第6話 装備選びと、ベテランの助言
リュネルトの街の通りに面した武具屋は、昼を過ぎても客の出入りが絶えなかった。
壁には剣や槍が並び、棚には革の手袋やベルト、手入れ用の道具が置かれている。店の奥からは、金属を打ち合わせる乾いた音が聞こえてきた。
「相変わらず、品揃えがいいですね」
店内を見回しながら、ユノが感心したように言った。
「まあな。冒険者に必要なものは、大抵ここで揃うからな、」
ジュリオは壁に掛けられた短剣を眺めながら、気軽に答えた。
「必要なものだけにしておきなさいね。余計なものまで買っていたら、いくらお金があっても足りませんよ」
エルマの言葉に、ジュリオは肩をすくめた。
「いやいや、俺だって必要なものしか買わないさ。必要かどうかの判断に、多少の個人差があるだけでね」
「その個人差が問題なのです」
エルマは穏やかな笑みを浮かべたまま、きっぱりと言った。
そのやり取りを聞きながら、ミレイは店の棚に並んだ魔法道具を眺めていた。冒険者向けの品だけあって、実用性を重視したものが多い。
一方、ゲオルグは店の奥にいる店主へと歩み寄った。
「すまぬ、店主、少し見てもらいたいものがあるのだが」
「おう、ゲオルグか。盾だな?」
店主はゲオルグの背中に目を向け、すぐに察したように笑った。
「また随分と使い込んだんじゃないか」
「仕事で使うものだからな」
「そりゃそうだ。飾っておくために買ったわけじゃないからな」
二人は慣れた調子で言葉を交わす。
ゲオルグが背負っていたアイアンラージシールドを下ろすと、店主は作業台の上に置き、縁や金具の状態を確かめ始めた。
「ふむ……縁に傷が増えてるな。ここの金具も、少し緩み始めている」
「そこはワシも気になっていた」
「よく気づいたな。放っておくと、次に衝撃を受けたときに厄介なことになる」
「だから持ってきたのだ」
「違いない」
店主は小さく笑い、工具を手に取った。
その様子を、少し離れた場所からユノたちが眺めていた。
「ゲオルグさん、あのお店の方とは親しいんですね」
ユノが小声で言うと、ジュリオが頷いた。
「そりゃあ、あれだけ長いこと冒険者をやってりゃ、馴染みの店もできるさ。ゲオルグの装備なんて、あの店主なら見ただけで大抵のことはわかるんじゃないか?」
「長く使っている装備ほど、細かな癖も出るのでしょうね」
エルマがそう答えた、そのときだった。
「うーん……」
店の入口に近い棚の前から、困り果てたような声が聞こえてきた。
若い冒険者が一人、革鎧と胸当てを交互に見比べている。傍らには、使い込まれた小さな荷袋が置かれていた。
「どうした? まだ決まらないか?」
店主が声をかけると、若者は申し訳なさそうに振り返った。
「すみません。どちらも良さそうなんですけど……予算が足りなくて」
「初めて本格的な装備を揃えるんだったな」
「はい。ギルドには登録したんですけど、手持ちのお金があまりなくて。できれば、ちゃんとしたものを買いたいんです。でも、安いものばかり選ぶのも不安で……」
若者の視線は、棚に並んだ装備へと戻った。
店主は急かすことなく、二つの品を手に取った。
「こっちは値段が手頃で、動きやすい。こっちは少し高いが、守れる範囲が広い。どちらがいいかは、お前さんの戦い方にもよるな」
「戦い方、ですか?」
「前に出るのか、後ろから支援するのか。それとも、身軽さを生かして動き回るのか。装備ってのは、値段だけで決めるものじゃない」
若者は考え込んだ。
その会話を聞いていたゲオルグが、補修の相談を終えてから若者のほうへ歩いてきた。
「お主、何に迷っている?」
低く落ち着いた声に、若者は少し背筋を伸ばした。
「えっ……あ、はい。装備を買おうと思っているんですが、予算が限られていて。できるだけ安全なものを揃えたいんですけど、全部を買うには足りなくて……」
ゲオルグは若者の前に並べられた装備を見た。
それから、自分の背中にある大きな盾へと目を向ける。
「安全な装備が欲しいのは当然だ。じゃが、値段が高ければ、それだけで自分に合うとは限らん」
「そうなんですか?」
「ワシの盾を見てみろ」
