第7話 野営料理のひと工夫
とある日の夕刻…
昼間の探索を終え、一行は森の開けた場所で野営の準備を進めていた。
ゲオルグが薪を組み、エルマが食器を並べる。その傍らでは、ジュリオが荷物袋から食料を取り出していた。
「さて、と。今日の晩飯は……っと」
干し肉、硬い保存パン、塩漬けの野菜。
いつもどおりの顔ぶれを見て、ジュリオは露骨に肩を落とした。
「……なあ、ユノ」
「はい? どうしました、ジュリオさん?」
「いやぁ、こう毎日同じようなもんばっかり食ってるとなぁ……さすがに飽きてくるっていうか」
ジュリオは干し肉を指先でつまみ、ひらひらと振った。
「こいつも最初のうちはよかったんだが、最近じゃ噛んでるうちに自分が干し肉になった気分になってくるぜ」
「ふふっ。そんなことを言っても、保存食なのですから仕方ありませんよ」
食器を並べていたエルマが、苦笑しながら答えた。
「わかってるって。保存が利くし、持ち運びにも便利だ。文句のつけようがない優秀な食料だよ。……ただなぁ、もうちょっとこう、なんとかならねえかなぁ」
「なら、今日は少し工夫してみましょうか?」
ユノが荷物袋の中を覗き込みながら言った。
「おっ! いいねえ! さすがユノ! 俺たちの気持ちがわかってる!」
「まだ何を作るかも決めていませんよ?」
「細けえことはいいんだよ!」
ジュリオは満面の笑みを浮かべた。
その様子を見ていたミレイが、呆れたように息をつく。
「まったく……注文だけは一人前ね」
「おいおい、食事への要望を伝えるのも大事な役目だろ?」
「あなたの場合、単に自分が飽きただけでしょう」
「否定はしねえ!」
あっさり認めるジュリオに、ユノは思わず笑った。
そして、荷物袋から食材をひとつずつ取り出していく。
干し肉に、保存の利く根菜。少量の乾燥きのこ。それから、持ち歩いていた調味料の小袋。
「うーん……これなら、できそうかな」
ユノは食材を並べながら、何かを考えるように首を傾げた。
「エルマさん、鍋を借りてもいいですか?」
「ええ、もちろん。何を作るのですか?」
「ちょっと待っていてくださいね!」
ユノは鍋に水を注ぎ、乾燥きのこを入れた。
次に、干し肉を食べやすい大きさに切り、根菜も薄めに切り分けていく。
そこまでは、いつもの野営料理と大きく変わらない。
だが、ユノはそこで、ふと思い出したように手を止めた。
「そうだ。これも使っちゃおう」
取り出したのは、小さな袋に入った乾燥ハーブだった。
ユノはそれを少量だけ鍋に加え、軽くかき混ぜる。
「よしっ。それじゃあ……」
鍋の下に組まれた薪へ、手をかざした。
「着火」
小さな火が灯る。
ユノはその火加減を確かめると、今度は鍋の中へ意識を向けた。
しばらくして、鍋の縁からゆっくりと湯気が立ち上り始める。
しかし、ユノは薪を増やすことも、火を強くすることもしなかった。
代わりに、鍋の周囲へそっと魔力を巡らせる。
「……加熱」
鍋の中で、スープが静かに温まり始めた。
薪の火だけに任せるよりも、ずっと穏やかに。
ユノは木べらでスープをかき混ぜながら、鍋の中の様子を確かめていた。
「うん、いい感じ……」
根菜が柔らかくなり、干し肉から出た旨味がスープに溶け込んでいく。
乾燥きのこの香りも立ち始め、ハーブの爽やかな香りが、それに重なる。
「……お?」
ジュリオが鼻をひくつかせた。
「なんだなんだ? いい匂いがしてきたじゃねえか!」
「もう少しですよ。焦らないでくださいね」
「いやいや、焦ってなんかねえよ? ただ、料理の進み具合を確認してるだけだ」
「さっきから鍋しか見ていませんけど……」
エルマが微笑ましそうに指摘した。
「そりゃ見るだろ! 俺たちの晩飯なんだからな!」
そんなやり取りをしている間にも、ユノは鍋の様子を見ながら、少しずつ加熱の具合を調整していた。
やがて、根菜が十分に柔らかくなったところで、ユノは魔法を止めた。
「できました!」
鍋の中には、具だくさんの温かいスープができあがっていた。
干し肉と根菜の旨味が溶け込んだ、素朴ながらも香り豊かな一品だ。
「おおおっ! こいつはうまそうじゃねえか!」
ジュリオが身を乗り出す。
「ふふっ。まだ味見もしていませんよ?」
「見た目と匂いでわかるってもんだ!」
「では、いただきましょうか」
エルマが器を配り、ユノがスープをよそっていく。
全員に行き渡ったところで、ジュリオが待ちきれない様子で匙を手にした。
「それじゃ、いただきまーす!」
一口。
ジュリオは口の中でスープを転がすように味わい、目を見開いた。
「……おおっ!?」
もう一口。
今度は具材も一緒に口へ運ぶ。
「おおおっ! なんだこれ、うめえじゃねえか!」
「本当ですか? よかった!」
ユノがほっと胸を撫で下ろす。
