6
暑さに耐え切れず、最近はキャミソールも着ていない。すぐに露わになっただろうブラに、私は悲鳴を上げそうになったけれど、咄嗟の判断なのかちぃくんにちぅっと唇を奪われて、その悲鳴を上げずに済んだ。でも――
「だ、め……」
涙が滲む視界にちぃくんを捉えながら、乱れた服に混乱しつつ私は懇願した。それなのにブラックモードのちぃくんは私の願いを聞き入れてくれず、そのまま吸い寄せられるように私の胸元に顔を近づけてくる。
「俺の」
「……ぇ?」
「俺の、だから」
そう言うと、扉に私を張り付けたまま胸に痛みを与えるほど吸い付かれた。
「ぃ、―――ッ」
小さく声を漏らし、右手をちぃくんの頭に差し込んで髪を握りしめた。もう訳が分からなくて、自分の行動に何の責任も意味も持てない。何度か与えられた小さな痛みの後に、今度は癒すようにペロリと舐められて、ちぃくんの舌のざらつきが身体から抜けないほど何度も感じた。
「はい、終わり」
「へ……ぇ?」
何が引き金になったのかちぃくんはガバリと体を起こすと、外したボタンをサッと留めて私の頭を撫でつけた。その温かな手に触れられて、自然と目を閉じる。何度も髪の間を通る指が気持ち良くてたまらない。
「いいね。学校で俺のって言えるの」
「え?」
「なんでもない。さっ、服は元に戻してね」
ちぃくんはそう言ってニコリと微笑んだ。私はまだ状況についていけなくて、身体も頭もフワフワしてる。ぼんやりしたまま、一先ずは指摘されたことが恥ずかしくて、慌ててサイドファスナーを下した。背中に感じていた指先の感覚が思い出されて、ブルリと小さく震える。
サッと私を見て元に戻ったのを確認できたのか、ちぃくんは手を伸ばして私の後ろにある鍵をガチャリ上げてとロックを解除した。近くなった身体に、またドキンと胸が高鳴る。 まだ落ち着かない私の耳元に、ちぃくんはいつもと同じ爽やかな声音で囁いた。
「ご馳走様」
そんな言葉で私の顔は一瞬で赤く染まった。
「ち、ちぃくんっ!」
「さぁ片付けようか」
顔をあげてニコリと微笑むと、ちぃくんはいつもの調子に戻って、まるで何もなかったかのように部屋奥の資料のある場所へと向かった。それを慌てて追いかけると、ちぃくんに並んでちょこんと座る。
隣に座るだけで、いつもの倍以上ドキドキするのを抑えながら、私は役員モードに切り替えなきゃって意識しながら、目の前の資料を見つめた。
「ここのね資料の移動を今してるんだ。ことちゃんも一緒に運んでくれる?」
「は、はぃ」
「うーん、5冊くらいかな」
「え、10冊は大丈夫」
言いながら古い方から10冊分手を出そうとすると、ちぃくんに止められた。
「駄目だよ、女の子なのに無理しちゃ」
「これくらい大丈夫、ですよ?」
「うーん……でも、ダメ。5冊ね」
結局ちぃくんは私の意見は無視して5冊分だけ持たせてくれた。代わりにと言ってはなんだけど、ちぃくんは20冊も持っている。
「それ、多すぎるんじゃぁ……」
「大丈夫。ほら行くよ」
ちぃくんに促されて、生徒会室を出る。私の後ろから出てきたちぃくんは扉を閉めてから、クククって笑い始めた。
「なんか、いいね」
「え?」
「ことちゃんが、学校にいるの」
「へへへ」
それは私の言いたいことなのに、ちぃくんがそう言ってくれるから余計に嬉しくなった。けれどそんなことを言われたら、やっと熱った(ほてった)身体が落ち着いてきたのにまた熱くなってきそう。
階段を下りながら会わなかった間のアレコレを話して、校長室に向かった。あれだけ来たときはモヤモヤしてたのに、もう消えつつある。私って現金だと思いながら、ふと扉を開く前に気が付いた。
――なんか、今の私のままみんなに会うの、恥ずかしいかも
部屋の中の声が外まで聞こえてきて、中にみんなが居るのが分かった。
ちぃくんがあんな風に触れてきたのは初めてで、実をいうとすごく困惑してる。でもあんまりにもちぃくんが普通の態度を通すから、私も一生懸命普通を装ってる。だけどそれは装ってるにすぎなくて、まだ体に残るちぃくんの熱が、抜けなくて困ってる状態だ。
頭をふるりと振って、頭の中の煩悩を捨て去ろうとすると、ちぃくんは後ろから少し屈んで私の耳元で囁いた。
「ことちゃん。隙を見せるのは止めてね」
「え?」
「中。シャツは着て」
それだけ言って私からスッと離れた。
――中……シャツ……。あ、それって!
