41.ビー、秋刀魚を食べる。
秋刀魚好きです。頭と背骨以外全部食べます。
ビーは考えている。朝からずっと考えている。
授業中、別の事を考えていて授業に身が入っていない事を察知した教師陣によって、何度も当てられていたが、教師たちより遥かな高みの知識を持つビーにとって答える事は雑作もない事であった。
澱み無く答える姿にビーのフアンたちは益々信奉心を高まらせるのだった。
(ミネラちゃんのあの様子、あれは、ビーの物だった事を表しているの。あんなに深刻そうだったら、バレバレなの。言ってくれればいいのに。なったものは仕方がないのにね)
意外とサバサバしているビーであったが、やはり、気になるのか、思考がぐるぐる同じ事ばかり考えている。
考えている内に、何時の間にか放課後になっている。
ビーは今、生徒会室に来ていた。日々、生徒会業務に精を出すビーであった。決して生徒会室に常設されている御菓子類が目当てではない。と思いたい。
ビーは椅子に座り、ボケ~と窓の外を眺めている。手は会議机の上に置かれた御菓子の袋と口を行ったり来たりしており、時折、脇に置かれたペットボトルを掴んで流し込んでいる。傍らには、口元に微笑を浮かべて熱い視線を注ぐ帝が、ちょこんと座っている。
窓の外のグラウンドには白と黒のカラーリングのハードルを等間隔に並べてジャージ姿の女の子が走っている。数回に一度の割合でハードルを蹴倒す派手な音が響いて、ビーをびくっとさせる。
(ビーお姉さま、なんとなく、元気が無いようですわ。なにかあったのでしょうか?)
暫くビーを眺めていた帝だが、意を決して、声を掛けようと口を開くが、話題が見つからないのかすぐに閉じてしまう。
「あの、ビーお姉さま?あの、その、・・・今日は良い天気ですね」
「うん」
スカートの端を持って顔を真っ赤にしている帝。クラスメイトが見たら驚くような可愛らしい仕草だ。
(私のばかばか、なんで天気の事を言ってるの?そんな事じゃないでしょ、もう一回、もう一回聞くのよ、帝、がんばっ)
心の中のもう一人の自分に激励を受けて、もう一度、話をするべく試みる。
その顔は急に赤くなったり、青くなったりで忙しい。その目まぐるしく替わる表情にビーが気が付き、逆に声をかけてきた。
「ビー、こほん、ビーお姉さ」
「帝ちゃん」
突然のビーからの呼びかけで、おかしな声を発してしまう。
「はひっ」
ビーは微笑みながら帝に声を掛ける。
「帝ちゃん、なんか楽しそうなの。なにかあったの?」
「・・・いえ、なにも」
「そお?」
(折角、折角、ビーお姉さまが声を掛けてくれましたのに、私のばか。うにゅ~)
頭から煙を出して沈没している帝。
机の上に突っ伏している帝の携帯が突然、曲を奏で始めた。
♪~気前がよ~くて二枚目で~、ちょいとヤクザな、遠山さくら~♪
慌てて、携帯を取り出す帝。着信音は当然、ビーの時代劇好きに合わせてある。
「はい、暮新月です。ああ、あなたでしたか。なんですか?瑣末な話なら切りますわよ。え?ええ、それくらいあなた達でなんとかしなさい。なんですって!ええ、ええ、判りました。暫く待ってなさい」
電話の相手には普段からは考えられないほど、ぞんざいな物言いである。帝がこんな物言いをする相手は、ビー団の二人、涸月巌か、陽月平しかいない。今日はどんな問題が起こったのか気になるところである。
「ビーお姉さま、ちょっと、ビー団で問題が起こったようです。今、イワコ?イワノ?とか言う名の者が電話で知らせてきました。私ちょっと行って見てきます」
巌はまだ名前を覚えて貰っていないようである。
ビーは、お菓子が無くなったようで、小さな欠片でもないかと袋の 中を覗き込んでいる。少し、残念そうな顔をしてから、帝の声に答えた。
