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――なんで、こんなに気になるの?
さっきだって、ちぃくんはたくさん私に触れてくれた。それなのに、ちょっと誰かと一緒に出て行ったからって、すぐ不安になる私は馬鹿だって思う。そんな私の肩をポンと叩いて、真理亜は気にするなって言ってくれた。それに少し救われながらもモヤモヤするのが止まらないなって思っていたら、モッカが来て真理亜呼び出して買い出しに行出てしまった。
同じタイミングで工藤君が塾に行かないとと言って帰ってしまって、気が付けば会長と二人だけ。会長……といっても、もう辞めちゃったんだけど、未だに癖でそう呼んでしまう。だって、ちぃくんに聡先輩とは呼んでほしくないって――あの時のことを思いだして、私はまたはぁとため息を吐いた。
――駄目だ。そうだ掃除、掃除しよう
部屋の奥にある清掃用具入れを開くと、業務用の掃除機が押し込められているのを知ってそれを引っ張り出してきた。会長は私が持ってきたのと別の生徒会帳簿と睨めっこしているみたいで、私の行動には目もくれない。なんだか重たい気持ちでいっぱいになる私は、さっきまでの温かな気持ちを完全に失っていた。
どうにもならない思いが胸の内に渦巻いていて、浮かぶのはちぃくんの優しい笑顔と、綺麗な瀧本さんの並ぶ姿。ちぃくんの隣に居て、不釣合いかもしれない、とかそんなこと考えたりしたことなかった。でも今日ちょっと分かっちゃったの。着てる服も、持ってる鞄も、雰囲気も、香りも。高校生の私と大学生とじゃ全然違うんだって。
掃除機をかけながら、まだ戻らない二人の後姿がチラついて涙が落ちそうになってきた。慌てて瞼を拭ってコンセントを引き抜くと、掃除機を元の場所に戻す。これから、何しよう。拭き掃除? どこか拭いておいた方がいいところ、あるかな。そんなことを考えながら部屋を見渡していると、会長が私を見つめているのに気が付いて、私は首を傾げた。するとおいでって手で呼ばれたから、ちょこちょこと会長の近くへと移動する。会長はわざとらしくふんぞり返って校長室にあったソファーに腰かけていて、私はその向かいに座ることにした。
「元気、ないじゃん」
「はは、暑いから、ですかね」
何となくの誤魔化し笑いをしてからチラリと会長の頭の上にある掛け時計を見た。もう、30分以上帰って来ない。その事実にまた落ち込んでテーブルに視線を落とすと、クツクツと笑い声が聞こえてきた。
「琴莉ちゃんはいつも分かりやすいね」
「う……」
何を言われているのか分かって、私は言葉を詰まらせる。隠してるつもりで、私って全然隠せてない。
「ねぇ、どうして今日来たの?」
「え……?」
「だから、隠してたのに」
「え? 何を、ですか?」
唐突に何かを話そうとしている会長に戸惑いながら、何の事かと見当がつけられず必死に模索する。けれど何にも思い当ることが無くて、私は首を傾げた。すると会長は苦笑いをしながら、私にポツリポツリと話してくれた。
「今日さ、瀧本先輩も来るって知ってたからさ。俺だから、琴莉ちゃん来ないって聞いてホッとしてた」
やっぱり会長の口から出た言葉に推測が追い付かない。でも、脳が警笛を鳴らしているのが分かる。これ以上聞いちゃ駄目だって。それでも会長の話を止めるような言葉も出てこなくて、口を噤んでしまう。そして会長から暴露された真実に喉がカラカラになるのを感じながら、私は徐々に目を見開いてソファーに固まってしまった。
「だってさ。好き好んで彼氏の元カノとか会いたくなかったでしょ? それに瀧本先輩、美人さんだし。だから神楽先輩は呼ばないって琴莉ちゃんには伝えたのに」
「嘘――」
