7
一言も何も発しないちぃくんに連れられて、つないだ手だけを頼りに半歩ほど後ろを歩く。二人の耳に届くのは、少しばかりの喧騒とビニール袋が揺れる音。
ガサッ、ガサッ
歩くたびにその音だけが耳障りなほどに響く。どこまで歩くつもりなんだろう……そう思っていたら、とても見覚えのある風景を辿っていることに気が付いた。
――あれ? ここって
まさかとは思っていたけれど「ココだよ」と言われたのは、入学式の後訪れたあのベンチ。
私が初めて制服をまとった姿を、ちぃくんにお披露目した場所だ。なんだか久しぶりのその場所に、心臓がどきどきするのを感じながら唾を飲み込んで、ここ? って尋ねた?
だってここから……花火なんて見えるの? って思ったから。それくらい木が生い茂っていて、見えないような気がする。不思議に思いながらちらりと横を見ると満足げな表情のちぃくん。大丈夫とでも言わんばかりにコクリとただ頷くから、そのまま自然に前と同じように向かい合ってベンチに腰かけた。
近いような、遠いような……その距離に不思議なものを感じる。前に来たときは、向かいあって見つめるその距離が近すぎると思った。
なのに今は――少し、遠い。
スルリと離れた手が少し名残惜しいな……なんてちょっぴり思ったけれど、それを口にすることなんて出来ずに、腰掛けてから目線を逸らしてテーブルの木目を辿る。そんな私に気づかずなのか、ちぃくんはガサガサと音を立てて買ってきたものを次々並べていった。
たこ焼き、イカ焼き、お好み焼き……
「ちぃくん、粉物好きなの?」
「屋台といえばこれでしょ?」
目があってお互い不思議な表情を浮かべる。ちぃくんの目は当たり前でしょ? って言ってるし、私の目はきっとちぃくんの好みでしょ? と訴えている。それがお互いに手を取るように分かるのがおかしくて、同時に吹き出した。離れていても、私達の距離は縮まっているのかな? って思えたら、何かがほっこりする。さっきからのモヤモヤしたものが少しばかり吹き飛んで、自然と笑顔が零れた。
「はい、ことちゃんの」
向かいからニッと笑うちぃくんにお箸を差し出された。
「ありがと」
なんだかそれに少し照れながら、私は右手で前髪を縦に梳いて顔を隠しながら左手でそれを受け取る。それだけでも、なぜだか少し繋がった気がした。
他愛もない夏休みにあった出来事をあれこれ話しながら……気が付けば時刻は7時を過ぎていた。
7時半から始まるという話だったけれど、ちぃくんといることで私の体内時計は鈍化しているのかもしれない。こんなに時間が経つのって速かったんだって、いつもながらに驚いていた。
「もうすぐだね」
「そうですね……」
ちぃくんは腕時計を。私は携帯をそっと引っ張り出して時刻を確認した。
後15分と少し。これからだと思うと、妙にテンションが上がってくる。
本当にこの近辺が、秘密のスポットなのか……明らかに来た時よりも、周囲に人が増え始めていた。
こんなところから見えるのだろうか? と訝しく思いながら上空を見上げている、ちぃくんがくすりと笑いながら教えてくれた。
「あの木と木の間から上手く見えるから」
「……あそこらへん?」
けれど、指している方向ががいまいち分からなくて戸惑う。
――どこだろ? 木が多すぎて分かんない。
目を凝らすけど、まだ上がっていない花火を推測するのは難しい。じーっと上ばかり見つめていると、テーブルの向かいから今度は笑い声が聞こえてきた。
「ことちゃん。こっちおいで」
笑いながら、ちぃくんが私を手招きしている。小さく手の平でコイコイとジェスチャーをしていて、それにどうしようもないほどドキドキしてしまう。
行っても、いいいいのかな。
少しだけ躊躇するけど、ニコッと笑うちぃくんと目が合って恐る恐る立ち上がった。小さな手提げの袋を手首に通して、そっと近づく。反対側に回ってからそれをテーブルの上に置くと、通した紐をスルリと手首から外した。
――でも、どこに座ったらいいの?
ちぃくんを見つめると、ちぃくんはベンチの端まで来て私を足で跨いで見上げてきた。私のが上で、ちぃくんの目線の方が下で。初めての距離感にドクンと心臓が跳ねる。
だって。今日、ずっと避けてきたアレが。
ちぃくんの唇が、視界に大きく映ってしまったから。
高鳴る心臓に、だんだんと夜が濃くなってきて分かりにくいだろうけど……頬が赤く染まってくのを感じる。でも、近すぎて自分の顔を隠すことも目を逸らすことも出来ずに、ちぃくんの月明りに光るレンズの奥にある瞳を見つめた。
近すぎる距離に戸惑いながらも、それでも逸らせないその瞳に噛みつかれそうな――そんな錯覚まで起こしそうになる。
きゅっと両手を握りしめて、腰のあたりに拳を作るとちぃくんの両手が知らない間に私の後ろに回されていて、背後のリボン型に結ばれた帯ごと引き寄せられた。さらに近づいた距離と、この間のアノのことが思い出されてますます顔が赤に色づく。思わずギュッと目を瞑ってしまいそうになるのを耐えて、逸らすことが出来ない瞳をただただ見つめ返した。
「そんなに、怯えた顔するなよ」
ちぃくんが少しだけ悲しそうな表情を浮かべて、私を引き寄せる力を少し緩める。突っ張っていた体が、引き寄せる力を緩められたことで少しだけ後ろによろけて慌てて体制を立て直した。
立て直しながら、私の心の中は混乱ばっかりでどうしていいのか分からなくなる。図星だけど図星じゃないその言葉に反感を覚えて、咄嗟に否定の言葉を口にしていた。
「お、怯えて、なんかっ」
悲しい表情を浮かべたちぃくんに反発の言葉を連ねる。すると、また離れた分少しだけ引き寄せられて、ちぃくんは珍しく怒気を孕んだ視線を投げつけてきた。
「嘘つき。ことちゃん、逃げてる癖に」
投げられた視線と言葉に怖さと悲しさを感じて、私はどうしていいのか分からなくて唇を噛みしめた。