「ちょっとまってなの、帝ちゃん。ビーも行くの。一緒に転送すればいいの」
「え、一緒に?転送、ビーお姉さまのテレポーテーションをしていただけるのですか。え、本当に?感、感激です~」
期待に満ちた目でビーを見つめる帝。
それまで、部屋の隅に置かれた椅子にそっと座り、置物のように気配を消し、居ることさえビー以外だれにも悟らせない令月刃が口を開いた。
刃は新聞部の部長だ、といっても、殆ど生徒会室に詰めており、実質、会計といっても良い。
「ここには私がいるから行ってきたらいいわよ。会長には私から言っておくから」
「ひや!刃さん、居たんですね。・・・心臓に悪いです」
帝は刃に気がついていなかった様だ。ずっとビーと二人きりだと思っていたようで、変なことを言わなくて良かった、と、胸を撫でおろしている。
「ありがとうなの~、帝ちゃん、行こ」
帝に手を伸ばすビー。手のひらを上に向けて手を差し出す。そっとその手の上に手を添える帝。その顔は少し赤くなっているが俯いていてよく見えない。
その様子を興味深く見ている刃。
実は刃はビーがテレポーテーションを使えることは知らない、なので二人の会話にすこし違和感を感じている。
(なんで超能力の話がでるのかしら?テレポーテーション?確かに、ビーちゃんのあのカメラを察知する力は超能力とも言えるけども)
以前、ビ ーと盗撮対決をしており、ことごとくカメラを察知されていて、結果、ビーの圧勝であった。
「それじゃあ、準備はいい?いっくよ~、ほいっ」
なんとも軽い間の抜けた掛け声と共に強い光を発しながら消える二人。その光に大きく口を開き驚きの表情のまま固まった刃が見送る。光が消え暫くしてから、もとの表情にもどる。
「ビーちゃん早いわね、もう出て行ったのね。でも、いつのまに出て行ったのかしら?まあ、いいわ、あとはまったりお茶をしながら会長が来るのを待つとしますかね」
刃の中では、先ほどの出来事は無かったことになったようだ。
* * *
ビー団がたむろしているコンテナハウスから少しだけ離れた場所に光の凝集が始まる。やがて、人の姿 が二つ現れた。ビーと帝である。ビーにしては珍しく直接の場所に出るのではなく、少し離れた場所を出現ポイントに選んだようだ。一応、ビー団の面々には秘密ということだろうか。
男たちが女の子と揉めているようである。
女の子は高校生だろうか、歳はビーたちより2~3歳年上に見え、赤いルージュを引いたその口元は非常に妖艶さを醸し出している。
髪は丸く纏められた御団子、所謂、シニヨンを作っており、白いカバーと黄色いリボンが掛けられていて、ルージュとは逆に幼く見え、アンバランスな印象を受ける。
大きな龍の刺繍を施された青いチャイナ服を着ており、そのスリットから伸びた足に男なら誰もが目を奪われるだろう。手には、小さな鎖で繋がれた三つに分かれる棒、所謂、三節棍を持っていた。そんなものを持っている時点でこの子も少し変った 子かもしれない。
男が女の子に抗議の声を上げている 。巌である。その風貌はチンピラ然としているので普通の女の子なら怯えてしまうだろうが、その子は違った。逆に面白がっている様である。
「なんで、俺たちがそんな事やらねえといけねえんだよ。あんた、おかしいのか?真面目に言ってんのか?」
女の子が負けじと声を張り上げる。
「お前たち、不良ね?不良なら不良らしく、桃と力で勝負ね。勝ったほうが言うことを聞くね」
三節棍を目の前に振りかざす。慌てて後ろに跳びのく巌。意外と身軽だ。
「俺たちゃもう不良とはちがうぜ、俺たちゃビー姐さんとお嬢に出会って生まれ変わったんだ、その名もビー団だぜ」
