第7話:グレーのスウェットと、時空を超えた大絶叫
お風呂から上がった私は、顔にたっぷりと化粧水を叩き込み、ドライヤーで髪を乾かす。
ゴーッという小気味よい風の音と共に、髪がサラサラになっていく。これよ、これ。これこそが、張り詰めた都内OLの1日を癒す、唯一無二の至福の時間だ。
すると、ドライヤーの音の向こうから、バツの悪そうなカパ吉の声が聞こえてきた。
「あの……ユリア。鉄二さんがな、着替えとお酒が欲しいと言っておるのだがね……」
ドライヤーを止めて振り返ると、そこには案の定、完全なるフルチンのまま、部屋の片隅で所在なさげにウロウロしている曾祖父ちゃん(英霊)の姿があった。
……幽霊なんだから服くらい幻影で出せないのかしら。
私は盛大なため息をひとつ吐くと、クローゼットから自分が普段部屋着にしている『グレーのスウェット上下』を引っ張り出して手渡した。
「ほら、これ着て。……あ、ぴったり」
驚いたことに、鉄二さんと私は背格好がほとんど同じだった。地獄の戦場で縮んでしまったのか、元々小柄だったのか、グレーのスウェットに身を包んだ曾祖父ちゃんは、なんだか急に親戚の気弱なおじさんのように見えてくる。
「お嬢さん、酒はあるか? 酒だ。戦友との語らいには酒が不可欠なのだ」
「もう……デイリーワインと、缶チューハイしかないけど、それでいいなら」
気がつけば、狭いワンルームの床で、なぜか奇妙な3人(?)の酒盛りが始まっていた。
「う、美味い……! なんだこれは、美味すぎる……!」
鉄二さんは、私がグラスに注いだ数百円のチリ産赤ワインを口に含んだ瞬間、窪んだ目からポロポロと大粒の涙を流し始めた。
「葡萄酒なんて、生まれて初めて飲んだ……! それにこの、レモンの焼酎(缶チューハイ)というやつも、甘酸っぱくてなんと美味いことか……。ビルマの泥水とは大違いだ……」
ボロボロの飯盒で缶チューハイを並々と注ぎ、 震える手でそれを啜る曾祖父ちゃん。
その姿を見ていると、私の胸の奥がキュッと締め付けられた。地獄のビルマ戦線、飢えと渇きの中で亡くなった、あまりにも過酷な戦場。
――この人があの時代にいなかったら、今の私はここに存在していないのだ。
「……だから言っただろう? 守護霊様は大事にしろとな」
カパ吉が、缶チューハイを飲んで真っ赤になった顔で、クチバシからプハーと息を吐きながらドヤ顔で言った。
私はちょっとだけ反省して、冷蔵庫から食べかけのパックを取り出した。
「おつまみ、これしかないけど……勘弁してね」
テーブルに置いたのは、味噌を添えただけの『モロキュウ』だ。
カパ吉が「きゅうりだーー!!」と目を輝かせる横で、鉄二さんは私の顔をじっと見つめ、優しく微笑んだ。
「お嬢さんは綺麗だし、料理も美味いし、きっと東京のとても育ちが良いお家の方なんだろうねぇ。俺みたいな、東北のしがない小作農の田舎者とは、住む世界が違う雲の上の人だ……」
その言葉を聞いた瞬間、カパ吉が今更ながらに冷や汗をだらだらと流し、お酒の酔いが一気に冷めたような顔で言った。
「……あの、鉄二さん。大変言いづらいのですがね」
「ん? なんだね、カパ吉殿」
「このユリアという娘……あなたの『ひ孫』ですよ」
「…………え?」
鉄二さんの動きが、ピタリと止まった。
缶チューハイを口に運ぼうとしていた水かきの手も、きゅうりを齧ろうとしていたカパ吉の口も、すべてが静止する。
一秒、二秒、三秒。
「ええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!?!?!」
次の瞬間、鉄二さんは立ち上がり、都内の防音性の低いワンルームマンションがリアルに破裂して崩壊するかと思うほどの大音量で大絶叫した。
「ひ、ひ、ひ孫ォォォ!? 嘘だろ!? こんなことあるのかーーーーッッ!!!」
さっきまでおっぱいがどうだの、お尻がどうだのと言っていた相手が、自分の血を分けた直系の子孫だと知った曾祖父ちゃんの顔は、ビルマで敵襲に遭った時よりも青ざめていた。
(第7話・完)




