第8話「救助依頼」
冒険者ギルドを訪れた五人は、受付の職員から一件の依頼を紹介された。
森で採取依頼を受けていた冒険者パーティが、予定時刻を過ぎても帰還していないという。
「別の冒険者が、森の奥で彼らを見かけたそうです。魔物との戦闘があったらしく、一人が脚を負傷して動けなくなっているとのことでした」
受付の職員は、現地の簡単な地図を机に広げた。
「残りのメンバーも無事かどうか、まだ確認できていません。救助と負傷者の搬送をお願いしたいのですが」
「分かった。場所はここか」
ゲオルグが地図を覗き込み、太い指で森の一角を示した。
「はい。普段から採取依頼で利用される区域ですが、少し奥まった場所です」
「救助が目的なら、あまり時間をかけるわけにはいかないわね」
ミレイが地図を確認しながら言った。
「ただし、負傷者がいるからといって、こちらまで危険を冒す必要はないわ。まずは現場の状況を確かめるべきね」
「そういうことだな。急ぐのと、焦るのは別物だ」
ジュリオが肩をすくめる。
ユノは、地図と四人の顔を交互に見た。
負傷した冒険者がいる。
そう聞くと、どうしても早く助けてあげたいという気持ちが先に立つ。けれど、四人は落ち着いていた。急いでいるのに、何を確認すべきかをきちんと考えている。
「それじゃ、準備を整えて出発しよう」
ゲオルグの言葉に、全員が頷いた。
*
森に入ってから、ジュリオが先行して周囲を調べ、残る四人は互いに声の届く距離を保ちながら進んだ。
道中には、採取を終えたらしい薬草の跡や、踏み固められた獣道があった。
「この辺りは、普段から人が通っているみたいですね」
ユノが足元を見ながら言う。
「そうだな。だからといって、安全だとは限らんがな」
ゲオルグは周囲の木々に目を向けたまま答えた。
しばらくすると、先行していたジュリオが戻ってきた。
「見つけたぜ。少し先だ。三人とも無事だが、二人が負傷してる」
「二人も?」
ユノの表情が曇る。
「脚を痛めたのが一人、腕を負傷したのがもう一人。残りの一人が付き添っている。魔物はもういないようだが、念のため警戒は必要だな」
「分かった。まずは周囲の安全を確認する。ジュリオ、引き続き警戒を頼む」
「了解」
五人は慎重に先へ進んだ。
やがて、木々の間に三人の冒険者が見えた。
一人は地面に座り込み、脚を押さえている。もう一人は近くの木に背を預け、片腕を動かさないようにしていた。残る一人が二人のそばで、不安そうに周囲を見回している。
「冒険者ギルドから救助に来ました!」
エルマが声をかけると、付き添っていた男がほっとした表情を浮かべた。
「助かった……! わざわざすみません」
「お怪我の具合を確認しますね。無理に動かず、そのままでいてください」
エルマは負傷者のそばに膝をつき、順番に状態を確かめ始めた。
ユノもすぐに駆け寄ろうとしたが、その肩にゲオルグの手が添えられた。
「待て、ユノ」
「えっ?」
「負傷者がおる場所が安全とは限らん」
ゲオルグは周囲の地面や木々に視線を巡らせた。
「魔物を倒したからといって、ほかの魔物がおらぬとは限らん。まずは周囲を確かめる。それからじゃ」
「あ……はい。すみません」
ユノは思わず足を止めた。
早く助けたい。目の前に負傷した人がいるのだから、すぐにでも何かしたい。
けれど、もし自分が周囲を確認せずに近づき、別の魔物に襲われたらどうなるだろう。
助けられるはずだった人まで、危険にさらしてしまうかもしれない。
「謝ることはない。助けたいと思うのは悪いことではないからな。ただ、助けるためにも、まず自分たちが安全でなければならん」
ゲオルグの言葉に、ユノは小さく頷いた。
「はい。次からは、先に周りを確認します」
「うむ」
