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「あ……そ、うなんだ。なんていうか、ビックリ」
私のことを貶めてとかではなく、ただ純粋に驚いたって雰囲気で私を見ながら瀧本さんはそう言った。けれど、それを素直に受け止められるような度量は私の中にない。見つめる視線を受け止めきれずにプリーツに出きた皺を見つめると、右隣に座る真理亜の手が私の手に重なった。温もりが広がって、目には見えない心まで温かくなる。
「千歳が、年下とか……イメージ、なかったかも」
「そう?」
返事をしたちぃくんに驚いて顔を上げると、少しだけ首を傾げていた。でもその顔も別に、マズイって顔でもない。つまりは……私と付き合ってるってバレたことは、困ることじゃない?
「そういうとこ、堅そうだから」
ふふって笑いながら瀧本さんがそう言って、それにちぃくんが固い笑い声を漏らす。2人のやりとりに何か分からない意味合いが込められている気がして顔を上げると、瀧本さんの視線と絡んだ。じっと見つめられると、何もかも見透かされているような感覚に陥る。それでも視線を逸らしたら負けるような気がして、負けじと見つめ返していると、瀧本さんの背後の扉が開いた。
「うぃーっす、お待たせー……って、あれ。俺、なんかまずった?」
落語研究部部長の肩書を持つ吉井君が、いつもの陽気な雰囲気で入ってきて、みんなの視線を集めた。いつもは話し声の絶えない生徒会メンバーが静かに自分を見つめるものだから、吉井君も何か妙だと感じたみたいだ。けれど、それに隙かさず会長が返事をした。
「いや、吉井君はファインプレーだよ」
「ぇええ、そぅすっかー?」
「うん、最高、ナイス」
昨年生徒会に居なかった彼と会長はあまり面識がないけれど、波長が合うのか会話がとても楽しそうだ。そのやりとりに、はからずも真理亜とともに吹き出してしまう。そんな笑う私たちにつられてか、モッカまで後ろでふっと笑う声が聞こえ、固い様相を見せていた瀧本さんとちぃくんの雰囲気も穏やかなものに変わった。
「吉井、もう運ぶものなかったか?」
「もうないと思うぞ」
「ん。じゃ、それ入れたら解散するか」
モッカが会長らしい指示を出すと、吉井君とモッカの二人で資料を棚に片付けていった。ちぃくんも立ち上がろうとしたところを会長が引き留め、会長が立ち上がって2人の援護をする。
なんとなく手持無沙汰になったちぃくんは、折角だからもらうよ、なんて言いながら真理亜たちが買ってきたコンビニ袋に手を伸ばす。中から甘ったるいカフェオレを取り出してキャップを開けると、ゴクゴクと半分も飲み干した。その様子をぼんやり見届けていると、真理亜が私の袖を引っ張ってきたから視線を隣へと向けた。
「帰り、どうする?」
そう聞かれて、どうしようかと悩んだ。いつもなら真理亜とモッカと三人で出てしまうけれど、今日は会長もいるし、ちぃくんもいる。気持ちで言えばちぃくんと二人で……って思ったけれど、今は素直にそう言えない自分が居た。
「そういや、林さんがまだ資料持ってくるんだった!」
吉井君が最後の一冊を仕舞ってから、うっかりしてた! って叫びながら忘れていたことを伝えた。するとそれに驚いて一番に反応したのはちぃくんだった。
「え、リン来てるのか?」
林さん、に聞き覚えのない現生徒会メンバーは首を傾げ、ちぃくんと瀧本さんは驚きながら喜んだ顔をしている。しかも、林さんなのに『リン』? あだ名、かなぁ?