ゲオルグは盾を作業台から持ち上げ、若者にも見えるように傾けた。
「これは重い。ワシの体格と戦い方には合っているが、誰にでも扱えるものじゃない。無理に持てば動きが鈍る。守るための装備が、かえって危険を招くこともある」
若者は、ゲオルグの盾をじっと見つめた。
「じゃあ、何を基準に選べばいいんでしょうか」
「まずは、自分がどう戦うのかを考えろ。次に、何を守る必要があるのかを考える。それから、無理なく使えるものを選ぶのだ」
ゲオルグは短く言葉を切った。
「金が足りないからといって、必要なものまで削るな。じゃが、今の自分に扱えないものを買う必要もない」
若者は黙って聞いていた。
その言葉に、店主が頷く。
「そういうことだ。お前さんがどんな依頼を受けるつもりなのか、もう少し聞かせてくれ。それに合わせて、予算内で組み合わせを考えてみよう」
「はい。お願いします」
若者は今度こそ、迷いのない声で答えた。
店主は若者の話を聞きながら、棚からいくつかの装備を選び出した。最初に若者が欲しがっていたものとは違う組み合わせだったが、予算に収まり、本人の動きやすさも損なわないものだった。
ゲオルグも時折、装備を手に取って確かめる。
「この留め具は、動いたときに邪魔にならんか?」
「大丈夫だ。こっちは以前から使っている型だからな。予算を抑えながら、必要なところはきちんと守れる」
「なら、それでいいだろう」
やがて若者は装備を決め、代金を支払った。
「ありがとうございました。これなら、安心して依頼を受けられそうです」
「安心するのはいいが、装備を揃えたからって無茶をするなよ」
ゲオルグの言葉に、若者は真剣な顔で頷いた。
「はい。気をつけます」
若者は何度も礼を言い、買ったばかりの装備を抱えて店を出ていった。
その背中を見送ったあと、ゲオルグは店主へ向き直った。
「悪かったな。話に割って入ってしまった」
「何を言ってる。お前さんの話は、俺にとっても助かるんだよ。装備を売るだけなら簡単だが、使う人間に合ってなきゃ意味がないからな」
店主は盾の補修箇所を指で示した。
「それにしても、こいつも長い付き合いになったな。最初に持ち込んだときは、まだここまで傷んでなかった」
「ずいぶん前の話だな」
「そうさ。あの頃は、今よりもう少し無茶をしていた気がするが?」
「……気のせいじゃろう」
「ははっ。そういうことにしておくか」
二人の間には、気兼ねのない笑いがあった。
ユノは、その様子を静かに眺めていた。
いつものゲオルグは、必要なことだけを口にする。仲間を守るときも、仕事の判断をするときも、言葉より行動で示すことが多い。
けれど、この店では少し違って見えた。
店主と交わす短い言葉の一つひとつに、長い時間をかけて築かれた信頼が感じられた。
「ゲオルグさん、あのお店の方とは、本当に長いお付き合いなんですね」
ユノが声をかけると、ゲオルグは振り返った。
「まあな。装備のことは、昔からここで世話になっているからな」
「それだけじゃなさそうですけど…」
ユノの呟きに合わせてジュリオがにやりと笑った。
「いやあ、ゲオルグがあんなに喋るとはね。俺たちも、もう少し武具屋に通ったほうがいいのかな?」
「お主は余計なものを買わないようにするほうが先だと思うんじゃが?」
「おやおや、手厳しい」
ジュリオは大げさに肩をすくめた。
エルマが小さく笑い、ミレイは「店主との相性もあるのでしょうね」と興味深そうに言った。
ゲオルグはそれ以上、何も説明しなかった。
ただ、補修を終えた盾を背負い直すと、店主に短く礼を告げた。
「また頼む」
「おう。次は、もう少し早めに持ってこいよ」
「考えておこう」
五人は武具屋をあとにした。
街の通りには、いつものように人々の声が響いていた。
ユノは、先ほどの新人冒険者のことを思い出す。
冒険者として歩き始めたばかりの人も、長い経験を積んできた人も、それぞれに必要なものがある。
そして、自分に合ったものを選ぶためには、道具だけでなく、それを知る人の助言も大切なのだ。
そんなことを考えながら、ユノは仲間たちのあとを歩いていった。




