初めてのテスト
「ふわぁ。やっと終わったぁー!色んな意味でだけど!」
「ああ、私も終わったよ、色々と!」
サーラ魔法学園は今年度最初の期末試験を終え、開放的な空気に満たされていた。
試験終了直後というのは不思議なもので、出来がどうであろうと、晴れ晴れとした気持ちの方が大きくなるものだ。ココとミレーユも、長い戦いを終え、今は喜びに浸っている。あくまでも「今は」であるが。
「はー!やっと終わったわね!」
対して、シェーラは純粋にテスト期間が「終わった」ことを喜び、心からの晴れやかさに顔を綻ばせていた。
「終わった、の意味が私とシェーラとじゃ違う気がする・・・・・」
「ふむ。確かにシェーラは、我々と違って余裕がありそうだね」
「んー、まあ、ベストは尽くしたかな。緊張しちゃったから、色々ミスはあるかもしれないけど」
緊張の糸を解くように、ふう、と息を吐きだしたシェーラ。よほど間抜けなミスをしていなければ、おそらく満点だろう。
「シェーラ、普段の授業からしてデキるって感じなのに、毎日ちゃんと勉強してたもんねぇ。授業だって寝てるのみたことないし!」
「うむ。やはり付け焼刃ではかなわないな」
シェーラは皇家の姫として、オランジ村に越してからも侍女頭として付いてきたフランによってかなり高いレベルの教育を施されてきたのだが、実はそれは学園に入学してからも継続中で、週に一度、フラン経由で皇家からもたらされる政治的な情報と共に、大量の「宿題」が届いていたのだった。
それは元々高水準にあると評価されるサーラ魔法学園の授業内容をさらに難しくしたような復習問題で、授業で習ったことを完璧に、そして深く理解していなければ解けないようなものばかりだった。シェーラが前世の知識に奢ってだらけることなく毎日努力を重ねられたのは、フランの「宿題」のおかげである。フランはスパルタモードに入ると、なかなか恐ろしいのだ。
「それでココは、どの科目で『終わった』んだい?」
「んーと、私はねぇ、やっぱり世界学と世界語かなー。特に世界語!世界語以前に話されていた各地域の言語との関係、とか全然ダメ!あーあ、一日目の治癒学と数学は結構できたのになぁ」
ミレーユに尋ねられたココは、はぁ、と大げさにため息をついてみせた。小さな村で生まれ育ったココにとって、世界は広いというより遠いものらしく、こんなのおぼえきれない!と癇癪を起しかけた姿をシェーラはテスト前に目撃していた。
「そうか。私は世界語と世界学は出来たと思うのだけど、魔法講義と家庭科がね。特に家庭科は、ハンバーグに合いそうな香辛料について考察しているうちに、肝心の作り方を書いている時間が無くなってしまった」
ミレーユは、実技となるとそつなくこなすが、魔法の理論や理論史にはさほど興味が湧かないらしく、どうにも勉強に身が入らないらしい。自分の好きな物はよくできる、というタイプなのだ。そして、おかしな方向に興味が行ってしまっている家庭科については、お察しの通りである。
「お三人とも、お疲れ様でした。テスト、どうでした?」
そんなことを話しながら階段を下りていったところで、ユーフィが話しかけてきた。隣のノアは、少々ぐったり気味だ。
「うわぁ。ここにも余裕な人がいるよ!!」
特にテストからの解放感も感じさせず、まったくいつも通り、平常運転の天使の微笑を見て、もーやだー、とココが冗談めかしてヨヨヨ、とミレーユにしなだれかかる。
「いやいや。初めての期末試験ですからね、緊張してしまいました」
しかし、ユーフィはあくまでも謙遜モード。とても緊張していたようには見えないし、実際していなかったのだろうことがありありとわかるザ・謙遜だ。
「な?コイツ、いつにもまして殴りたいだろ?」
とここで、ノアがユーフィを横目で見ながら言った。疲れた様子なのは、テストの出来に加えて、「天使の毒」にあてられたからかもしれない。
