第9話 五人の経費会議
依頼を終え、街へと戻った翌日の昼下がり。
冒険者ギルドで報酬を受け取った一行は、宿の一室に集まっていた。
テーブルの上には、報酬の入った革袋と数枚の帳簿、そして買い物の際に受け取った領収書や納品書が並んでいる。
「さーて、と。それじゃあ、今回の稼ぎを確認するとしますかねぇ」
ジュリオが椅子に腰掛け、革袋をテーブルの上に置いた。
「まずは報酬が……銀貨八十枚。いやぁ、なかなかの稼ぎじゃねえか!」
「その金額だけを見て喜んではいけませんよ、ジュリオ」
向かい側に座ったエルマが、帳簿を開きながら穏やかに釘を刺した。
「報酬から必要経費を差し引いたものが、私たちの実際の利益ですからね」
「わかってるって。だからこうして集まってんだろ?」
「本当にわかっているのかしら……」
ミレイが呆れたように呟いた。
「なんだよ、ミレイ。俺が金勘定に弱いとでも言いてえのか?」
「弱いというより、都合のいい数字しか見ない傾向があると言っているのよ」
「おいおい、そりゃひでえ!」
そんなやり取りを横目に、エルマは淡々と帳簿に数字を書き込んでいく。
「まず、今回の報酬が銀貨八十枚。そこから宿泊費と食費、それから依頼中に消費した物資の補充費を差し引きます」
「はいっ。食材や薬草の補充費は、こちらにまとめてあります!」
ユノが手元の小さな紙束を差し出した。
「ありがとう、ユノ。きちんと整理してくれたのですね」
「えへへ……。買ったものと、使ったものを分けておきました」
「助かります。では、こちらも確認しましょう」
エルマは紙束を受け取り、帳簿と照らし合わせていく。
その間、ゲオルグは椅子に深く腰掛け、静かに成り行きを見守っていた。
「ええと……保存食の補充が銀貨六枚。薬草類が銀貨四枚。矢の補充が銀貨三枚……」
「おいおい、矢の補充だけで銀貨三枚も使ってんのか?」
「ジュリオ、あなたも弓を使うでしょう?」
「いや、そりゃ使うけどよ! 今回はそんなに矢を消費してねえぞ?」
「ジュリオさん、前の依頼で結構使っていませんでしたか?」
「うっ……ユノ、そこは覚えてなくていいんだぜ?」
「……ああ、そうだったわね」
ミレイが平然と訂正する。
「失礼。矢の補充は、あなたの担当ではなかったわ」
「謝り方が軽いんだよ!」
ユノがくすくすと笑う。
「ふふっ。ジュリオさん、今回は何を買ったんですか?」
「おっ、ユノ。いい質問だな!」
ジュリオは待ってましたとばかりに胸を張った。
「俺はな、依頼に必要なものをちゃんと買ってきたんだぜ?」
「必要なもの、ね……」
ミレイが意味ありげに呟いた。
「なんだよ、その言い方は!」
「別に。ただ、あなたの買い物には、必要性の判断が少々独特なものが混じることがあるから」
「だから、何を買ったってんだよ!」
ジュリオが懐から一枚の紙を取り出し、テーブルに置いた。
「ほら、これだ! ロープ、油、火打ち石、それから保存用の小袋……どれも冒険に必要なもんだろ?」
「ええ、そこまでは問題ありませんね」
エルマは項目を確認しながら頷いた。
「……最後のこれは何ですか?」
彼女の指が、紙の一番下で止まった。
「ん?」
ジュリオが覗き込む。
「携帯用の小型鏡。銀貨二枚、とありますが」
「おお、それな! いやぁ、身だしなみってのも大事だろ? 斥候たるもの、いつでも清潔感を保っておかねえとな!」
「……ジュリオさん」
ユノが困ったように笑った。
「それって、今回の依頼に必要だったんですか?」
「必要だったかどうかで言えば……まあ、あったら便利だろ?」
「便利と必要は違うでしょう」
