第2話 冒険者の日常②
掲示板の前で、まだユノは腕を組んで悩んでいた。
目の前には、討伐依頼や採取依頼、荷物の運搬に関する依頼書が並んでいる。
報酬も難易度も、依頼によってさまざまだ。
「うーん……」
ユノは一枚の依頼書を手に取った。
「薬草の採取。報酬は銀貨八枚……こっちは銀貨十二枚」
もう一枚を見比べる。
「銀貨十二枚のほうがいいかな?」
「報酬だけで決めるのは、まだ早いんじゃねえか?」
背後から声がした。
振り返ると、ジュリオがいつもの気楽そうな顔で立っていた。腰には使い込まれたダガーが下がっている。
「ジュリオさん。こっちのほうが報酬が高いんですよ?」
「そりゃ見りゃわかる。で、目的地は?」
「えっと……北の森です」
「どのあたり?」
「森の奥……みたいです」
「みたい、ねえ」
ジュリオは依頼書を覗き込み、口元を緩めた。
「森の奥まで行って、薬草を探して、帰ってくる。さて、ユノちゃん。往復で何時間かかると思う?」
「……わかりません」
「だろ?」
ジュリオは意地悪そうに笑った。
「報酬が高くても、半日かけて探し回るんじゃ割に合わないこともある。道が悪けりゃ余計に時間もかかるし、森の奥なら魔物と出くわす可能性だって上がる」
「なるほど……」
ユノは手元の依頼書に目を落とした。
報酬の数字ばかり見ていた自分に気づき、少しだけ頬を掻く。
「じゃあ、こっちの銀貨八枚の依頼は?」
「目的地は街道沿い。採取場所も比較的近いわね」
横から別の声が加わった。
ミレイが本を片手に、依頼書を確認している。
「ただし、採取対象の群生地が減っているという注意書きがある。指定された数を集めるまでに、どの程度の時間が必要かは不明ね」
「うっ……。こっちも簡単じゃないんですね」
「当然でしょう。簡単に稼げる仕事なら、もっと早く誰かが受けているわ」
ミレイは淡々と言った。
ユノは二枚の依頼書を並べ、今度は報酬以外の項目にも目を通す。
目的地までの距離。採取するもの。必要な数量。危険度。
同じ採取依頼でも、ずいぶんと違いがある。
「じゃあ……この依頼はどうでしょう?」
ユノが三枚目を指差した。
「街道沿いの薬草採取で、報酬は銀貨十枚。採取場所は町から近くて、必要な数も決まっています。危険度も低めです」
「悪くないんじゃねえか?」
ジュリオが頷く。
「ただ、採取場所の周辺に小型の魔物が出るという記録があるわ。低危険度だからといって、遭遇しないとは限らない」
ミレイの指摘に、ユノはもう一度依頼書を読み直した。
「そっか。じゃあ、魔物が出た場合のことも考えておかないと」
「お、ちゃんと考えるようになったじゃねえか」
「もう! 私だって、少しは成長してます!」
「少しは、ねえ」
「ジュリオさん!」
ユノが抗議すると、ジュリオは楽しそうに肩をすくめた。
「はいはい。で、どうする?」
ユノは三枚の依頼書を見比べた。
報酬が一番高いものではなく、ただ簡単そうなものでもなく。
移動にかかる時間。採取に必要な手間。魔物に遭遇する可能性。そして、自分たちの実力で安全にこなせるかどうか。
少し考えてから、ユノは三枚目の依頼書を手に取った。
「これにします。距離も近いし、採取する数も決まってますから。周辺の魔物に気をつければ、無理なく達成できそうです」
「いい判断ね」
ミレイが短く答えた。
「ただし、実際の状況が依頼書と違う場合は、無理に続けないこと。情報が古い可能性もあるわ」
「はい!」
「ま、何かあったら俺たちがいるけどな」
ジュリオは軽く笑った。
「……とはいえ、俺たちを当てにしすぎるのも困るんだけどな」
「どっちなんですか!」
「両方だよ。仲間なんだから助けるさ。でも、自分で判断することまで人任せにするなってこと」
いつもの軽い口調だったが、その言葉には冒険者としての経験が滲んでいた。
ユノは少しだけ表情を引き締める。
「……はい。ちゃんと覚えておきます」
依頼書を受付に持っていこうとしたところで、ジュリオがふと思い出したように声をかけた。
「そういやユノ。採取した薬草、どうやって持ち帰るつもりだ?」
「え? ええと、袋に入れて……」
「量が多かったら?」
「……袋を二つに?」
「三つになったら?」
「うう……」
ユノが考え込む。
その隣で、ミレイが小さく息を吐いた。
「採取する前から、運搬方法まで考えておくべきね。薬草は種類によって扱いも違うのだから、潰したり傷めたりしないように」
「そ、そうですよね。そこまで考えてませんでした」
「ま、そこは実際にやって覚えりゃいいさ」
ジュリオはユノの肩を軽く叩いた。
「まずは依頼を受けようぜ。腹が減る前には戻りたいからな」
「ジュリオ、あなたはさっき朝食を食べたばかりでしょう」
「冒険者は体が資本だぜ、ミレイさん?」
「都合のいいときだけ、もっともらしいことを言うのね」
ミレイの冷ややかな視線を受けても、ジュリオはどこ吹く風だ。
ユノは二人を見て、思わず笑った。
依頼を受けるというのは、ただ掲示板から一枚の紙を取るだけではないらしい。
何をするのか。どこへ行くのか。何に気をつけるのか。
そして、無事に帰ってくるためには何が必要なのか。
まだまだ覚えることは多そうだった。
ユノは依頼書を握り直し、受付へと歩き出した。