言われたことの意味がようやく理解できて、カッと顔が赤くなった。シャツブラウスの下に何も着てないから、それを指摘してるんだってことだ。しかもそれをちぃくんが知ってるのは、その中に触れた、からで……って、なんかもう無理っ。
振り返ることも何か言い返すことも出来なくて、私は勢いよく扉を開けた。ちょっと顔が赤い気がするけれど、それは今日が暑いからって言い訳すればいいよね。
「こ、こんにちわっ」
「ん? あれ、琴莉ちゃんっ」
「コト? 旅行は?」
「池波、来れたのか?」
会長に、真理亜に、モッカ。それぞれが順番に突然現れた私に声を掛けてくれた。それに照れ笑いしながら、遅れた参加を詫びると、みんな気にするなって言ってくれた。一人だけ……工藤君だけは、足手まといにならないでくださいね、何て言って来たけれど。会長には久しぶりと、真理亜には旅行の早めの切り上げを説明して、モッカには今日までの作業の進み具合を教えてもらった。
そんな話をしている私の横を通って、ちぃくんはさっさと書棚に向かって歩いて資料を仕舞い初めた。私も後から追いかけてちぃくんの横に立って資料を渡す。ちょっと上の方の棚に入れることになって、背が届かない私に変わってちぃくんが資料を入れてくれた。シャツから伸びる腕。血管の浮いた感じとか、腕の筋が浮き上がって男っぽさが見える。
――あの腕が手が、さっき私に触れて……って、きゃー!
想像してまたドキドキしてしまう自分が恥ずかしいって思いながら俯くと、いつの間にかちぃくんを挟んで反対側に立っていた瀧本さんの声が聞こえてきた。
「千歳、5年前の活動報告が見当たらないんだけど」
また呼び捨てにする声に何となく不満を抱く私を余所に、ちぃくんはさっと瀧本さんを見て答えた。
「5年前? それなら高1の時のだよな」
「そうそれ。あの時の、どうしたっけ?」
「いや、あれはたしか……あ、あれは別保存したやつだろ。ほら式典行事用で。あっちの部屋にあるよ」
「あ、そっか。でも私分かんないし。千歳、一緒に来てよ」
その誘いに頷くと、俺ら取りに行ってくるから、と言ってちぃくんと瀧本さんはさっさと校長室を出てしまった。それを取り残された私は見送って、なんだか思い切り孤独感を感じる。
だって、ちぃくん私のことなんてチラリとも見なかった。瀧本さんに言われて返事して、そのまま思い立ったらすぐに出て行ってしまった。
――疎外感を感じても、普通だよね?
そんなモヤモヤする私に気が付いてか、真理亜がサッと寄ってきた。
「やーっぱ、校長室って感じだよね」
「うん、そだね」
私の頭の中を占めるモヤモヤを払拭するように別の話題を提供してくれたんだと分かって、苦笑いになりながらも相槌を打った。真理亜は校長室のアレコレを語りながら、クーラーが効いてて最高って喜んでる。私もそれに頷きながら、なかなか戻らない二人のことが気になって落ち着かなくてしょうがない。