その頃には、ミレイも現場の状況を調べ終えていた。
「戦闘の跡があるわね。倒された魔物の痕跡も残っている。少なくとも、ここで戦闘があったことは間違いなさそうよ」
「魔物の討伐には成功したんだがな……」
付き添っていた冒険者が、申し訳なさそうに口を開いた。
「帰り道で魔物に遭遇して、三人で対応したんだ。倒すことはできたが、こいつが脚をやられて、もう一人も腕を痛めちまった。俺一人なら何とかできても、二人を連れて帰るのは難しいと思ってな」
「それで救助を要請したのですね」
エルマが確認すると、男は頷いた。
「無理に歩かせて悪化させるより、そのほうがいいと思ったんだ」
「適切な判断だと思いますよ。無理をして帰ろうとしなかったのは、よかったですね」
エルマは穏やかに微笑んだ。
ユノは、そのやり取りを聞いていた。
冒険者なら、どんな状況でも自力で帰らなければならない。どこかで、そんなふうに考えていたのかもしれない。
けれど、目の前の冒険者たちは、戦闘に勝ったあとで自分たちの状況を冷静に判断し、救助を求めた。
それもまた、冒険者に必要な判断なのだろう。
*
エルマの治療が進む間、ユノは負傷者たちの荷物をまとめようとした。
採取した薬草や道具が入った袋が、少し離れた場所に置かれている。
「この荷物も運びますね」
ユノが袋を持ち上げようとしたとき、ジュリオが声をかけた。
「おっと、ユノちょっと待て」
「はい?」
「それを持つ前に、中身を確認しな」
ユノは不思議そうに袋を見た。
「中身、ですか?」
「必要な薬や道具が入ってるかもしれないだろ? 全部まとめて運んで、いざというときに取り出せなかったら困るぜ」
「あ……」
ユノは袋を下ろし、口を開いた。
中には採取した薬草のほか、包帯や小さな薬瓶、水筒、食料などが入っていた。さらに、採取用の道具もいくつか見える。
「本当ですね。これ、分けておいたほうがよさそうです」
「だろ? 運ぶだけなら、袋ごと持っていけば済む。でも、必要なものがすぐ取り出せるかどうかで、ずいぶん違うんだ」
ジュリオは、負傷者の荷物を手早く確認していく。
「薬と包帯はエルマに渡しておこう。採取品は傷まないようにまとめて、道具は別の袋だな」
「分かりました。私が整理します」
ユノは頷き、必要なものを一つずつ確認しながら分け始めた。
いつもの採取依頼なら、荷物をまとめて持ち帰ればよかった。
けれど、今は違う。
負傷者が必要なものをすぐに使えるようにすること。搬送するときに邪魔にならないようにすること。採取品を無駄に傷めないようにすること。
ただ運ぶだけでも、考えなければならないことがいくつもあった。
ユノは、薬草の袋を丁寧にまとめながら考えた。
自分の生活魔法が役に立つ場面は、きっとこういうところにもある。
「ユノ、その薬草は傷んでいないかしら?」
ミレイが横から覗き込んだ。
「はい。少し葉が折れていますけど、状態は悪くないです。保存しておけば、帰ってからでも十分に確認できると思います」
「そう。それなら、無理に選別する必要はないわね。今は搬送を優先しましょう」
「はい、ミレイさん」
ユノは薬草をまとめ、保存の魔法をかけた。
葉の張りや水分が保たれるように、いつものように細かく制御する。特別なことをしているつもりはなかったが、こうした場面では、普段の何気ない作業も意味を持つ。
準備が整うと、ゲオルグが負傷者の様子を確かめた。
「よし。搬送を始めるぞ。足元に気をつけて進む。無理に急ぐ必要はない」
「俺も歩けます。少し休めば……」
脚を負傷した冒険者がそう言いかけたが、エルマは首を横に振った。
「今は無理をしないでください。痛みがある状態で歩けば、怪我を悪化させるかもしれません」
