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いやけど……妙な誤解を招かないためにも、それはそれでいいんだと思うことにする。
それにしても、どうしたらいいんだろう……。
ことちゃんにとって俺は『お兄さん』だった。お兄さん、そう呼ばれるのが嬉しくて、気が付けばそう呼んでくれる彼女が愛しくなっていた。
初めてことちゃんを見た時、明らかに高校受験の勉強をしていることに気が付いて驚いた。高校生の自分でも抵抗があるのに、中学生がこんな自習室に一人で来るなんて偉いなぁって思った。一生懸命でまっすぐ姿勢を正して勉強する姿に、俺も負けていられないなって刺激された日を思い出す。
その次に会ったときも相変わらずで、落ち着きがないわけじゃなくて、外の世界に不慣れな感じが可愛いなって思った。これは俺が助けてやらなくちゃっ、と。そうして3回目に出会ったとき、お腹を空かせてまで勉強していたんだと思ったらたまらなくて、自分のパンを持って走って追いかけた。
けれど彼女は抜かりなく自分で作ったというおにぎりを持ってきていて、助けてやらなくちゃと思った自分が少し恥ずかしくなった。その上、ちらりとおにぎりを食べている姿を見たら堪らなく欲しくなった。一体彼女はどんな味を楽しんでいるんだろうって。
あまりにも美味しそうに食べる顔がほんとに可愛くて……あの時かな、中学生だとかっていうのを忘れて純粋にことちゃんが可愛く見えたのは。
それを無理矢理交換してくれと強請って、久しぶりに食べた家庭のおにぎりの味に触れてすごく満たされた俺は、それからだんだん自習室にいる彼女のことが気になり始めた。そのうち、会ってやり取りした以外の日にも彼女のことを考えている自分に気が付いて、やばいなと思い始めた矢先にアレが来た。
お弁当だ。
それを食べて俺の気持ちは固まって、半分本当で半分は違う理由で彼女を遠ざけた。インフルエンザが流行ってるから自習室に通うのはやめよう、そう言ったのはこれ以上彼女のことばかりが気になって勉強が手につかなかったらまずいと思ったからだ。それに俺の勘違いでなければ、彼女も俺を想ってくれているような気がしたから……願掛けのつもりで距離を置いた。彼女にも来るなって言ったのは、他にも彼女に気を持つような奴が出てきたら困ると思っての予防策だけど。
あのころのことを思いだすと思わず笑いが漏れる。ふっと笑いながら、ことちゃんのあどけない顔を思い出した。今よりも少し幼い顔。それは子供っぽくもありながら、俺を惹きつけて止まなかった顔だ。
合格して付き合い始めて、徐々に自習室で見る顔とは違う表情を見せるようになった。それは自惚れでなければ、俺だから見せてくれる顔でもあって、ますますことちゃんの傍に居たくなった。
最初は顔を見ていられればそれで良かった。でも人間の欲は尽きることはなくて、次には手を繋ぎたくなって、そうしたらもっと触れたくなって。キスをしたらもう歯止めが効かなくなって、そのまま彼女を奪ってしまいたくなった。でも、はたと気づいたのは俺の誕生日が近づいた時だった。
「あれは驚いたなぁ……」
思わず思い出しながら声に出して呟いてしまう。それほど衝撃だった。
まさか俺が好きになった中学生は中3にもかかわらずまだ14歳で、高校生になった今は、15歳になったばかりだというんだから。いくらなんでもマズイと思った。俺はもうすぐ19になるのに……と。だからせめて、結婚が許される16歳までは我慢しようと決意して、その決意を死ぬほど後悔しながら耐えた。
耐えて耐えてブチ切れそうになってきた頃、母さんに思いもよらぬことを言われて――そして思い出した、楓花と付き合って別れたこと。決して適当に付き合ったつもりはなかったけれど、どこか申し訳ない気持ちの残る別れ方をして。その事実が今さら怖くなった。
もし、彼女の身体を求めたことで俺がことちゃんを―――