巌と平が二人揃って胸を張る。近所で、すこしだけだが自警団として名前が通りつつあるので、その名を出すと商店街なんかでは少しおまけをして貰える。ちょっと寂しい。
「なにを言ってるね?ビー団だかブー団だか知らないね。さっさとするね。このでくのぼう」
女の子は知らないようだった。
それまで、巌の後ろで足元におちたものを見つめてなにやらぶつぶつつぶやいていた平に動きがあった。食べ物にすこし執着の強い平である。少々頭にきているようだ。
「言わせておけば、頭に乗りやがって、おい、巌、俺にやらしてくれ」
珍しく陽月平が前にでる。平は大抵、巌を宥める役回りなのだか今回はやる気のようだ。足元には無残な姿の秋刀魚が落ちている。どうもこれが原因のようだ。
「おう、平、お前行けるんか」
「大丈夫だ、俺も ビー団の一員だからな、任しとけ」
ビー団の一員と言うだけで根拠のない自信に満ちている。相手は女の子だ、そうそう負けるはずがない。と、思っているのは顔を見るまでもなく明らかだ。
「お前の為に、お前為に、この秋刀魚が無残なすがたに・・・。楽しみにしてたのに。くそ~、ど~してくれんだよ」
「ああ、それはすまなかったね、許すね」
深々と頭を下げる。以外にあっさり頭を下げる女の子、根は悪くないらしい。その様子に急にドギマギする平。基本的に女の子と話をする機会がほとんどない平にとってチャイナ服の女の子はハードルが高かったようである。
「おう、わ、判ればいいんだよ」
傍らには一斗缶で造られた竈に槇がくべられており 置かれた網の上でジュージュー音を立てて秋刀魚が焼かれている。彼らは、この冬の寒い最中、近所のスーパーで手に入れた秋刀魚を屋外で焼き、食べようとしていたようだ。なにがあったのか知らないが、この女の子の為に、秋刀魚が一匹、落ちて砂にまみれている様である。大方、やってきた女の子に対しておどおどしてしまい、手か足が網に当たって落ちてしまったそんな事だろう。
「平、もういいのか?」
「おう、もういいや、後は任せたぜ」
平の顔は少し赤かった。
もういいのか?平。チャイナ服の胸元のハート型にくり抜かれた窓から覗くその豊満な胸の谷間にやられたか?
「それじゃあ、お前のはその落ちたやつに決定な」
「え、そりゃないよ巌」
「納得したんだろ ?だったら、それ、お前のな」
「うう~」
そこへ、帝が割って入る。遅れてビーもちょこちょこ付いて行くが、その目は網の上の秋刀魚に釘ずけだ。歩く方向も帝とは少しずれている。
「貴方たち、何を揉めているの?」
「あ、お嬢!ビー姐さんも。お疲れです」
ビーは一斗缶の竈の前にしゃがみ込む。
巌は挨拶をしながらビーのしゃがみ込む様を見ていた。すると、思わぬ物が巌の目に飛び込んでくる。
一斗缶の反対側にいる巌からはビーの無防備な足の配置から、その間の花柄模様の男にとって何時でも見たい物ランキグ上位の例のあれが見えていた。
「ねえ、ねえ、これって、巌ちゃんの?」
ビーからの質問も上の空である。
巌は考えていた。
(俺の目の前に「パ」で始まり「ツ」で終わる魅惑のものが見えている。その魅力は目を引きつけてやまない。離そうと思っても離せない。俺ど~してしまったんだ)
(あれの持ち主はビー団の中心人物、何者にも侵されてはならない絶対者ビーさんだぞ。その力は到底、俺が叶うようなレベルではなく、遥かなる高みに位置する人だぞ。しかし、ここが肝心だ。その外見上は中学生ではあるものの、幼いながらも将来、至高のレベルに至ることを容易に想像させる存在。いや、すなおに美しい。ただ、幼い、未発達である。お嬢ならまだしも)
「巌ちゃん、巌ちゃん。これ、貰ってもいいかな?」
再度、ビーから言葉が発せられる。
(今、ビー姉さんなんか言ったような・・・。巌ちゃん?)
