酷な信頼の証でもあった。
「お前の知恵で、我らの同胞を救い出せ。手段は問わん。儂の金も人も、好きに使え。だが必ず、全員をだ。一人残らず、あの地獄から連れ戻すのだ」
エドムンドは、震える手でリストを受け取った。彼の個人的な復讐の物語は終わった。だが、本当の戦いは今、始まろうとしていた。自らのトラウマを乗り越え、かつての自分と同じ苦しみの中にいる人々を救い出すために、彼は自らの意志で、再びあのコンスタンティノープルの闇へと足を踏み入れなければならないのだ。




