はじめての冒険
しばらく第一階層を徘徊していると、やがて魔物が出現した。
灰色の肌を持ち、ぼろぼろの服を着てうつろな瞳でこっちを見つめる「ロスト・マン」である。
理屈はよく分からないが「ゾンビ」とは違っていてアンデッドでもないそうだ。
「炎よ、かの敵を蹂躙せよ。【火炎弾】」
一体しかいなかったので、離れた位置から魔法をぶっ放して焼き尽くす。
これが安全な戦い方というものだろう。
「すごい、短縮詠唱!? しかも火力もすごい!」
ポリーヌは目を見開き、何度もすごいすごいを連発する。
やっぱりこれって普通じゃないんだな。
倒した後には何も残らない。
強い魔物じゃないと報酬がもらえるほどの部位は残りにくいのだろう。
そう思っていると、ポリーヌが遠慮がちに話しかけてくる。
「あの、ロイさん。あんな火力だったら何も残らないですよ?」
「うん? ポリーヌは欲しいのか? だったら配慮するけど」
「……はい?」
何やら考えの食い違いが出たようだった。
「雑魚の残留品なんて別に必要ないかなって思ったんだけど、そうでもない?」
ポリーヌは目を丸くしたものの、こくりとうなずく。
「残留品をギルドに持ち込めば、戦闘経験や討伐経験として記録が残ります。上位ランクへ昇格できるかどうかの参考にされるんですよ。単に報酬の問題だけじゃないんです」
そうだったのか、しまった。
「それだと跡形も残さないのはまずいね。ごめん」
「いえ、てっきり火力調整ミスかと思ったのですが、まさか意図的に消し飛ばしていたとは」
ポリーヌに苦笑されてしまう。
何となくきまりが悪いが、そうも言っていられない。
「まあ俺の力をアピールする意味もあったからね。次はポリーヌの力を見てみたい」
「それは当然ですね」
ポリーヌは予期していたようで、笑顔をひっこめて真剣な顔でうなずく。
「どうすればいいですか? 私、護身程度しかできないのですが、お見せしましょうか?」
「ヒーラーが殴らなきゃいけない状況ってそれはもはや負けだろ」
後衛が接近戦をやる必要があるなんてやばい。
そうさせないための前衛だし、組んだばかりの相手にそんなリスクを求めたくもない。
「俺がわざと敵にやられるから、回復してもらいたい。後、バフは使えるかな?」
「ええ。使えますよ。【聖なる加護】【聖なる魔除け】の二種類ですが」
その二種類が使えるのか。
【聖なる加護】は神聖な力を付与し、能力を少しあげつつアンデッドと戦うときに有利にするバフ魔法だ。
【聖なる魔除け】は弱い魔物を寄せ付けなくするものである。
この二つが使えるならヒーラーとしての役目は果たせると考えていい。
俺もバフ魔法は一応覚えているけど、さすがにヒーラー専用と言われるものは会得していなかった。
他に優先的に覚えたいものもあったしね。
「ひとまずバフじゃなくて回復魔法を見たいからなぁ」
ヒーラーで重要なのは何と言っても適切なタイミングで適切な回復ができるかどうかだ。
「とりあえずわざとやられるんで、回復してもらっていいかな」
「わざとですか。危なくないですか?」
ポリーヌは顔をしかめる。
「危ないよ。だから比較的マシな第一階層でやるんだよ」
階層が下がっていけばいくほど、敵は強くなって危険が大きくなるからだ。
第一階層ならいざとなれば本気を出せば瞬殺できる程度の魔物しか出ないはずだ。
「分かりました」
ポリーヌは納得してくれたようだ。
じゃあさっそくと迷宮をうろついてみる。
本当はローグのような探知系技能持ちもパーティーに入れたいんだけどな。
さすがに第一階層で危険な罠が残っていることはないだろう。
ただ、今後はそうとはかぎらないから、ローグを探すことも忘れてはいけない。
そう思いながら歩いていると、前方から二体の魔物が出現する。
紫色の毛で体が覆われた全長一メートルくらいの大きさで、コウモリのような翼を持ったネズミのような姿は「グレムリン」だろう。
特殊な能力はないが、牙や爪は鋭利で油断していると手痛い傷を負わせられることがあるかもしれない。
変な能力持ちだったら状態異常を食らうのが怖かったが、グレムリンならめったなことはないか。
「私、【キュア】系も使えるので、少々の状態異常でしたら大丈夫ですよ……信頼関係がない段階じゃ難しいでしょうけど」
ポリーヌは遠慮がちに申告する。
「了解。でも信じなきゃこういうのははじまらないからな。頼んだぜ」
俺が言うと彼女は一瞬きょとんとしたものの、すぐに笑顔になってくれた。
様子をうかがうようにこっちを黒い目で見ていたグレムリンは俺が剣を抜いて近づくとキーキーさわぎながら、左右から同時に飛びかかってくる。
一刀両断してはいけないので、右側を剣で左側を鞘で止めた。
……おっと、敵の攻撃を止めてしまうのも今はダメなんだっけ。
わざと攻撃を食らうというのは意外と難しいものなんだな。
ぎこちない動作になってしまったが、誰かをだまそうとしているわけじゃないから別にいいか。
グレムリンはだまさないといけないんじゃないかと思ったが、幸いグレムリンは知能が高くない。
俺が隙を見せればすぐに俺の左腕に噛みついてくる。
けっこう痛かったので反射的に倒してしまいたくなったが、どうにか自重して振り払うにとどめた。
その瞬間白い光が俺の腕を包み温かい感覚と同時に傷がふさがっていく。
痛みもあっという間に引いてしまった。
これはいい腕なんじゃないだろうか。
何度か試してみたものの、ポリーヌのヒールは欲しいタイミングできてくれたし、傷も痛みもすぐに治るところがいい。
実験が終わったのでグレムリンを原型がとどまる程度に倒し、ポリーヌと合流する。
「ポリーヌ! よければ俺と正式に組んでほしい」
「はい、私でよければ喜んで」
こんな腕のいいヒーラーだからえり好みできるし、断られる可能性があるんじゃないかと思っていたが杞憂だったようだ。