エルマの声は穏やかだったが、きっぱりとしていた。
「うっ……」
「それに、以前から使っている鏡があったのでは?」
「いやぁ、あれはちょっと傷が増えてきてだな……」
「つまり、買い替えですね」
「そうそう! わかってんじゃねえか、エルマ!」
「ですが、今回の依頼の経費として計上するのは適切ではありません。個人的な出費として分けておきましょう」
「ええっ!? そこはなんとかならねえの!?」
「なりません」
「即答かよ!」
ジュリオが大げさに肩を落とす。
ミレイは小さく息をつき、手元の帳簿に目を向けた。
「あなたの買い物ばかりが問題というわけでもないわよ」
「おっ? おお、そうだそうだ! ミレイだって何か買ってたじゃねえか!」
「私は必要なものを購入しただけよ」
「へえ? そいつはぜひ聞かせてもらおうじゃねえか!」
ジュリオが身を乗り出す。
ミレイは表情ひとつ変えず、荷物袋から小さな包みを取り出した。
「魔術の実験に使う触媒と、魔力の流れを観察するための器具。それから、術式を書き留めるための専用紙ね」
「……いくらだ?」
「銀貨十二枚」
「じゅ、十二枚!?」
ジュリオの声が裏返った。
「おいおいおい! 俺の鏡の六倍じゃねえか!」
「用途が違うでしょう」
「用途が違うのはわかるけどよ! そもそも今回の依頼で使ったのか、それ!?」
「直接使ったものもあれば、今後の調査に備えて購入したものもあるわ」
「ほら見ろ! 今後の調査って言ったぞ!」
ジュリオが勢いよくエルマを振り返る。
「これは個人的な買い物じゃねえのか!?」
しかし、エルマはすぐには答えなかった。
ミレイの購入品の一覧を確認し、少し考えてから口を開く。
「……購入したもののうち、今回の依頼に直接使用した分と、今後もパーティーで共有するものについては、必要経費として扱う余地がありますね」
「ほらね」
ミレイが涼しい顔で言った。
「ただし、ミレイ。今後の研究にしか使わないものまで、すべてパーティーの経費にするわけにはいきませんよ」
「……そう」
「使用目的を整理して、個人負担分とパーティー負担分に分けましょう」
「わかったわ」
ミレイは素直に頷いた。
ジュリオは拍子抜けしたように口を開けた。
「……なんだよ。ミレイもちゃんと分けるのかよ」
「当たり前でしょう。私は合理性を重視しているの。無駄な支出を正当化するつもりはないわ」
「じゃあ、俺の鏡も合理的な支出だって認めてくれよ!」
「それは別の話ね」
「なんでだよ!」
ユノは笑いをこらえながら、テーブルの上の数字を覗き込んだ。
「えっと……こうして見ると、結構いろいろお金がかかるんですね」
「そうですよ、ユノ」
エルマは優しく頷いた。
「冒険者の仕事は、依頼を達成すれば終わりというわけではありません。装備の維持にも、消耗品の補充にもお金がかかります。怪我をすれば治療費も必要ですし、武器や防具が壊れれば修理しなければなりません」
「なるほど……」
ユノは真剣な顔で帳簿を見つめた。
「今回、盾の修理代もかかっているんですよね?」
「うむ」
ゲオルグが静かに口を開いた。
「今回は大きな損傷ではなかったが、盾の縁に歪みが出ておった。放置すれば、いざというときに仲間を守れぬからの」
「修理代が銀貨八枚……ですね」
エルマが帳簿を確認する。
「ええ。安全に関わる部分ですから、ここは削れません」
「そりゃそうだな。盾が壊れて仲間を守れませんでした、じゃ話にならねえ」
ジュリオも今度は茶化さずに頷いた。
ゲオルグはそれ以上何も言わず、再び腕を組んだ。
