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「ずっと……ずっと、コトに聞いて欲しかった」
最後にそう言われて、さらに涙が零れた。
どうして私はこんなに自分ばっかりなんだろうって。どうしてこんなに苦しい気持ちを抱いてた真理亜に気づかなかったんだろうって、自分の馬鹿さ加減に呆れた。
「ごめんね、ごめん……まり、あ。気づかなくて、ごめん」
そう言うと真理亜にぎゅっと抱きしめられて、ゆっくり離された。
「……座ろ」
真理亜に座るよう促されて私は静かに頷くと、椅子を元に戻してからペーパーを大量に取って真理亜と半分ずつに分けた。
「ふっ、コト汚い顔」
「ひどい。真理亜だって、変わんないくせに」
涙を拭きながら言い返すと、二人の目が合ってフッと笑った。何をこんなに怒ったり泣いたりしてたのか、馬鹿らしく思えてくる。
「コト、ごめんね」
「ううん。私のがごめん。真理亜に、甘えてた」
「違うよ。私がコトに心配かけたくなくて、強がってただけ」
「でも……」
気づかなかった私も、最低だって言いかけたけど真理亜の顔を見て止めた。多分真理亜は、そんなこと私に言ってほしくない気がしたから。
「コト、朝もちょっと目が腫れぼったい気がしたけど、また腫れちゃったね」
「う……やっぱり?」
「うん」
それからまたお互いの視線が重なって、ぶふっと笑った。それがなんだか、すごく、とっても、幸せな気がした。
「真理亜」
「ん?」
「大好き」
「ブッ。それ、ちぃくんに言いなよ」
「ちぃくんにも、言ってる」
「なんだ、惚気か」
「違うっ」
「違わなーい」
そう言いながら私の鼻をぐっと押す真理亜。お返しに私も鼻を押し返すと、また二人で笑った。
――大丈夫。私と真理亜、違わない。同じだ。
なぜかそんな想いが広がったら、心が温かくなった。
「出よっか」
「うんっ」
私は真理亜の腕に巻き付いて頷くと、離れろーって嫌がられて。それでも嫌だって言いながら、べたべた引っ付いて歩いた。帰り道、喧嘩記念ねって言われてプリクラを撮りに行って、それに大笑いして。『お互いに彼氏と話し合うこと』って約束して別れた。
私は、頑張れると思ったんだ。このとき、この瞬間は。自分の言いたいことを言って、ちぃくんと話をすることを――
けれど、帰宅して夜寝る前に届いたメールに、私は何となく嫌な予感がした。
お風呂に入って、昨日と同じように胸元にある赤い印に顔を赤らめながら、帰り際に真理亜に言われた言葉を思い出してかなり元気になった。
『そんなんつけるなんて、ちぃくん流石だね。独占欲強そうだもんねー』なんてからかわれた。
勿論、いつどこでつけられたのか、の辺りは伏せて言ったけれど……それでも生徒会室でのイカガワシイ行為がばれるんじゃないかってハラハラした。
これから使わない部屋だからいいけれど、あそこの近くを通るたびに思い出して落ち着かなくなりそうで、想像しては一人恥ずかしい。かと言って、その事実を真理亜と共有するわけにはいかなくて、黙っておくことに必死だった。だって、そんなことまでしてヤらないなんて、ちぃくんすごいよ……なんて言われたら、あんなところじゃ無理に決まってるとは言えるはずもなくて。
――って、もぉおおっ恥ずかしすぎるっ
お互いに聞いて欲しかったあれこれを吐露しあって、そうしたら少しは不安が消えた私は、昨日とはうって変わってちぃくんからの連絡を待ち望んでいた。
早く話したい、今の気持ちを伝えたいって。真理亜とお互いに背中を押しあったからこそのパワーが溢れていた。
だから、メールを受け取った時になぜか感じた冷たさに、とても温度差を感じた。だって、ちぃくんの温かさが感じられなかったから。
『後で、話あるから。電話必ず出て』
そんな配慮のないメール、する人じゃない。電話だって、いつも私の状況を確認してあわせてくれる人だ。だからすごく着信音が鳴るまで不安でたまらなくて、鳴ったら鳴ったで出るのが怖い。
