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灰燼の王篇 第一章:灰と鎖

挿絵(By みてみん)


 エドマンド・ヘイルが最後に見た故郷の光は、テムズ川の濁った水面に映る、燃え盛るロンドンの赤い残光だった。それから、どれほどの時が流れたのか。オスマンの軍船の薄暗い船倉で、彼は時間も、自分自身さえも見失いかけていた。

 船がコンスタンティノープルの港に着いた時、彼を甲板に引きずり出したのは、容赦のない太陽の光と、彼の知る世界の音とは全く違う、耳をつんざくような喧騒だった。

 ロンドンの煤けた空とは違う、どこまでも青い空。丘の上に林立する巨大なドームと、天を指す無数の尖塔ミナレット。鼻をつくのは、潮の香りに混じる、嗅いだこともない香辛料と、下水の匂い、そして無数の人々の汗の匂い。トルコ語、ギリシャ語、アラビア語、様々な言葉が混沌の渦となって彼の周りを飛び交っていた。

 彼は、他の捕虜たちと共に無造作に船から降ろされ、波止場に並ばされた。

「名を言え。どこから来た」

 役人らしき男が、無感情な声で尋ねる。エドマンドはかすれた声で答えた。

「エドマンド・ヘイル。イングランド、ロンドンから……」

 だが、男は興味もなさそうに鼻を鳴らし、手に持った羊皮紙に何かを走り書きするだけだった。ここでは、彼の名前にも、過去にも、何の意味もない。彼はもはや商人エドマンドではなく、ただの「身元不明の異教徒」という記号に過ぎなかった。

 彼が連れて行かれたのは、港湾を拡張するための工事現場だった。そこは地獄のような強制労働キャンプで、様々な国から来た捕虜や犯罪者たちが、灼熱の太陽の下、泥と汗にまみれて働かされていた。エドマンドは足枷をはめられ、つるはしを手に、ただ無言で岩を砕き、土を運ぶ日々へと突き落とされた。

 かつてペンを握り、帳簿の数字を操っていた彼の指は、豆が潰れ、血にまみれた。養父リチャードの教えも、トマスとの友情も、クレイン卿への復讐心さえも、日々の過酷な労働と飢えの前では、遠い世界の夢物語のように色褪せていった。

 そんな絶望の中で、彼は二人の男と出会った。

 一人は、レオと名乗るジェノヴァ出身の若い船乗りだった。海賊に捕らえられたという彼は、過酷な状況でも瞳の輝きを失わず、故郷の港や恋人の話をエドマンドによく聞かせた。

「エドマンド、諦めちゃだめだ。いつかきっと、ここから抜け出して、もう一度あの海を渡るんだ」

 その純朴な希望が、エドマンドの凍てついた心をわずかに温めた。

 もう一人は、ガスパールという名の、年の嵩のいった男だった。かつてハンガリーの傭兵だったという彼は、全てを諦めたような、それでいて石のように硬い生命力だけを感じさせる目をしていた。

「希望だと? 小僧、そんなものは腹の足しにもならん。ここでは、昨日の自分より長く生き延びた者が勝ちなのさ」

 ガスパールはいつも一人で、誰とも関わろうとせず、ただ黙々と働き、僅かな休息時間には、誰にも見られないように何かを口に運んでいた。

 ある日、労働の後、彼らは街の広場を通過させられた。そこは奴隷市場だった。

 台の上に立たされた、様々な肌の色の男女子供が、商品のように品定めされている。母親から引き離されて泣き叫ぶ子供。虚ろな目で虚空を見つめる若い女。その光景は、エドマンドの胸に焼き付いた。人の命に値段をつけ、家畜のように売り買いする。この世には、フェニックス組合の悪行とはまた違う、根源的な悪が存在する。彼は、自らの無力さと、世界の理不尽さに、ただ奥歯を噛みしめることしかできなかった。


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