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第五章:数字の言葉

 エドマンドに与えられた新しい人生は、書斎の主人のような優雅なものではなかった。翌日から彼が送られたのは、金角湾に面した巨大な石造りの倉庫群――ナフマン商会の心臓部であり、最も混沌とした場所だった。


 そこは、世界の縮図そのものだった。東方からは絹や香辛料、磁器が運び込まれ、黒海からは穀物や琥珀が、西欧からは毛織物やガラス製品が山と積まれる。アルメニア人、ギリシャ人、ヴェネツィア人、そしてナフマン家が率いるユダヤ人たちが、様々な言語を怒鳴り交わしながら取引を進めていた。エドマンドは、その巨大な倉庫の片隅にある小さな事務所で、帳簿を管理する書記の一人として働くことになった。


 それは、ナフマンによる試練だった。エズラは彼にこう告げた。「我が主は、フィンチ氏の信用状一枚でお前を買い取った。だが、本当の値打ちは、お前自身の働きで証明してもらう」。


 エドマンドの仕事は、山のように積まれる荷物の受領書と、出ていく荷物の出荷伝票を照合し、日々の在庫を記録することだった。しかし、すぐに彼は問題に気づく。帳簿上の在庫と、実際の在庫が、どうしても合わないのだ。古参の書記たちはそれを「帝国のやり方さ。多少の消えもんは、神様への分け前だ」と笑うだけだった。だが、エドマンドの養父リチャードから叩き込まれた商人の魂が、その曖昧さを許さなかった。


 彼は事務所に籠もるのをやめ、倉庫の中を歩き始めた。最初は誰もが、よそ者のイングランド人を訝しげに見ていた。だが、彼は何も言わず、ただ黙々と荷を担ぐ人々の動き、商品の置かれる場所、伝票の書かれ方を観察し続けた。


 数週間が経った頃、彼はいくつかのパターンを見つけ出した。


 第一に、問題は大規模な盗難ではなかった。むしろ、日々の小さな綻びの積み重ねだった。例えば、エジプトから届いた綿花は湿気に弱いが、いつも決まって雨漏りのする壁際に積まれるため、一部が腐って廃棄されていた。その損失は、伝票にはただ「減失」としか記されない。


 第二に、言語の壁があった。ギリシャ人の船乗りが持ってくる伝票の「ワイン樽」と、ヴェネツィア商人が記す「葡萄酒の樽」は、同じものでも別の品目として記録されることがあった。その結果、帳簿上には奇妙な在庫の過不足が生まれていた。


 そして最後に、彼はあの労働キャンプでの記憶を思い出した。ガスパール。なぜあの男だけが壊血病にかからなかったのか。あの「赤い果実」――ローズヒップは、壊血病の特効薬として北方の船乗りたちの間では知られていた。しかし、この地中海の東端では、それはただのハーブティーの材料であり、薬としての価値は誰も知らなかった。倉庫の片隅には、ハンガリーから輸入されたローズヒップの麻袋が、安い商品として無造作に積まれていた。


 エドマンドは、事務所に戻ると何日もかけて帳簿を整理し直した。彼は、全ての商品を言語や慣習ではなく、「種類」と「特性」によって分類し、それぞれに番号を振るという、新しい記録方法を考案した。そして、倉庫の壁に見取り図を貼りだし、商品を番号で管理する区画ロットごとの保管場所を指定した。湿気に弱いものは乾燥した場所へ、重いものは下に。ごく当たり前のことだったが、誰もやろうとしなかったことだった。


 最後に、彼はエズラに提出する報告書を書き上げた。それは単なる在庫の修正報告ではなかった。商品の管理方法を体系化することによる損失率の改善案。そして、もう一つ。


「……ここに記した『ローズヒップ』。これは現在、安価な茶葉として取引されていますが、イングランドやオランダの船乗りたちの間では、長期航海の際に壊血病を防ぐ貴重な薬として、高値で取引される可能性があります。特に、これから新大陸や東インドへ向かう船団にとっては、金にも等しい価値を持つはずです」


 数日後、エズラはエドマンドを再び書斎に呼び出した。


「お前の報告書、サロニカのナフマン様に送った。返事が来たぞ」


 エズラは、目の前のエドマンドを、初めて値踏みではなく、対等な人間として見ているようだった。


「まず、倉庫の管理はお前のやり方に全て改める。明日から、お前がここの管理責任者だ。そして、ローズヒップの件……」


 エズラは口元に、商人らしい笑みを浮かべた。


「……ナフマン様が、大変興味を持たれた。試しに、アムステルダムの取引先へ向かう船に積荷の一部を載せてみろ、と。この取引、お前に一任するそうだ。利益が出せれば、それはお前の功績。損が出れば、お前の負債に上乗せされる」


 それは、二度目の試練であり、同時に、初めて与えられた本当の機会だった。


 エドマンドは、静かに、しかし力強く頷いた。


 彼はもはや、ただの書記ではない。商人エドマンド・ヘイルとしての、反撃の第一歩が、今まさに始まろうとしていた。

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