エルマは計算を続ける。
宿泊費、食費、消耗品の補充、装備の修理。それぞれの項目を確認し、必要な経費と個人負担分を分けていく。
やがて、彼女の手が止まった。
「……計算が終わりました」
「おっ! いくら残った?」
ジュリオが身を乗り出す。
エルマは帳簿を見つめ、静かに答えた。
「今回の報酬は銀貨八十枚。必要経費を差し引いた残額は、銀貨四十七枚です」
「……は?」
ジュリオの笑顔が固まった。
「四十七枚?」
「はい」
「いやいやいや! 八十枚ももらったんだぞ!? 半分近く消えてんじゃねえか!」
「正確には、必要経費だけで銀貨三十三枚ですね。個人的な買い物は、それぞれの負担として別にしています」
「それでも少ねえって!」
ジュリオは頭を抱えた。
「くそぉ……。今回の依頼、もっと儲かった気がしたんだけどなぁ……」
「依頼中は問題なく進んでいましたからね」
エルマが帳簿を整えながら言った。
「ですが、収入だけを見ていては、実際にどれだけ利益が出たのかはわかりません。こうして記録しておくことが大切なのです」
「わかってる。わかってるんだけどよぉ……」
ジュリオはテーブルに突っ伏した。
「次の依頼は、もうちょっと儲かるやつにしようぜ……」
「報酬額だけで選ぶのは危険よ」
ミレイがすぐに指摘した。
「危険度に見合わない依頼を受ければ、修理費や治療費がかさんで、かえって赤字になる可能性もあるわ」
「……うっ」
「それに、今回の依頼では装備の損傷も比較的軽く済んだ。大きな怪我もなかった。それを考えれば、悪い結果ではないでしょう」
「まあ……そりゃそうだけどよ」
ジュリオは渋々といった様子で顔を上げた。
「それにしても、冒険者ってのも楽じゃねえな。魔物と戦って、道を探して、依頼をこなして……帰ってきたら今度は帳簿とにらめっこか」
「ふふっ。そうですね」
エルマは微笑んだ。
「でも、こうした確認を怠らなければ、無理のない活動を続けられますから」
ユノは帳簿を覗き込みながら、感心したように頷いた。
「私も、これからは使ったものをちゃんと記録しておきます!」
「ええ。それはいい心がけですね」
「よし! じゃあ、次の買い出しは俺が担当してやるよ!」
突然、ジュリオが勢いよく立ち上がった。
全員の視線が集まる。
「……なぜ、そうなるのですか?」
エルマが不思議そうに尋ねた。
「いや、今回の経費がかさんだのは、買い物の仕方にも問題があったからだろ? だったら俺が安くていい品を見つけてくりゃ、次はもっと利益が残るってわけだ!」
「……ジュリオ」
ミレイが冷ややかな目を向けた。
「あなた、さっき自分の買い物を経費に含めようとしていたわよね?」
「そ、それはそれ! これはこれ!」
「まったく……」
エルマは小さく息をついた。
「買い出しを担当するのは構いませんが、購入前に必要なものをリストで確認してくださいね。個人的な買い物は、きちんと分けてください」
「おう! 任せとけ!」
「……本当に大丈夫でしょうか」
ユノが不安そうに呟く。
ミレイは帳簿を閉じながら、淡々と言った。
「少なくとも、次回の経費会議で確認する項目がひとつ増えたわね」
「おいおい! 俺を信用してねえのか!?」
「ええ、まあ」
「即答かよ!」
部屋に笑い声が広がった。
こうして五人の経費会議は、ひとまず無事に終了した。
今回の利益は、銀貨四十七枚。
決して悪い数字ではない。
けれど、ジュリオは最後まで、もう少し稼げたはずだとぼやいていた。
――なお、次回の買い出し担当が本当にジュリオになったのかどうかは、また別のお話である。