そんなことはないと思っている。馬鹿だとは思っているけれど、好きだからこそ自分に自信がなかった。ましてや、今は……
翌日、すぐに会いに行こうと何度も思って携帯を開いたり閉じたりした。けれどどう謝っていいか分からなくて、電話をかける手が止まる。予想外に『大嫌い』の言葉が後から効いていて、最後の一押しで躊躇いが出た。躊躇いながらも考えるのはことちゃんに会いたいという気持ちで、でも会ったら最後で自分を止める自信が無くて怖い。
そんな葛藤を続けて3日目。
ことちゃんからメールも電話もなくて、いよいよ愛想を尽かされたのかもしれない、と不安になり始めてカレンダーを見ながら気が付いた。イベントに託けてというのはどうかと思ったけれど、去年あったイベントの中でも印象的な花火大会の日だと思ったら、誘わずにはいられない。というより何らかの口実をつけてとにかく会いたかった。
会ったらいっぱい謝って、ごめんと言えば許してくれると思う……多分。
喧嘩なんて滅多にしないから……ましてや彼女との初めての喧嘩で、最初こそ楽観的だったのにもかかわらず俺は結構参っていた。謝り方が分からないなんて小学生かよ、と自分を鼻で笑いたくなる。
それでも直接電話をかけて出てもらえるかが不安で、ズルいとは思ったけれど強引な誘い出しのメールを送った。
『今日の花火大会行こう。17時に去年と同じように駅で待ってるから』
断ることも許さないようなその内容に、自分で送ったにもかかわらず笑ってしまう。ことちゃんは、断るということをしない子だ。嫌だと思っても、それをなかなか拒否しようとはしない。そういう性格だってことを俺はよく分かっている。
それはいいところであり悪いところでもあり。だからこそ喧嘩なんて起きなかったのかもしれない。けど今になってそれが仇になっている気もする。
――って、俺って言い訳ばっかりだな
何一つことちゃんは悪くないと本当は思っている。可愛い彼女が誰かに好かれることは仕方がないことで、それは裏を返せば喜ばしいことでもある。イライラするのは余裕のない自分の独占欲の現れで、彼女は何一つ悪くなかった。それなのに謝らせるようなことをして、怒らせたのは俺だ。
深い反省の気持ちはあるけれど、どうにもこうにも本当の気持ちは言えなかった。怖がらせたくないんだ、俺は穏やかで温厚であんまり男っぽくないお兄さんで居たかったから――
着々と準備を進めて15時にはいつでも出られる状態になった。
じりじりとしか動かない時計の針に苛立ちながら、ずっと伝え忘れていた用件を伝えるため、母親に電話をかける。
その後も落ち着かなくて、自分で言い出した17時なんて時間まで待つことが出来ずに、16時には駅に到着した。着いてすることがないことは分かっていたけれど、ただベンチに座って流れてくる電車を眺める。ことちゃんが『花火大会に行かない』という選択肢を選ぶ可能性がないわけではない。
それでも俺は、絶対来ることに賭けていた。
待ち始めて20分ほどすぎたころ、チラホラ浴衣姿の人が見え始めた。その人たちを眺めながら、だんだん不安が募る。早く着すぎているのだから、まだまだ来るわけではないのが当たり前だと分かっている。それなのに、浴衣姿の人を見てはことちゃんじゃないことに落ち込みを隠せない。段々見ていられなくなって、いつのまにか俯いて地面ばかりを見つめていた。
――かっこ悪
ことちゃんより年上なのに、全然スマートじゃない自分が情けない。終いには、こんな俺のどこがいいんだろうなんて問題にまで発展する。
家庭環境のせいで、順応性には長けていると自負している。でもそれは協調性だけが伸びて、個性と言ったものを欠落させてきたのかもしれない。俺に面白いところなんて、何もない気がしてくる。
ますます自己嫌悪に陥って、もうこのまま立ち去ってしまいたいほどの衝動に駆られた時、俯く俺の頭に大好きでいつだって抱きしめたくなる声が降ってきた。




