第24話 ギルドからの呼び出し
冒険者ギルドの職員から「後日、少しお話を伺いたい」と告げられてから、数日が経った。
その間、ユノはいつもどおりの生活を送っていた。
朝は仲間たちと食事を取り、依頼をこなし、帰ってきたら装備の手入れや翌日の準備をする。特別なことは何もない。
ただ、心の片隅には、ギルド職員の言葉がずっと引っかかっていた。
いったい、何の話なのだろう。
依頼の報告に何か不備でもあったのだろうか。それとも、以前提出した魔物の素材についてだろうか。
考えてみても、これといった心当たりはなかった。
そして、その日の午後。
「ユノ、ちょっと!」
宿屋の受付から声をかけられ、ユノは顔を上げた。
そこには、一通の封書を手にしたアリサが立っていた。
「これ、ユノ宛ての手紙。冒険者ギルドからだよ」
「えっ、ギルドから?」
ユノは驚いて、アリサの手元に視線を向けた。
「うん。ほら、早く開けてみなよ」
「ありがとう。何だろう……」
ユノは封書を受け取った。
そこには、冒険者ギルドの紋章が押されていた。
先日の話が、とうとう形になって届いたらしい。
ユノは少し緊張しながら封を切り、中から取り出した便箋を広げた。
書かれていた文字を、一つひとつ目で追っていく。
そこには、冒険者ランクの昇級に関する事前聴取を行いたい旨が記されていた。
指定された日時と、ギルドへ来るようにという案内。そして、当日はこれまでの活動について話を聞きたいという説明。
読み終えたユノは、便箋を持ったまま固まった。
「……えっと」
「どうしたの?」
アリサが隣から便箋をのぞき込む。
そして、内容を理解した途端、ぱっと顔を輝かせた。
「ええっ! ユノ、これって昇級のお話じゃん!」
「そ、そうみたい……」
「すごいじゃん! よかったね、ユノ!」
まるで自分のことのように喜ぶアリサ。
その声につられて、近くにいた宿屋の客がちらりとこちらを見た。
対するユノは、嬉しくないわけではなかった。
自分の活動を認めてもらえたのだと思えば、もちろん嬉しい。
けれど、それ以上に戸惑いが大きかった。
「でも、私……本当に昇級していいのかな」
「え?」
「だって、私がやっていることって、ほとんど生活魔法だよ? 戦闘だって、みんなに助けてもらうことが多いし……」
ユノは便箋に視線を落とした。
「私より強い冒険者さんなんて、たくさんいるよ。そういう人たちを差し置いて、私が昇級するなんて……」
「ユノ」
アリサの声が、少しだけ真剣なものになった。
「またそうやって、自分を低く見積もるんだから」
「だって……」
「冒険者の仕事って、魔物を倒すことだけじゃないでしょ?」
「それは……そうだけど」
「仲間を支えたり、依頼を確実にこなしたり。危険を避けるために工夫したりすることだって、大切な仕事だよ」
アリサは、ユノの手元にある便箋をそっと指さした。
「ギルドだって、何も考えずに昇級の話を持ちかけたりしないはずだよ。まずは、ちゃんと話を聞いてきたらいいんじゃない?」
「……うん」
ユノは小さく頷いた。
それでも、胸の中の不安がすべて消えたわけではなかった。
*
その日の夕方。
宿の部屋に戻ったユノは、テーブルを囲む仲間たちに手紙を見せた。
「ギルドから、通知が届きました」
「ほう。例の話か」
ゲオルグが手紙を受け取り、目を通す。
「昇級に関する事前聴取、か。なるほどな」
「やっぱり、そういうことだったんですね」
ジュリオが椅子の背もたれに身体を預けた。
「まあ、前に職員がわざわざ話を聞きたいと言ってきた時点で、そんなところだろうとは思ってたけどな」
「そうなの?」
ミレイが尋ねる。
「ああ。単に依頼の確認をするだけなら、あんな言い方はしないだろうさ」
ジュリオはユノに目を向けた。
「それで? 何か心配でもあるのか?」
「……はい」
ユノは少しだけ俯いた。
「私、本当に昇級していいんでしょうか」
テーブルの上に、沈黙が落ちた。
「皆さんに助けてもらってばかりですし、私自身、剣が使えるわけでも、強力な攻撃魔法が使えるわけでもありません。生活魔法だって、便利なだけで……」
「ユノ」
静かに呼びかけたのは、エルマだった。
「あなたは、自分が何をしてきたのか、ちゃんと覚えてる?」
「え?」
「野営の準備も、道具の手入れも、食材や荷物の管理も。あなたが加わってから、私たちの旅がずいぶん楽になったのは事実よ」