「……分かりました」
ゲオルグが負傷者を支え、ジュリオが先行して道を確認する。ミレイは周囲を警戒し、エルマは負傷者の状態に気を配った。
ユノも荷物を抱え、搬送の補助についた。
歩き始めてからも、道が狭くなった場所では立ち止まり、足場を確認してから進んだ。急げば早く森を抜けられるかもしれない。けれど、ここで転んだり、負傷者に無理な負担をかけたりすれば、かえって時間がかかってしまう。
「ユノ、そっちの袋を少し持ってくれるか」
ジュリオに声をかけられ、ユノはすぐに応じた。
「はい。これですね」
「そうそう。中身が偏らないように頼むぜ」
「分かりました」
ユノは袋の重さを確かめ、歩きやすいように持ち直した。
自分にできることは、派手なものではない。
それでも、四人の動きを見ていれば、今何をすればいいのかが少しずつ分かるようになってきた。
*
森を抜け、冒険者ギルドへの帰還を終えた頃には、ユノも少し疲れていた。
負傷者はそのまま治療を受けることになり、付き添っていた冒険者は、ギルド職員に詳しい報告を行っている。
五人も必要な報告を済ませ、ようやく一息ついた。
「お疲れさまでした、皆さん」
エルマが微笑む。
「エルマさんも、お疲れさまでした。治療、大変でしたね」
「いいえ。大きな怪我になる前に救助できてよかったです」
ユノは、ふう、と小さく息を吐いた。
「私、最初に負傷者を見つけたとき、すぐに駆け寄ろうとしちゃいました」
「まあ、気持ちは分かるけどな」
ジュリオが笑う。
「助けたいと思うのはいいことだ。でも、助ける側が怪我をしたら、誰が助けるんだって話だろ?」
「はい……。ゲオルグさんに止めてもらわなかったら、周りを確認する前に近づいていたと思います」
ゲオルグは腕を組み、ゆっくりと頷いた。
「経験を積めば、気づくことも増える。最初から何もかもできる者などおらん。大切なのは、今日の経験を次に生かすことじゃ」
「それに、荷物のことも勉強になりました」
ユノは、今度はジュリオに目を向けた。
「必要なものをすぐ取り出せるようにしておくなんて、考えたことがありませんでした」
「冒険者の荷物は、ただ持ち運ぶためのものじゃないからな。いざというときに役立ってこそだ」
「はい。これからは、依頼の準備をするときにも気をつけます」
ミレイが小さく笑った。
「今日のユノは、いろいろと学ぶことがあったみたいね」
「はい。まだまだ知らないことが多いんだなって思いました」
「それは当然でしょう。冒険者としての経験が違うのだから。大事なのは、知らないことをそのままにしないことよ」
ミレイらしい、理屈の通った言葉だった。
ユノはその言葉を胸に刻むように頷いた。
冒険者として、もっと強くなりたい。
そう思っていたけれど、強さというのは、魔物を倒す力だけではないのかもしれない。
危険を見極めること。仲間の動きを見ること。必要なものを準備すること。そして、自分たちだけでは難しいと判断したとき、無理をしないこと。
今日の依頼で、ユノはその一端を知った。
「よし、そろそろ飯にするか。腹が減ったな」
ジュリオの声に、ゲオルグが笑う。
「うむ。今日はよく動いたからな」
「ふふ。皆さん、食事の前に、まずは装備や荷物の確認を忘れないでくださいね」
エルマにそう言われ、ジュリオが肩をすくめた。
「おっと、今度は俺たちが注意される番か」
「当たり前でしょう?」
ミレイが淡々と返す。
そのやり取りに、ユノも思わず笑った。
今日の経験を、すぐにすべて身につけられるわけではないだろう。
けれど、次に同じような場面に出会ったとき、今日より少しだけ落ち着いて行動できるかもしれない。
そう思いながら、ユノは四人の後を追って歩き出した。