もしかしたら、っていう想像はちょっとだけした。同じ生徒会に居て、同じ学年で。頭のいいちぃくんと、美人の瀧本さん。お互いに名前で呼び合って、違和感がまるでない。そんな二人を見て、もしかしてって思わない方がおかしい。……でも、そんなの当たってほしくなかった。
「いや、ほんとだって。……って、あれ? 御免。もしかして元カノって聞いてなかった?」
会長は私が知っていると思った上で話してくれたみたいだけど、私は全く知らなかった事実にぶんぶん頭を振った。
今まで考えなかったわけじゃない。ちぃくんに付き合ったことある人が居ないのかって。でも何となくはぐらかされて来たし、私もそこまで気にしてなかったから、居なかったのかなっていつの間にか思うようになってた。でもそれは私の都合のいい解釈にすぎなかったんだ。
「ごめん、ほんとごめん。あーもう、俺って最悪だな」
舌打ちしながら会長は頭を掻いて俯いた。私はそんな会長を向かいの椅子で見ながら、優しすぎる配慮に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「違いますよ。会長は、悪くない。私が気づかなかっただけで、全然」
「全然、じゃないだろ? 琴莉ちゃんは、何でも自分が悪いって思うところ、悪い癖だよ」
「そ、そんなことっ」
頭を振りながら、ただただ帰ってこない二人のことが気になった。だって、瀧本さんはただの美人じゃない。美人な元カノなんだ。そう思ったら、私に勝ち目なんてない気がしてきた。
久しぶりの高校、再会した二人はお互いの良さを再確認して、気持ちが盛り上がったり……なんて、そんなことが起きちゃうのかもしれない。そんな馬鹿みたいな妄想を勝手にして、さらに落ち込む私に会長は向かいから手を伸ばして頭をぐしゃりと撫でてきた。
「か、会長!?」
「ごめん。不安にさせておいてあれだけど、神楽先輩は琴莉ちゃんのことがすごい好きだと思う、から」
それだけ言って、私の頭から手を離すとニッと笑われた。その優しさに、私の涙腺が緩む。
「かい、ちょ……なんでこんなときに、そういうこと」
じわりと浮いてきた涙を、手の甲でグッと擦って止める。会長に泣いてるのがばれるって思いながらも、2度3度と目を擦って必死に零れ落ちるのを止めた。スンって鼻をすすると、奥の方がジンとする。
「そんなの、琴莉ちゃんが好きだからに決まってるでしょ。慰めたいじゃん、ちょっとでも」
「ハハ、もう冗談止めてくださ」「冗談じゃないよ。俺、いつでも琴莉ちゃんなら歓迎」
言い方は冗談っぽいのに、真剣な眼差しに鈍いって真理亜に言われる私でも本気なのが分かった。それに気づいたら何も言えなくて、瞳を伏せた。
「ま、神楽先輩が嫌になったら言ってよ」
「う……そんなの、永遠にないです」
「うわ、酷いなぁ琴莉ちゃんは」
そう言いながら会長はカラリと笑って、私もつられて笑った。今、この人がここに居てくれて、本当に良かったって心から思えた。しっかり止まった涙が少し残る眦を拭ったら、会長が呟くように過去を語った。
「二人が付き合ってたのは事実だけど……ほんと短い間だったと思うよ」
「そう、ですか」
「俺、後輩だから詳しくは知らないけど。でも、今の琴莉ちゃんに対する神楽先輩とは全然違ってた」
短い間であろうと、今の私との付き合いと全然違うかろうと、付き合ってた事実に間違いはないんだってそればかり思う。情けない自分に落ち込んでいると、会長もそれ以上は何も言わなずに黙ったから、時計のコチコチって音ばかりが響いた。二人の空間に静寂が広がって、ふと思い出すのは静謐なる空間。
――どうして今、私は会長と二人なんだろう
今日は、ちぃくんに逢いたくて来たのに。失礼だって分かってるけど、そんな思いが渦巻いて止まらなくなった。