目はがん見状態であるが、急速に思考の海から戻ってくるが、残念ながら、沈黙が数秒間続いた。その沈黙に帝のなにかが触れたのか、ふと、巌を視界に捕える。
巌が何を見ているのか理解すると、正に電光石火の早業と言う他ない動作でコンテナハウスに常設してある帝専用の木刀を取り出し、速やかに巌を天国に送った。その所業は正に鬼のごとく。
帝の剣術は暮新月家に伝わるもので一般的な剣術とは一概に比較はできないが、権力者と密接に結び付いていた暮新月家を疎ましく思う者も掃いて捨てるほどいた。そんな族から逃れる為に生み出されたものである為、実践に基づいたものである。なにしろ自身の命に関わるものであるから。
帝は巌に人にある急所の内、順番に額、首、心臓。肝臓、そして股間とを念入りに数回ずつ一瞬にして突き、屠った。
ビーのことになると頭に血が登る帝であるが、一応、手加減をしていると思いたい。
巌は一言も発せず、その口元に若干の幸せそうな笑みをたたえ、目を見開いたまま横たわった。
「ふん、ビーお姉さまが汚れます。見て許されるのは私だけです。そこのあなた。じゃまです。このゴミをかたずけておきなさい」
帝は平に気を失った巌をかたづけるように支持を出す。
「へい。巌、成仏しろな」
平は巌の傍らで両手を合わせて合掌したあと、肩に担いでコンテナハウスに運んでいった。その様子を見送った帝は次にチャイナ服の女の子に声を掛けた。
「さて、そこのあなた。話を聞きましょうか」
帝の剣幕に押されたのか、女の子はおどおどしながら通りすがりを装う。
「はい。いえ、あたしは、只の通りすがりのものね。関係ないね」
「あなた、微妙~に、ビーお姉さまのしゃべり方に似てます。不愉快です。あれは、ビーお姉さまだけに許されるべきしゃべり方です。すぐに変えなさい。いいですね」
「そんなこと言われても、駄目なのね。癖なのね。許してほしいのね」
ビーはというと、すでに限界に来ていたのか、秋刀魚の端っこをちょこっと摘んで口の中に入れている。帝と目があったビーは、ばつが悪そうに「えへへ~」と笑った。
「帝ちゃん、大根おろし無い?」
のほほんと声を上げるビー。
「ちょっと、お待ちをビーお姉さま。あなた、大根おろしはどこですか?」
あること前提に指示を出す。もし、無かったら直ぐに買いに行けと言う事だろう。
「へい、こちらにあります。これ、使って下さい」
平がラップで蓋をされた大根おろしを冷蔵庫から取り出し持ってきた。
「ありがと。平ちゃん。帝ちゃんは醤油派?ポンズ派?ビーはねどっちも好きなの~、半身づつね~別の味で食べるの~。うん、おいしい」
「私は普段、醤油ですが、ビーお姉さまが言われるように半分づつも良いですね」
ビーはいいそいそと箸で綺麗に身を取り大根おろしを乗っけてから落とさないようにそっと醤油に漬け、左手を受け皿にしながら帝に差し出した。
「帝ちゃんは醤油派なの?それじゃあね、はい。あ~ん」
帝が真っ赤になりながら口を開ける。
「あ~ん」
(ビーお姉さまがあ~んをして下さる。感激です。今日は記念日ですわ~。しかも、ビーお姉さまがお使いになった箸が口の中に!)
「ぱくっ、美味しい。美味しすぎますわ~」
某アニメ、ミスター○っ子と同じように、巨大化して大阪城を潰さんとする勢いである。
「あの~、帰っていいね?」
チャイナ服の女の子が恐る恐る声を掛ける。
「ああ、忘れていたわ、あなた、何なの?なんでも、強い人を出せとかなんとか、電話でイワコ?に聞いてるんだけど、ビー団は道場じゃありません」
女の子は少々焦りながら否定を告げる
「いえ、もういいのね」
女の子は逃げるようにその場を後にする。いや、完全に走って逃げている。
「まあ、いいわ。あ、ビーお姉さま、今度は、私が解して差し上げますわ。ちょっと秋刀魚が足りませんわね。ちょっと、あなた、秋刀魚を買ってきなさい」
なにも言わず平は商店街に買いに走るのでした。
平は呟いた。
「あの子なんだったんだろ?でも、ちょっと可愛かったな」
お読みいただきありがとうございます。
巌、ちょっと災難でしたね。