「いや、マジでうまいぞ! 干し肉って、こんなにいい味が出るもんだったのかよ!」
「乾燥きのこも戻すことで香りが出ますし、根菜と一緒に煮込んだのがよかったのかもしれませんね」
エルマもスープを一口飲み、穏やかに微笑んだ。
「ええ。保存食を使っているのに、いつもとはずいぶん違う味わいです。体も温まりますし、野営にはぴったりですね」
「へへっ、そうでしょう、そうでしょう!」
なぜかジュリオが得意げに胸を張る。
「……あなたが作ったわけではないでしょう?」
ミレイが淡々と突っ込んだ。
「いいじゃねえか! うまいもんは、みんなで喜んだほうがいいだろ!」
「それは否定しないけれど」
ミレイはスープをもう一口飲み、ふと手を止めた。
「……ところで、ユノ」
「はい? ミレイさん」
「さっきの加熱魔法だけれど、薪の火と併用していたわよね?」
「はい。薪だけでも作れますけど、魔法を使ったほうが早いので」
「なるほど。では、鍋全体を魔法で加熱していたの? それとも、スープそのものを対象にしていた?」
「えっと……鍋の中を中心に、温まり方を見ながら調整していました」
「温まり方を見ながら?」
ミレイの目が、すっと細くなる。
「具体的には、どこを基準に調整しているのかしら。鍋の表面温度? それとも、中身の温度変化を魔力で感知している?」
「えっ? ええっと……そこまでは、あまり考えたことがなくて……」
「考えていない?」
ミレイが首を傾げた。
「でも、加熱の速度は明らかに一定ではなかったわ。最初はゆっくり温めて、途中から少し強め、具材に火が通る頃には再び抑えていたでしょう?」
「……あっ、はい! そのほうが、ちょうどよくできるので」
「つまり、必要に応じて魔法の出力を細かく変えているのね」
ミレイは納得したように頷いた。
「興味深いわ。普通なら、加熱する対象と範囲を指定して、一定の出力を維持するところだけれど……あなたの場合、対象の状態に合わせて、かなり細かく制御しているように見える」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。加熱効率という観点から見ても、薪の火だけに頼るより合理的ね。必要以上に火力を上げずに済むし、燃料の消費も抑えられる。魔法の出力を適切に調整できれば、余計な魔力の消費も防げるはずよ」
ミレイはそこで一度言葉を切り、ユノのほうへ身を乗り出した。
「それで、もうひとつ聞きたいのだけれど――」
「ミ、ミレイさん……?」
「加熱する対象の大きさや形状によって、制御方法は変えているのかしら? それとも、液体と固体で魔法の作用を使い分けている? あと、鍋の材質によって加熱効率に違いが出るかどうか、試したことはある?」
「えええっ!? そ、そんなに一度に聞かれても……!」
ユノが匙を握ったまま、困ったように目を泳がせた。
「……あら、ごめんなさい。つい興味が湧いてしまって」
そう言いながらも、ミレイの目は明らかに輝いていた。
「今度、時間があるときに、もう少し詳しく話を聞かせてちょうだい」
「は、はい……できる範囲でなら……」
ユノが小さく頷くと、ジュリオが横から口を挟んだ。
「おーおー、また始まったなぁ。ミレイの研究者スイッチってやつか」
「あなたも少しは興味を持ったらどうなの?」
「いや、俺は料理がうまけりゃ、それで十分だね!」
「……まったく、あなたらしいわね」
ミレイは呆れたように息をつき、再びスープを口に運んだ。
そのときだった。
ことり。
ゲオルグが、空になった器をテーブル代わりの平らな石の上に置いた。
そして、何も言わずに鍋を差し出した。
「……おかわりですか?」
ユノが尋ねると、ゲオルグは無言で頷いた。
「はいっ! どうぞ!」
ユノが器にスープをよそう。
ゲオルグは再び器を受け取ると、黙々と食べ始めた。
その様子を見て、ジュリオがにやりと笑う。
「おっ、ゲオルグが無言のおかわりか! こりゃ相当気に入ったみてえだな!」
ゲオルグは答えない。
ただ、匙を動かし続けている。
「……ふふっ」
エルマが微笑ましそうに目を細めた。
「ユノ、どうやら大成功のようですね」
「えへへ……よかったです!」
ユノは嬉しそうに笑った。
いつもの保存食に、少しの工夫。
そして、生活魔法の使い方をほんの少し変えるだけで、野営の食卓はこんなにも楽しくなる。
ジュリオの飽きっぽさから始まった、ささやかな料理のひと工夫。
その成果は、ゲオルグの二杯目が何よりも雄弁に物語っていた。
――ただし。
「ユノ、今の加熱魔法について、もう少し詳しく――」
「ミレイさん、まずはご飯を食べませんか……?」
その後もしばらく、ユノはミレイの質問攻めから逃れられなかったのだった。




