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プリエリヤンの腕輪

 グエリーヌ侯爵に報告すると、分かっていたと言わんばかりの表情でうなずいた。


「いいだろう。装備を新調してからにしなさい」


「はい」


 俺が部屋から出ると外にいたレヴィナスに簡単な地図を渡される。


「この都市の武器屋と防具屋だ。質のいいものを扱っていると評判のものを選んでおいた」


「ありがとう」


 礼を言ったら苦笑された。


「何の。ベレンガリア様の命令だったからな。仕事の範疇さ」


 どうやら俺が知らないところでレヴィナスをパシリに使っていたらしい。

 まあ侯爵家のお姫様が執事に雑事をいいつけるのは当然のことなんだが……。

 

「この街には迷宮がないからな、迷宮用の呼べるものは扱っていない。迷宮がある街で調達したほうがいいんだろうな」


 迷宮専用アイテムのたぐいはないのか。

 仕方ないと言えば仕方ないので、忠告に従おう。


「あと、忠告はもうひとつ。いますぐ出発するのはよしたほうがいい。悪いことは言わないから数日待て」


「……うん」


 レヴィナスの真剣な顔に俺は真剣にうなずいた。

 この男はけっこういたずら好きだし口が悪いし、人をからかうのが好きな困った執事なんだけど、何だかんだで俺のことは弟分と思っているらしく、忠告に関してはいつも真面目で聞き入れたほうがいいものばかりだ。

 今回にかぎって違うということもないだろう。

 それに何もあわてて出発する必要はなかった。

 あと数日くらいなら待ってもかまわないのだから、待っていよう。

 そう言えば最近ベレンガリア様と顔を合わせる機会がないんだよな。

 出かけたりしているようだし、俺に隠れて何かやっているようだ。

 ……何をしているんだろうな。

 まったく心当たりがないわけじゃないが、相手は大貴族の姫君なんだよなあ。

 とりあえずレヴィナスに教わった店に行く。


「剣と鎧、魔力増幅の指輪はありますか?」


「あるけど、あんたに払えるのかね?」


 どの店でもそう言われた。

 そうだな、俺は仕立てはいいが平民が着ている服を着た十代の子どもに過ぎない。

 金を見せたら態度は変わり、まともな応対をしてもらえたのでよしとしよう。

 剣と鎧、小手はウールズという魔力を通すと固くなる性質の金属が使われたものだ。

 にぶく輝く銀色という感じである。

 それにすべてが紫色の魔力増幅の指輪を左の親指にはめた。

 こうしてみるといっぱしの戦士のように見える。

 鏡を見せてもらったら茶色の髪に緑の瞳に色白の肌と、頼りなさそうな少年が映った。

 農民だからさぞ日焼けしているだろうと思っていたのだが、数年太陽をあまり浴びない生活をしていたせいか、白くなったようである。

 ……そして当然かもしれないが、日本人の面影はないな。

 まあ今さらって感じだからいいか。

 死んだ以上は元の世界に戻れないだろうし、そもそも再会したい相手なんていない。

 一人っ子だったし両親はすでに他界していたから親不孝にならないだろうし。

 屋敷に戻ったらレヴィナスが出迎えてくれた。


「へえ、けっこうサマになっているじゃないか」


 ニヤニヤしながら言われても説得力はないが、ほめてくれたので礼を言っておこう。


「ありがとう。部屋に置いてもいいかな?」


「ああ。何ならレベロに声をかけて、武器の手入れの仕方を習っておくか?」


 貴族は有事の際は戦うため、装備を持っているし普段は執事が管理を任されているという。

 この屋敷に住んでいる人たちが戦闘訓練をしているところなんて見たことないけどな。

 せいぜいベレンガリア様が鬼のようなスピードで魔法を会得しているくらいだ。

 あ、ベレンガリア様の才能は突然変異じゃなくて、両親譲りの可能性があるか。

 だとしたら貴族ハンパないな。


「やってみます」


 そう言ってレベロを探しに行く。

 レベロは五十歳くらいで当代グエリーヌ侯爵の子ども時代から仕えている、古参の人物だ。

 代替わりしてり結婚したりで人が入れ替わることも多い中、ずっと仕えているのだから相当信頼されているのだろう。

 レベロに武器の扱い方を習って少しずつ練習して覚えていく。

 結果論か、それともレヴィナスの思惑通りなのか、武器の手入れをひとりでできるようになるまで数日がかかった。

 そしてある日のこと、ベレンガリア様が両手を背中に隠しながらやってきて、もじもじする。


「ロイ、そろそろヴィエルゾンへ発つのでしょう?」


「ええ。そのつもりですが」


 何かあるなと思っていたら、ベレンガリア様は目をぎゅっとつぶりながら隠し持っていたものを差し出す。


「これを持って行って」


 それは緑色の葉で織り上げられ、青い花びらがアクセントして使われた腕輪だった。

 

「まさかこれ、<プリエリヤンの腕輪>ですか?」


 プリエリヤンとは幸運をつかさどると信じられている女神だ。

 大切な人の無事と幸運を祈り、再会を願う時、乙女は季節の花と葉っぱを使って腕輪を織り上げるという。

 花の種類は問わないが、必ず青が使われるのはプリエリヤンの象徴の色だからだ。

 ……よく見ればベレンガリア様のきれいな手は包帯だらけだった。

 俺の視線に気づいた彼女は恥ずかしそうに手を隠す。


「どうしてもわたくしが自分でやりたくて、自分で集めなきゃ意味ない気がして、でもなかなか上手くできなくて時間かかっちゃっちゃけど……」


 彼女はうつむいて小さな声で弁明するように言う。

 誰かに命じることはあっても食事とトイレ以外、ひとりですることがほとんどないし、しなくてもいいお姫様が俺のためにわざわざ花と葉っぱを集めて、自分ひとりの力で織り上げてくれたのか。

 

「ありがとうございます、リア様。宝物にします」


「や、やだ、大げさね」


 ベレンガリア様はそう言いながらちょっと涙ぐんでいる。

 

「あなたたち、目をそらして耳をふさぎなさい」


 彼女はおとものメイドたちにそう命令し、彼女たちが指示に従うとそっと俺の頬にキスをしてくれた。


「ロイにプリエリヤン様のご加護がありますように。……無理して会いに来なくても平気だから。元気でね」


 彼女はささやくようにそう言うと素早く離れる。

 数百万の大軍勢にも勝る味方を俺を手にした気がした。


「リア様が大きくなったら必ず迎えに行きます。その時は結婚を考えてください」


「ええ。約束よ」


 俺たちは約束を交わした。

 

序章完結です

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