第4章:給料日前の奇跡(※ただし全部奪われた)
「……はぁ。文句ばっかり言ってても始まらないわね。お腹が空いたのは、私も同じだし」
曾祖父ちゃんの「おっぱい」発言には血管が千切れそうになったけれど、よく見れば本当にガリガリで可哀想な姿だ。カパ吉もきゅうりしか食べていない。
私は一人暮らしが長い。自炊なんてお手の物だ。私は盛大なため息を一つ吐くと、慣れた手つきでエプロンを締め、調理場に立った。
「言っておくけど、まだ給料日前だから贅沢はできないわよ。冷蔵庫と一勝負してくるわ」
冷蔵庫の中身とにらめっこすること十数分。
トントン、と小気味よい包丁の音が狭いワンルームに響く。
そして数分後、炊飯器がピーッと小気味よく炊き上がりを告げた。
「はい、できたわよ。白米に、長ネギと豆腐のお味噌汁。それから冷凍してあった鯵の焼き魚。お洒落じゃないけど、こういうのが一番落ち着くでしょ?」
我ながら完璧な和食セットだ。給料日前としては満点の出来栄えである。
「さあ食べましょ」と、私が食卓に料理を並べた、次の瞬間だった。
バシャバシャバシャッ!!! ガツガツガツガツ!!!
「うおーっ! 飯だ飯だー!!」
「うまい! うまいぞ人間!!」
――私は、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
一瞬の出来事だった。本当に、文字通り『一瞬』のインターバル。
目の前で、緑色の妖怪と、ボロボロの日本兵の守護霊が、もの凄い吸引力で私の手料理をすべて平らげていたのだ。
お味噌汁は一瞬で蒸発し、鯵は骨ごと粉砕され、炊飯器の白米は一粒残らず消え失せていた。
開いた口が塞がらない、とはまさにこのことだ。
幽霊ってご飯食べられるの!? 妖怪ってきゅうり以外もいけるの!?
そんな私の大混乱を余所に、日本兵の守護霊――私の曾祖父ちゃんは、直立不動の姿勢をとると、ワンルームに響き渡る大声で申告した。
「川田鉄二一等兵! 満腹でありますッッッ!!!」
「って、私の分がないじゃん!!!!! 何全部食べやがってんのよーーー!!!」
私の絶叫が夜の壁を突き破る。
「満腹であります」じゃないわよ! 料理を作った本人が一歩も箸を進めていないのよ!?
すると、鉄二一等兵は満足げに膨らんだお腹をさすりながら、ギョロリとした目を私に向けた。
「お嬢さん……タバコある? 金鵄か、光がいいな」
「あるわけないでしょ! ここは全面禁煙よッ!!」
「やれやれ、ユリアよ、まあまあ興奮するでない」
カパ吉が、ウエットティッシュでクチバシを拭きながら、生意気にも大人の余裕を醸し出して口を挟んできた。
「自分の分がないなら、アレを使えばいいではないか。ほら、現代の人間がよく使っている、あの……ウーバーイーツ、というやつをな?」
「まだ給料日前だっつってんだろォォォォォ!!!(血涙)」
結局、私は深夜のキッチンで、涙を流しながら一袋数十円のインスタントラーメンを鍋から直接頬張る羽目になった。
ズズズ、と虚しく麺をすする私の前で、満腹になったカパ吉と曾祖父ちゃんは、ゴロゴロとラグの上でくつろいでいる。最悪の同居人たちだ。
すると、カパ吉がふと思い出したように、頭の皿をパシパシと叩いた。
「よし、お腹もいっぱいになったことだし、皆で風呂にでも入ろうではないか。皿の水が乾いてきたのだ」
「…………」
皆で、お風呂。
私(29歳OL)と、河童(カパ吉)と、ボロボロの曾祖父ちゃん(一等兵・変態)が、あの狭いユニットバスに、一緒に入る……?
私は箸を止めたまま、ただただ啞然とするしかなかった。
私の白馬の王子様……本当に、世界のどこにいるのよ……。
(第4章・完)




