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「ことちゃん……あんまり急に可愛くならないで」
ドーン
大きな花火の打ちあがる音と同時に、また耳元で囁かれる声。そして引き寄せられる力強い腕。
右手が上がってきて、私の右耳に少しだけ落ちた髪の毛をちぃくんの指先が掬って掛ける。ふわふわと触れるそれがむず痒くて、肩を竦めながら震えた。
「か、可愛くは……」
なりたいけど、なってるとは思えない。態度だって可愛げがないし、優しいちぃくんを不安にさせたり怒らせちゃったりしてしまう。そんな私が、可愛いとか……まだまだじゃないかと思う。
「少しずつでいいから。急に大人になるなよ」
さらに耳元に唇を触れさせたまま、ちぃくんはそう続けた。この状況にも、囁かれた言葉にも心臓の動きがついていけそうにない。毎回、今が一番恥ずかしいかもしれないって思いながら、私はバクバクする心臓も感情も持て余していたら――
カプッ
耳殻に柔らかく噛みつかれた。
「ヒャッ……んっ!」
信じられない出来事に、思わず小さな悲鳴を上げた直後。さらにちぃくんの舌先がぺろりと私の耳たぶを舐めた。
「ち、ち、ちぃ、く」
「お返し」
「ふぇええっ?」
ビックリな攻撃に私は体を震わせながら、花火を見上げている場合ではなくなってしまい両手で耳を塞いだ。また同じことをされたら、ぶっ倒れてしまう。それほどの衝撃をもたらすちぃくんの唇は、凶悪だ。
肩を竦めたまま耳を塞ぐ私は、花火を楽しんでいるには程遠い。でも今は、それどころじゃなかった。
ちゅっ
塞いだ手の甲に、柔らかな感触が落ちる。勿論それが何かだなんてすぐに想像がつく。
覆った手の平越しに「こっち向いて、琴莉」って声が聞こえた。
鏡なんて見てないけど、自分の今の顔なんて想像がついてしまう。きっと赤くて、涙目で、顔なんて引きつってるかもしれないって。そんな状態でちぃくんと目なんて合わせられるはずもなくて、またフルフルとちぃさく左右に頭を揺らすと……
「じゃあ、もっとすごいことしちゃうよ?」
ちぃくんはクスクス笑いながら、そんな言葉を私の耳に滑り込ませてきた。
「だ、ダメっ」
慌てて両手を払いのけて振り返ると、そこにはしたり顔の彼。なんだかいつも以上に満足そうなその表情に、私は困惑する。
今日のちぃくんはなんだか、なんだか変。怯えつつもそっと視線を合わせていくと、複雑な表情を見せるちぃくんとかち合った。
「こんなことしてきたら、俺だってさ……」
言いながら、ちぃくんの左手が私の右頬を包んだ。私の背中では、激しい花火の音とそれを見る人たちの歓声が続いている。けれど、私の耳にはちぃくんの声だけがクリアに響いた。
包んだ手の親指が、私のほんのり色づいた下唇の淵を優しくなぞる。そっと触れるそれにぴくっと震えると、ちぃくんはふっと息を吐いた。
「ねぇ、ことちゃん」
「は、ぃ」
静かなのに、どこかまだ踊ったままの心臓を持て余しながらゆっくりと返事をすると、私しか見ていない瞳に捕まって動けなくなった。
「怖いことなんてしないから。だから、キス……してもいい?」
今までにないストレートな問いかけ。
ますますドコドコと音を響かせる心臓に合わさるように、背後でもフィナーレに向かった花火がどんどんと打ちあがる音がする。普通なら今日一番の花火の見どころのはずなのに、私の視界はちぃくん一色。彼の瞳にも私だけが映っていると思う。
それだけでさらに心がざわつく。
返事も出来ずにただじっと見つめたまま動かない私に、ちぃくんはじっと射るような瞳のまま、でもどこか不安げに続けた。
「嫌、だった? こないだ」
それは間違いなく、私が今日ずっと気にして気になってどうしようもなかったアノ出来事のことだ。
「やなこと、あるわけないですっ」
まさか私の態度からそんなことを思わせているなんて考えもしてなくて、勢いで訳分からない日本語を繰り出して否定していた。
それを聞いて一瞬息を止めたちぃくんは、直後にふっと息を吐くとホッとした表情を見せてくれた。
「良かった」
その顔を見て私は初めて、ちぃくんの表情も硬かったんだってことに気が付く。それだけでほんの少し、気持ちが楽になった。……なんて、単純かな。
ちぃくんの手が伸びて私の頬に触れる。その手にそっと顔を寄せて微笑んでいると、間もなくほんとに最後なんだろう。聞こえてくる音が、より勢いと力を増してきたクライマックスを迎えているのを感じた。
「目、瞑って?」
でも、私たちにはその声も何もかも届かない。ふわりと笑ったままのちぃくんに、そう指示された私は言われるがままに瞼を閉じた。そっと閉じていく隙間に見えたちぃくんの顔が穏やかで、やっぱり好きだって思いつつ完全に瞼が視界に蓋をする。
ドキドキは、もちろん。
これから何が起きるかも分かっている。
分かっていて、でもそこにNOはなくて。花火も人も、何もかも忘れてしまった私の耳には
「好きだよ」
って、大好きな人の声が聞こえてくるだけ。
私も……って言いたかったのに、その前に柔らかな唇に私の唇が塞がれてしまった。
花火がドーンと一番大きな音を上げるのが聞こえるけれど、私の意識はそれ以外のただ一つのことに集中していて――ちぃくんの左手が後頭部を引き寄せたことで、さらに深さを増したそれにしどろもどろしながらも…自分の気持ちが少しでも伝わりますようにと祈りながら、私は彼のロザリオを握りしめて受け止めた。
高校生初めての夏も、初めての恋も。
まだまだ始まったばかりなのかもしれない。
(fin)
24.10.3 完
26.3.27 転載完了