「先ほど、あっちの生徒会室でお会いしまして。もう来られますよ、先生に捕まってただけなんで」
「大崎、来るの知ってたなら教えてくれよ」
「来れるかどうか分からないって言われてたんで」
「ま、そうだよな。アイツだし」
そんな話をする横で、私はまたモヤモヤしていた。だって『リン』だなんて、女の人みたいじゃない? 瀧本さん以外にもまだ女の人が……なんて思い始めたら、どうにも落ち着かなかい。
そんな私の気持ちを察したのか、真理亜が横から私の顔に手を伸ばして、眉間に人差し指を突き刺した。
「いたっ」
「コト、怖いから」
指摘されて初めて気がついた眉間のシワ。鏡で見えない自分を誤魔化すように前髪を縦に梳きながら表情を隠していたら、また扉が開いた。
「よぉ、待たせたな」
「リン!」
「リンリン!」
「いや、リンリンは止めれって」
林さんらしい人が現れて、ちぃくんと瀧本さんが彼に声をかけた。……良かった、男の人みたい。そのことに安堵していたら、横から小さな笑い声が聞こえてきた。
「もぉ、笑わないでよ」
「だって、コトったら、ククッ、わかりやすっ、プフッ」
「むぅぅ」
私が眉間にしわを寄せていた理由すらお見通しの真理亜は、私の安堵した理由ももちろんお見通しで。私は笑われっぱなしだ。そんなやりとりをする傍らで、来たばかりの林さんもといリンさんとちぃくんは、瀧本さんを交えて嬉しい再会を果たしている様子で。さらにその横では、ちゃっかりと残りの資料類を受け取った吉井君が、ささっと片付けに興じている。
私も立ち上がって吉井君の傍に行くと、重そうな分厚くて大きい冊子を持って運ぶことにした。――んだけど。
「ことちゃん、それ上に持ち上げられないでしょ」
私のことなんて見ていないと思っていたのに、ちぃくんが私の傍にやってきて持っていた冊子をひょいと取り上げた。
「えと、これは下に置こうかなって」
「それでも、無理しちゃ駄目だよ。野郎がこんなにいるんだからさせればいい」
「そんな、とんでもない」
両手を振って、暗に男に力仕事は任せろというちぃくんの意見を否定する。そんな私たちのやり取りを見ていた真理亜が、横でぽそりと言った。
「創。女子の扱いは、ああするんだよ」
「は? いや無理だろ。あれは神楽先輩のデフォルトだから。俺無理」
「冷たーい。私だってか弱き彼女でしょー?」
「誰がか弱いんだよ、誰が」
そんな小さな言い合いを始めだして、周りがクスクス笑い始めた。私は自分がネタにされていることが分かって、恥ずかしくなる。けれどそれを気にすることもないちぃくんは、私から取り上げた冊子をささっと棚に片付けていた。そして、その様子を傍観者然として見ていた林さんが、ぽろりと一言零した。
「神楽……お前、そんなだったっけ」
その言葉に振り向いたちぃくんは、首を傾げて何のことと言わんばかりの視線を送ってから私の隣に立つ。並ぶ私たちを一瞥して、林さんはハッとした顔をした。
「え、アレ……まさか、」
林さんが何かを言おうとしたところで、また入り口の扉が開いた。
「オイ、お前らそろそろ閉めるぞー」
それは生徒会の活動サポートをいつもしてくれている、2年の学年主任だった。みんな一様に先生に視線を向かわせてから、時計に視線を移す。4時前……夏休みだもんね、帰らされるよね。
「すみません先生。もう終わったんで出ます」
会長らしくモッカが直ぐに返事をすると、先生は後で鍵を頼むと言って部屋から出て行った。それを機にみんな慌てて帰ろうと言う気が働いて、各々思うことをし始める。
吉井君は資料を保管した棚の鍵締め。真理亜は広げた飲み物の回収。余ったのを冷蔵庫にちゃっかり入れていたのを見て私は笑った。やっぱり校長室は凄い。窓締めをモッカがして、私は使ってた雑巾を干してから掃除用品棚に片付けた。
OBである、ちぃくんと瀧本さん、林さんに会長は久しぶりの再会にワイワイ言いながら盛り上がっているみたい。ちぃくんと瀧本さんが並んで立つ様子を見ると、少し胸に痛みを感じる。それを見たくなくて真理亜のほうに顔を向けると、真理亜はモッカとなんか言い合いをしていた。とはいっても、これはこれで二人は楽しんでいる様子だけど……私はどうしたらいんだろう、なんて。ちょっと疎外感を感じてしまっていた。




