第6章:草津の湯と狂気の修羅場(※カッパは空を飛ぶ)
「……はぁ。もうどうにでもなれだわ」
私は自分のひいおじいちゃんのバカさ加減と、それに拍手喝采しているエロガッパに呆れ果てながらも、勇気を出してユニットバスの中に一歩足を踏み入れた。
しかし、視界に入ったバスタブの湯を見て、私の動きは再び硬直した。
お湯が……ありえない色になっている。
地獄のビルマ戦線から連れてきた泥なのか、それとも河童の分泌物なのか、どす黒く濁ったお湯の表面には、不気味な小さな物体が沢山プカプカと浮いていた。
「こんなの入れるかァァァ!!!(怒)」
私は怒りを通り越してテキパキと動いた。お湯を半分抜き、新しいたし湯をして、棚の奥から『入浴剤』を引っ張り出してドボドボと投入する。
「くらえ! 『草津の湯』よ!!」
お湯が一瞬で鮮やかな乳黄色に染まり、 硫黄の香りが狭いバスルームに広がった。すると、それを見たバカ2人が「おおおっ!? 黄色い激流だ!」「温泉街の匂いがするゾウ!」と信じられないほどのハイテンションになり始めた。
令和の都内ワンルーム、狭いユニットバスに、河童と日本兵が入っている。
カオスだ。ありえない。
だが、バカな日本兵はさらにやらかした。
あろうことか、洗面台の棚から私がお手入れ用に使っている『ピンクの安全カミソリ』を勝手に盗み出し、ジャリジャリと音を立ててボウボウの顎髭を剃り始めたのだ。
「もういい、私は私の世界に入る……!」
私は覚悟を決めた。見たくないものから目を背け、自分の頭に温かいシャワーを浴びせる。お気に入りのシャンプーで髪を洗い、コンディショナーを馴染ませ、クレンジングでメイクを落とす。
少しずつ、いつもの「私の日常」を取り戻していく。そして、身体を洗うためにボディソープに手を伸ばした、その時だった。
背後から、じーーーっと突き刺さるような、いやらしい視線を感じた。
振り返ると、湯船に浸かったバカ2人が、私が身体を洗うためにバスタオルを外す瞬間を、首を長ーーくして待っていたのだ。
カパ吉が、ぬけぬけと鉄二一等兵に向かって言った。
「ユリア、早くバスタオルを取りなさい。……なぁ鉄二さん、よく見たらあいつ、意外とお尻はキュッとしてるかもねぇ?(ゲス顔)」
「……てめぇら、いい加減にしろよ」
ゴゴゴゴゴ……と、私の中から本物の『狂気』が這い出た。
「ぎゃおんッッ!?」
次の瞬間、私は濡れたバスタオルを片手で押さえながら、もう片方の手でカパ吉の短い脚を掴み、プロレスラーばりの怪力でバスルームの戸の外へと投げ飛ばした。
ベシャァン!とリビングの壁に激突する河童の音。
「ひぃっ……!」
浴槽の中でカミソリを持ったまま硬直する鉄二一等兵。私は、全財産を失ったギャンブラーのような、ドスの利いた狂気の目で曾祖父ちゃんを睨みつけた。
地獄のビルマ戦線を戦い抜いたはずの英霊は、ひ孫のそのあまりの恐怖のオーラにガタガタと震え、そそくさとバスルームから逃げ出していったのだった。
ガラガラ、と閉まる戸。
静寂を取り戻した、草津の湯の香りが漂うお風呂場。
私は深い、深い、盛大なため息を吐いた。
「私の白馬の王子様……本当に、どこにいるのよぉぉぉ……(泣)」
(第6章・完 )




