第9話:セブンスターの紫煙と、都内ワンルームのアラビアンナイト
深夜0時半。すっかりアルコールとビンタの衝撃で酔いが冷めた河童と日本兵は、バツが悪そうに肩をすぼめ、二人で仲良くバスルームにこもってゲロまみれのラグマットをゴシゴシと手洗いしていた。
私はといえば、財布と上着を引っ掴んで近くのコンビニへ走り、日本酒のパックとアタリメ、そして――『セブンスター』を一箱、買ってきた。
……ふぅ、散々な目に遭いすぎて、久しぶりに私もタバコを吸いたくなっちゃったじゃないの。
部屋に戻ると、お風呂場での罪滅ぼし洗いを終えたバカ二人が、床の上で綺麗に正座して待っていた。
「……ほら、ひいおじいちゃん。一緒にタバコでも吸おう」
「おお……! す、すまん、ユリアちゃん……」
私はキッチンの換気扇のスイッチを強で入れ、鉄二さんと並んで火をつけた。
チチ、とライターの火が煙草の先端を赤く染める。
「スゥゥゥ……、プハァァァ……」
狭いキッチンの換気扇へと、二つの白い紫煙が吸い込まれていく。
「染みる……。沁みますよ、ユリアちゃん……。やはり帝国軍人にとって、タバコは最高の嗜好品だ……」
鉄二さんはセブンスターの煙を肺いっぱいに吸い込み、今度こそ本当に、戦場を生き抜いた男の涙をその窪んだ目に滲ませていた。ひ孫と曾祖父ちゃんが令和の東京のキッチンで煙草を分け合う。なんだかんだ言って、少しだけ二人の距離が縮まった気がした。
洗ったラグマットをベランダに干し終え、私は買ってきた日本酒の封をパチンと切った。
「いい? もうおふざけはなしよ。次こそ、本当に、私の理想の結婚相手を連れてきて」
「分かっているとも。俺たちの本気を見せてやる」
カパ吉と鉄二さんが、今度は一寸のふざけもなく、真剣に目を瞑った。
ユリアの理想の男性をここに召喚する、深夜の重大任務だ。カパ吉の頭のお皿の水が、かつてないほど激しく沸騰し、青い神々しい光がワンルームを包み込む。
「我が水神の系譜よ、ユリアの理想の配偶者、来たれーーー!!!」
カパ吉の叫びと共に、激しい光の渦が部屋の中央で弾けた。
光が収まったその場所に――立っていたのは、一人の男だった。
身長は優に百八十センチ。
精悍な浅黒い肌に、ニカッと輝く真っ白な歯。
吸い込まれそうなほど美しい、ぱっちりとした二重の瞳。
頭には純白のターバンを巻き、仕立ての良い真っ白なアラビアの民族衣装を身にまとった――紛れもない、本物の『アラブの石油王』だった。
年齢は二十代後半。若くて驚くほどのハンサムだ。ターバンの隙間から覗く黒い髪は自然なカールを描いている。その手には、いくつもの油田を所有していることを証明する、超巨万の富のオーラが漂っていた。
「どうだ人間!! 完璧だろう! 身長、顔、若さ、そして超が付く本物のセレブ、億万長者だぞ!!」
カパ吉はドヤ顔で胸を張り、鉄二さんも「おお……なんと神々しい異国の王様だ……!」と感動の涙を流している。
目の前に現れた、アラビアの王子様。
一国の国家予算並みの資産を持つ、ガチの超イケメンセレブ。
しかし、私はフローリングの上に直立不動で固まったまま、その大富豪の顔を見て、全宇宙のツッコミを込めて絶叫した。
「…………ちょっと待って!!!!! 言葉通じねーじゃん!!!!!」
「マルハバン(こんにちは)……? ここは、どこですか……?」的な顔で、困惑しながら綺麗にカールした眉をひそめるアラブの石油王。
そりゃそうだろ!! 条件は完璧だけど、アラビア語なんて一言も喋れないわよ!!!
こうして、29歳OLの私のワンルームは、ついに国際問題の一歩手前まで大パニックの渦に巻き込まれたのだった。
(第9話・完)




