第3話 冒険者の日常③
依頼の受付を済ませたユノは、ギルドの入口近くで依頼書の控えを確認していた。
依頼内容は、街道沿いにある採取地での薬草採取。指定された薬草を必要数集め、日が暮れる前に街へ戻る。
報酬は銀貨十枚。
移動距離もそれほど長くなく、危険度も低い。ただし、採取地の周辺では小型の魔物が目撃されているという。
「これで依頼は受けられましたね……!」
依頼書の控えを大事そうにしまい、ユノは小さく息を吐いた。
「おう。じゃあ、あとは出発の準備だな」
ジュリオが伸びをしながら言った。
「準備といっても、今日は近場の採取依頼でしょう。そこまで大げさに考える必要はないんじゃない?」
ミレイはそう言いながらも、手にしていた本を閉じ、腰に提げた小さな鞄の留め具を確かめている。
「ミレイ、それを言うなら、まずは全員が揃ってからにしましょうか」
穏やかな女性の声が、三人の背後から聞こえた。
「あ、エルマさん!」
ユノが振り返る。
そこには、栗色の髪を低い位置でまとめた女性が立っていた。生成り色と深緑を基調とした装いは落ち着いており、腰には僧侶として使う道具を収めた袋が下がっている。
深い青色の瞳が、三人の様子を順番に確かめた。
「お待たせしました。準備に少し時間がかかってしまって」
「いや、俺たちも今来たところだよ」
ジュリオが軽い調子で答える。
「それならよかったわ。ゲオルグも、もうすぐ来るはずよ」
エルマがそう言ったところで、ギルドの入口から大きな影が差した。
「待たせたな」
低く落ち着いた声。
振り向いたユノは、思わず少しだけ顔を上げた。
入口に立っていたのは、大柄なタウルス種の戦士だった。
頭部には牛を思わせる特徴があり、赤い瞳には長年の冒険で培われた落ち着きがある。全身を覆うアイアンプレートアーマーは使い込まれているものの、手入れが行き届いていた。背中に大きなアイアンラージシールドを背負い、腰にはアイアンメイス。足元のプレートブーツが床を踏むたび、重みのある音が響く。
「ゲオルグさん、おはようございます!」
「うむ。おはよう、ユノ」
ゲオルグはゆったりと頷いた。
「全員、揃ったようだな」
「ええ。それじゃあ、出発前に依頼の確認をしましょうか」
エルマの言葉に、五人はギルドの壁際にある空いた場所へと移動した。
ジュリオが依頼書の控えを取り出し、壁に立てかけるようにして広げる。
「今回の依頼は、街道沿いの採取地で薬草を集めること。指定数は依頼書にあるとおり。周辺で小型の魔物が目撃されてるから、採取に夢中になりすぎないこと、ってところだな」
「採取地までの道は整備されているのよね?」
エルマが確認する。
「ああ。街道から少し外れるが、道に迷うような場所じゃない。俺も以前、近くを通ったことがある」
「ただし、以前通ったことがあるというだけで、現在の状況まで保証されるわけではないわ」
ミレイが淡々と補足した。
「周辺の魔物の数も、依頼書に書かれた情報が最新とは限らない。現地で異変があれば、採取を中断するべきね」
「そうだな。無理をしてまで達成する依頼でもない」
ゲオルグも同意する。
その言葉に、ユノは手元の控えを見ながら頷いた。
「はい。魔物が多かったり、危険だと判断した場合は、無理に採取を続けないようにします」
「ええ、それでいいわ」
エルマが優しく微笑んだ。
「それから、採取した薬草の状態にも気をつけてね。傷んでしまったら、せっかく集めても依頼の品として扱ってもらえないことがあるから」
「わかりました。潰さないように気をつけます!」
「よし。依頼の確認はこんなところかね」
ゲオルグが仲間たちを見回した。
「次は装備と荷物だ。出発前に、各自確認しておこう」
冒険者にとって、出発前の確認は欠かせない。
どれほど慣れた道であっても、何が起こるかはわからない。足りない道具に現地で気づいても、都合よく手に入るとは限らないのだ。
五人はそれぞれ、自分の装備を確かめ始めた。
ゲオルグは背中に背負ったラージシールドの留め具を確かめ、メイスがすぐに扱える位置にあることを確認する。重い鎧を身につけたまま、動きを妨げる箇所がないかも確かめていた。
エルマは腰の袋を開き、包帯や薬品、回復に使う道具が揃っているかを一つずつ確認していく。必要なものがすぐ取り出せるよう、袋の中もきちんと整理されていた。
ミレイは杖の状態を確かめたあと、持ち歩く道具と小瓶を確認する。魔法を使うための準備だけでなく、採取した薬草を傷めずに持ち帰るための袋も用意していた。
ジュリオはダガーの留め具を確かめ、腰のポーチや荷物袋の中身を手早く点検する。必要な道具がどこにあるのか、手探りでもわかるように配置しているらしい。
そしてユノも、自分の荷物を広げた。
革の防具に不具合はない。短剣も、いざというときにすぐ手が届く位置に収まっている。
荷物袋には水筒、保存の利く食料、採取用の袋。それから、簡単な手当てに使える布類も入れてあった。
「ええと……水筒、食料、採取用の袋……」
ユノは声に出して、一つずつ確認していく。
「ユノ、予備の袋も持ってきているかの?」
ゲオルグに尋ねられ、ユノは荷物袋の中を覗き込んだ。
「あっ、はい! こちらに入っています」
「うむ。採取するものが予定より多くなることもあるからな。備えがあるのはよいことだ」
「ありがとうございます!」
褒められたユノの表情が、ぱっと明るくなる。
その様子を見ていたジュリオが、にやりと笑った。
「お、ずいぶんしっかり準備してるじゃねえか。もう俺が教えることもなくなってきたかな?」
「そ、そんなことはありません! まだまだ教えていただきたいことがたくさんあります!」
「おっと、そうかそうか。いやあ、頼られるってのはいいもんだな」
「ジュリオ、調子に乗らないの」
ミレイが即座に釘を刺す。
「はいはい。厳しいねえ、ミレイさんは」
「あなたが軽口ばかり叩くからでしょう」
いつものやり取りに、エルマが小さく笑った。
「ふふ。二人とも、そのくらいにして。準備ができたなら、そろそろ出発しましょう」
エルマは全員の荷物を見渡し、最後にユノへと目を向けた。
「ユノ、忘れ物はない?」
「はい、大丈夫です!」
「それならよかったわ。何かあったら、遠慮せずに言ってね」
「ありがとうございます、エルマさん!」
五人は荷物を背負い直し、ギルドの入口へと向かった。
扉を開けると、朝の街の空気が流れ込んでくる。
通りには荷車を引く商人や、店先の準備を始める人々の姿があった。街道へ向かう冒険者たちも、ちらほらと見える。
ユノは一度、街の向こうへと目を向けた。
今日の目的は、薬草を集めて無事に帰ってくること。
特別な討伐任務でもなければ、危険な遺跡へ向かうわけでもない。
けれど、こうして仲間と準備を整え、依頼を確認し、目的地へ向かう。それもまた、冒険者としての日常なのだ。
「では、行くとするか」
ゲオルグの言葉に、四人が頷く。
「はい!」
ユノは仲間たちの背中を追うように、一歩を踏み出した。
五人の冒険者は、街道の先にある採取地を目指して歩き始めた。