エルマは穏やかに微笑んだ。
「それに、あなたは自分の魔法を工夫して、私たちが困っていることを少しずつ解決してくれたでしょう?」
「でも、それは……」
「当たり前のことじゃないわ」
きっぱりと言われ、ユノは口を閉じた。
ミレイも頷く。
「魔法の威力だけが、魔法使いの価値ではないもの。ユノの魔法は、使いどころをよく考えられているわ。必要な場面で、必要なことを、正確にできる。それは立派な技術よ」
「そうだな」
ゲオルグが腕を組んだまま口を開いた。
「冒険者に必要なのは、強さだけではない。自分の能力を理解し、仲間と協力し、依頼を無事に終わらせることだ。お前はそれを実践してきた」
その言葉に、ユノは少しだけ顔を上げた。
「……私、ちゃんと役に立てていますか?」
「何を今さら」
ジュリオが呆れたように笑った。
「お前がいなかった頃の野営を思い出してみろよ。面倒な作業がどれだけ増えると思う?」
「それは……」
「それに、役に立っているかどうかを決めるのは、お前ひとりじゃないだろ」
ジュリオはテーブルの上の手紙を指で軽く叩いた。
「ギルドが話を聞きたいと言ってるんだ。なら、まずは聞かれたことに答えてくればいい。昇級するかどうかを決めるのは、その後の話だ」
「そうそう」
ミレイが頷く。
「まだ昇級が決まったわけでもないのに、先回りして悩んでも仕方ないでしょう?」
「ミレイ、それはちょっと言い方が……」
エルマが苦笑する。
「でも、間違ってはいないわね」
「ええっ……」
ユノは困ったように眉を下げた。
どうやら、ここにいる誰も、自分が昇級の話を受けること自体を問題だとは思っていないらしい。
むしろ、どうしてそこまで不安になるのかと、不思議そうにしている者さえいる。
ゲオルグが大きな手を伸ばし、テーブルの上の手紙をユノへ返した。
「ユノ。お主は、これまでどおりでよい」
「これまでどおり……?」
「ああ。自分にできることを考え、できることを確実にこなす。それを続けていけばよい」
ゲオルグは、いつもの落ち着いた声で言った。
「胸を張って行ってこい」
その言葉に、ユノは手紙を両手で握り直した。
不安が完全になくなったわけではない。
それでも、自分のことを信じてくれる仲間たちがいる。
それは、思っていた以上に心強いことだった。
「……はい!」
ユノは顔を上げ、笑顔で頷いた。
*
翌日。
ユノはいつもより少しだけ早く身支度を整えた。
装備を確認し、必要なものを小さな鞄に入れる。今日は依頼に出るわけではないので、普段の冒険装備をすべて持っていく必要はない。
最後に、ギルドから届いた手紙を確認した。
日時よし。
場所よし。
忘れ物なし。
「ユノ、頑張ってきてね!」
宿の玄関まで見送りに出てきたアリサが、笑顔で手を振った。
「うん! 行ってくるね、アリサ!」
「ちゃんと自分のやってきたことを話すんだよ。変に遠慮しちゃダメだからね!」
「わ、分かってるよ!」
「本当かなあ?」
「もう、アリサ!」
ユノが頬を膨らませると、アリサは楽しそうに笑った。
「はいはい。冗談だって。大丈夫、ユノならきっと平気だよ」
その言葉に、ユノの表情が少し和らいだ。
「……ありがとう。行ってきます!」
宿を出ると、朝の街にはすでに人々の姿があった。
商店の準備をする者、荷車を引く者、仕事へ向かう者。いつもと変わらない街の風景だ。
ユノはその中を歩きながら、ふと足を止めた。
冒険者になってから、いろいろなことがあった。
初めて仲間たちと旅をした日。
自分の魔法が役に立ったと実感できた日。
うまくいかず、失敗してしまった日。
その一つひとつが積み重なって、今の自分がいる。
そして今日、ギルドから話を聞きたいと言われている。
「……よし」
ユノは小さく呟き、再び歩き出した。
昇級できるかどうかは、まだ分からない。
けれど、今まで自分がしてきたことを、きちんと話してこよう。
それなら、自分にもできるはずだ。
やがて、見慣れた冒険者ギルドの建物が視界に入った。
ユノは入口の前で一度だけ深呼吸をすると、扉に手をかけた。
「おはようございます!」
いつもと同じ挨拶。
いつもと同じギルドの喧騒。
けれど、今日のユノにとっては、少しだけ特別な一日が始まろうとしていた。
――まずは、話を聞いてもらおう。
そんな気持ちを胸に、ユノは受付へと歩いていった。