「いつにもましてってなんですか、恐ろしいこと言わないでくださいよ、ノア。・・・・・そしてミレーユさん!そんないい笑顔でノアに握手を求めないでください!ああ、ココさんまで!!」
さらにそこになぜか同じく「余裕」なはずのシェーラまで悪乗りして加わったところでようやく焦った様子を見せたユーフィを、他の四人(主にノア)が「やーい!」とばかりに小突いたりからかったりして遊ぶ。それはなんだかんだで子供らしい、ほほえましい光景であった。ふざけすぎたノアがうっかり体育教師のゴードンにぶつかり大目玉をくらうまでは。
「シェーラは図書室通い、どうします?」
今度はゴードンに叱られたノアをいじってココとミレーユが遊んでいる少し後ろで、ユーフィとシェーラは図書館でのことについて話していた。結局テスト前の一週間、シェーラは人がほとんどいないのをいいことに毎日図書室へ通い、最初の月の魔術師の絵本の件からなんとなく、ユーフィの隣の席で本を読み、時々話をし、帰りは女子寮の前まで送ってもらっていたのだった。
「そうねぇ。テストも終わって人も増えるだろうし、しばらくは通えないかもね。夏休み中は帰省する人も多いだろうから空きそうだけど、私も最初のひと月は家に帰るし・・・・・」
学園の夏休みは、ほとんどの学生が寮生活を送っていることも考慮して二か月間とられており、司書の話によれば、その間に図書室へ来る学生はテスト前と同じくらい少ないらしい。
シェーラも、半月をオランジ村で、もう半月をジンドラード貴族の保養地として名高いとある湖に面したファンドール公爵家の別邸過ごすことになっていた。ちなみに、公爵家で過ごす半月のうち五日間は、同じ湖の畔に構えられた皇家の別邸に招かれたという体で、久しぶりに家族と過ごすことになっている。
「僕もです。月の魔術師の史料展は観に行くつもりなので、その頃には帰ってきますけどね」
「えっっ!史料展?そんな告知出ていたかしら?」
「まだです。司書の方がこっそり教えてくれたんですよ。たぶん、来週には掲示板に貼り出されると思いますよ。たしか――」
ユーフィによれば、史料展は夏休み最後の三週間に図書室六階で開催されるらしい。小さな展覧会だそうだが、月の魔術師の記した日記の原本も出るそうで、月の魔術師ファンとしてはかなり心惹かれる内容であった。
余談であるが、おそらくその司書というのは、六階のカウンターにいる四十代半ばくらいの女性のことだろう。ユーフィが図書館に通い始めていくらもしないうちにすっかりその天使の微笑に骨抜きにされ、学園の噂話やちょっとした裏情報を世間話のついでに時々話していたのだ。ユーフィには生徒以外にこういった女性職員のファンも多く、食堂や購買、掃除のおばさま・おねえさまたちからもたらされる様々な情報のおかげで、かなりの情報通であった。
「ああよかった!その頃なら寮にいるし、私も行けそうだわ!」
「そうですか。では、よかったらご一緒しませんか?」
「もちろんイエスよ!楽しみ!」
その開催期間であればとっくに寮へと戻っているし、図書室へ行く人も少ないだろうから何も問題ない。
そして直筆の日記も出るとなれば、月の魔術師は日本人ではないか、という疑問への答えももしかするとみつかるかもしれない。その思いもあって、シェーラは期待に目を輝かせた。
「それはよかった。ああ、そういえば確か、シェーラはそういうのがお好きなんでしたっけ」
「?」
ユーフィの眼が急にいたずらっぽく、妖しい光を帯びたようだが、いまいち言わんとするところがわからないシェーラは首をかしげた。
「いえ。夏休みは、シェーラのお好きな文化系デートといきましょう、ということです」
「~~!!!ちょっと!そのネタまだ有効なの!?」
「ははは。さっきノアたちの方に回ったお返しですよ」
不意打ちとばかりに演武祭で訊かれた好きなタイプネタを持ち出されて赤面したシェーラを見て、天使は満足そうに笑った。