ドキドキするのが止められないままに、携帯を目の前にすること30分。ベッドに転がりながら、何にか分からない祈りを捧げるように、ただひたすらギュッと両手を握りしめていた。
ブブブブブブブッ、ブブブブブブブッ
――出なきゃ
音だと家族にばれると思って、5分前にバイブレーションに切り替えた。
別にバレたって構わないはずだけど、なぜか今日だけは夜に電話してることが家族に伝わってほしくない気がして――恐る恐る、電話に出た。
「もしもし」
努めて小さな声で震えそうなのを抑えて声を出すと、出だしの声が掠れた。いつもと違うって思われたくないなって思いながらギュッと目を瞑ると、いつもどおりと感じなくもない声で、こんばんわの言葉が返ってきた。
「こんばん、わ。です」
『どうしたの、ことちゃん。何か変だよ』
こないだは可愛いって言われたような気がしたのに、今日は変だって言われてますます不安になる。
だけど今日は頑張らなくちゃって気持ちで、なるべく普通の態度を心がけて返事をした。
「そ、かな。ごめんね」
『何か謝ることでもあるの?』
「別に、そんなことは……」
『……そう』
明らかにどことなく冷たく突き放したような言い方に、心がキシキシと鈍い音を響かせる。
――何か、何かおかしい。
どこがとか、何がとか分かんないけど。明らかにちぃくんがちぃくんじゃない。
自然に眉根を寄せながら、しかめ面でちぃくんの次の言葉を待っていたら、あからさまなため息が聞こえてきた。どういうこと?
『いいわけなら、先に聞くけど』
「いいわけ? いいわけって、何のこと?」
ちぃくんの問うことの十分の一すらも汲み取れなくて、訳が分からずただおうむ返しに質問を返す。おそらくメールに書かれていた話したいことなんだろうと思われるけれど、私には見当もつかない。
そもそも今日は、ちぃくんが林さんと会うから会えないと言われて、私は真理亜たちとプールに出かけた。その間にメールのやりとりも、もちろん電話もしていない。だって、友達と会うって言ってる相手に、メール送るなんてって思って。
それに……プールに行くのに、ちぃくんとも一緒に行きたかったなんてことまで言ってしまいそうで、言えなかった。昨日散々、今日会えないことを謝らせてしまったのに、またそれを蒸し返すのは気が咎めたから。でも――
『ことちゃん、いくらなんでも自覚なさすぎだろ』
明らかに怒りを滲ませた声でそう告げられ、私は目の前にちぃくんが居ないのにも関わらず、怖さにびくりと体を震わせた。こんなにストレートな怒りを向けられたのは、初めてだ。
「何の、こと?」
自覚がない、その言葉を何度か聞かされてはいる。真理亜に会長に工藤君に。ちぃくんにだって、何度か言われた記憶が無いわけじゃない。でも、自覚がないと言われている内容に、今は全く思い当ることがない。
怒りを顕わにしている相手に対して、こんな風に質問を返すのは間違っているとは分かっている。けれど私は、この時はまだどこかで『相手はいつものちぃくん』だから、と思っていた。
いつものちぃくん、それは穏やかで私を優しく受け止めてくれて、どんなに私が失礼なことをしても絶対に怒ったりしない人だ。だから私は次の言葉を聞かされて、初めてちぃくんと言う人が、決して私の思っている通りの人じゃないって理解させられた。
『俺を怒らせて楽しいの? それとも琴莉は、俺をバカにしてるの?』
「ち、ちが……う。そんなの、してない」
徐々に低くなる声と、冷たい言葉の数々になけなしの話したい意欲がぺちゃんこに潰されていく。何をどういえばいいのか分からなくて、それでもなんとか誤解を解きたくて。もどかしいのに上手く言葉に出来なくて、緊張のあまり手がしゅわしゅわと泡立って冷えていくように感じた。
そうか、私は酷く緊張してるんだ。相手がちぃくんなのに。




