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――どうしよう、かな
どこの輪にも入れずに、どうしていいか分からなくなって鞄を開けて携帯を出した。鞄を出しながら思うのは――いや、忘れよう。瀧本さんと比べたって、私にはどうしようもないし。
モヤモヤした気持ちで携帯の液晶画面を見ていたら、ことちゃん、って呼ばれて顔を上げた。
「珍しく、不機嫌?」
吉井君はにかっと笑って私を見ていた。その笑顔に私は気圧されて、ちょっと引き攣っているのを感じながらも笑顔を返す。
「ごめん、感じ悪かった?」
「んーん。そんなでもない」
「そんなでもないって」
吉井君の言い方が面白くて思わずクスクスと笑ってしまう。
今年の生徒会は、会長の意向をそのまま汲んでみんなお互いを下の名前で極力呼ぶようにしている。なんか仲良しっぽいからなんだとか。でも私はどうにもそう言うのが苦手で、吉井君も工藤君も苗字で呼んでいた。原因の一つはちぃくんに言われたことがあるからだけど……
そして吉井君は、ちぃくんと同じで私をことちゃんって呼んでくれる。それは嬉しいようで、ちょっぴり複雑さを感じていた。はいっても、吉井君はとてもいい人で、嫌だとか思うわけじゃないんだけれど――
「あの人でしょ、彼氏」
「う……ん、まぁ。そう」
「やっぱり。なんかカッコいいね」
またも笑いながら吉井君がそう言ってくれて、私は恥ずかしながらもウンって頷いてしまった。だって、私にとってはいつもカッコいい人なんだもん。
「くくく、ことちゃん、惚気るねー」
「そ、そんなつもりじゃ」
「いいじゃん、惚気万歳」
「もー、吉井君!?」
思わず彼の二の腕あたりをパシッと叩いて、恥ずかしさを誤魔化した。お調子者っぽい感じの吉井君は、ほんとに空気を和ませるのが得意だ。
そんなやりとりをしていたら、モッカから「出るぞ」って呼びかけられて、ぞろぞろとみんな部屋から出た。最後の施錠を真理亜がして、鍵を吉井君がもぎ取って返してくるって言いながら走って行ってしまった。残ったメンバーで何となくぞろぞろと廊下を歩きながら裏門へと歩いていく。
先頭を歩くのは、ちぃくんと林さんと瀧本さん。その後ろを会長とモッカが横並びで歩いて、私と真理亜はその後ろに続いた。けど何となく、会話が弾まなくて伏し目がちになる。
――こんなんじゃ、駄目だよね
たった数時間で気持ちが乱高下しすぎてるって自覚はあるけれど、いろいろと初めての事態だから許してほしいって思う。それは我儘だってことは、勿論分かっているけれど……
「作業、早めに終わって良かったね」
何も話さない私に、真理亜がいつもと変わりない話を振ってきた。それに詰めていた息を吐いて、努めて軽い口調で話に乗る。
「うん、ほんとに。みんな頑張ってくれたんだよね? ごめんね、休んでて」
「なーに言ってんの。そんなのコトのせいじゃないし。こっちは問題なし! 強いて言えば、寂しかったくらい」
「……ありがと、真理亜」
真理亜のこういうさり気ないフォローの仕方が最高に好きだって言える。ずっとずーっと友達でいてねって泣きたくなる。だけど、それをみんなの前で叫ぶわけにもいかず、真理亜の左腕にギュッと絡みついた。
「なによー、甘えた?」
「へへー、甘えたー」
ブラウスの袖にぐりぐり頭を擦りつけると、冗談交じりに『汗拭かないでよ』なんて言ってくる。それにも構わずぐりぐりしていたら、突如振り返った会長が『つくるん、真理亜ちゃん盗られるんじゃね?』なんてニヤニヤしながらワザとらしい耳打ちをしだして、それを笑いながら『じゃあ遠慮なくー』と冗談めかして言った。
するとモッカは『いやー、ほとんどすでに盗られてるだろ。いや、盗ったのはどっちかっつーと、俺か?』なんて言うから、4人で大笑いしてしまった。
何気ない会話、何気ない風景、何気なく起きる一つ一つが、私の高校生活を彩っていく。
その一ページに。
同じ日に同じ場所にいるのに、どうしてだかその輪の中にちぃくんが入っていなくて、それが少しさびしく感じたのは笑いが引いた少し後だった。
「じゃ、ここで解散します。お疲れ様でした!」
「「「お疲れ様でした!」」」
モッカの掛け声のあと、職員室からやってきた吉井君と共に全員でお疲れと挨拶を交わした。そして先ほど言った通りに明日の予定は変更して、移動作業は終わりということも決定となった。
――となると、明日のおにぎりはどうしたらいいの?
みんなが一様に喜ぶ中、私一人が複雑な気持ちになっていた。それも学校で、ちぃくんと一緒におにぎりを食べる機会を失ったと言う理由で。でもそれをみんなの前で言うわけにもいかず、後でちぃくんに明日どうするのか聞かなくちゃ……なんて思っていたら、OBメンバーの四人に向かってモッカが最後の挨拶をした。
「この度は本当にお世話になりました」
こういうところ、流石会長をやるだけあるなって見直してしまう。私には絶対無理だ。素直にかっこいいなって思う……もちろん、変な意味は全然ないけれど。
そんなモッカの挨拶をさっと請け合ったのは、なぜか林さんだった。
「いやいや、気にするな」
「おい、お前何にもしてないだろ」
「何にもって失礼だろ、神楽? 俺だって荷物運んだし、なー?」
「えー、それはどうだろう」
「なにー! お前、先輩裏切る気か大崎!」
「いや、裏切るっつーかっすね」
「あははっ」
林さんの言葉にちぃくんがツッコんで、それに会長が巻き込まれて、横から瀧本さんが笑っていた。その何とも言えない連係プレーのような空気が、私たちとの世代の違いを感じさせる。その、なんというか。彼らには、彼らの代の空気があったんだなって。
それは、さっきの私たちの何でもない笑いの一幕と同じで、でも私たちと違うものがあったんだなって、なぜだかそんなことを思った。そんな空気の違いを感じてまざまざと思い知らされるのは、ちぃくんと私の間にある見えない壁。4年の歳月は、近いようであまりにも大きくて、普段見えない分見えた時のショックが大きい。
付き合ってからそれを感じたのは1度や2度じゃない。それでも……それでも、ちぃくんが私に合わせてくれていたから、私は迷いなく傍に居られた。でも今は――なぜか少し、距離が遠く感じる。
「じゃ、ここで解散でいい?」
意識が戻った時、耳に飛び込んできたのは林さんの声だった。それにモッカが頷いていると、林さんはニカっと笑ってお腹をポンと叩く。
「いやー俺腹減りすぎてさ。神楽飯行こうぜ」
「げ」
「はい決定ー」
「いや、まぁいいけどさぁ……」
そう言いながらチラとちぃくんの視線が私を向いた。目が合って、なんだか言いたそうなちぃくんのその視線を受けて、私は両手をぶんぶんと振る。
多分――だけど。私を気にして、林さんの提案を素直に受けられないのかなって。
だから気にしないでって意味で手を振ったら、片手でごめんって無言の合図を送られた。その間も林さんは肩を組んだちぃくんを引きずるようにして歩いていく。それを当たり前みたいに瀧本さんが追いかけて、私たちの前から一瞬でいなくなった。
最後まで残っていた会長が私の方を向いて「俺も一緒に行くから」なんて言って走って行ったのを見て、私はなんだか複雑な気持ちになってしまった。




