第23話「まだ、Fランク?」
冒険者ギルドの素材選別場。
昼を少し過ぎた頃、採取品の確認台では、職員が冒険者たちの持ち込んだ薬草を一つずつ確認していた。
葉の状態、根の傷み、採取した際についた傷。依頼品として問題がないかを確かめ、数量を記録していく。
そんな中、一人の女性職員が、木箱に並べられた薬草を見て首を傾げた。
「……また、このパーティね」
箱の中には、葉の張りがよく、変色もほとんどない薬草が整然と並んでいる。根についた土も適度に落とされており、必要以上に傷つけられた形跡もない。
特別珍しい薬草ではない。
しかし、これだけの量を採取してきて、ほとんど傷みがないというのは、なかなか珍しかった。
職員は納品票を手に取った。
「ええと……パーティ名は……」
記載された名前を確認し、ふと思い出したように別の書類を引き寄せる。
最近、何度か目にした名前だった。
薬草だけではない。魔獣の素材も、毛皮や角、魔石に至るまで、状態のよいものが多い。しかも、依頼報告書には魔物の出現場所や行動の特徴など、後続の冒険者に役立つ情報がきちんと記録されていた。
「この人たち、仕事が丁寧なのよね……」
職員は小さく呟き、過去の納品記録をめくった。
そして、ある項目で手が止まる。
「……え?」
思わず、もう一度確認する。
「Fランク?」
書類を持ち上げ、記載されたランクと名前を交互に見比べた。
間違いではない。
パーティメンバーの一人、水色のインクで記された登録情報には、確かにFランクとある。
「いや、でも……」
職員はしばらく考え込んだあと、隣の机にいた先輩職員へ声をかけた。
「ちょっと、これ見てもらえます?」
「ん? どうした?」
「このパーティなんですけど、最近、よく納品に来ている……」
書類を受け取った先輩職員は、何枚か目を通してから、ふむ、と頷いた。
「確かに、状態がいいな。報告もきちんとしている」
「ですよね? それで、この子なんですけど……」
若い女性職員が指差したのは、ユノの登録欄だった。
先輩職員は目を細めた。
「Fランクか。登録してから、どれくらいだ?」
「およそ一年です」
「一年……」
先輩職員は書類を机に置き、腕を組んだ。
「パーティの実績だけじゃ、本人の実力まではわからん。だが、これだけ記録が揃っているなら、一度、確認してみてもいいかもしれんな」
「昇級審査ですか?」
「そうだな。通常の昇級条件に当てはまるかどうかも含めて、記録を調べてみよう」
若い女性職員は、納得したように頷いた。
「わかりました。依頼の達成記録と、本人の登録情報を確認してみます」
そう言って書類を受け取ると、彼女は改めてユノの名前を見つめた。
彼女はまだ知らない。
自分がいつも通りにこなしてきた仕事が、ギルドの職員たちの目に留まり始めていることを。
*
数日後。
冒険者ギルドの受付に、いつもの五人がやってきた。
「こんにちは。今日は薬草の納品をお願いします」
ユノが籠をカウンターに置く。
受付の女性は、籠の中身を確認してから、にこやかに微笑んだ。
「はい、確かにお預かりしますね。……あ、ユノさん。少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
「え? はい。何かありましたか?」
「いえ、何か問題があったわけではないんです。冒険者登録から一年ほど経っていますよね?」
「そうですね。もうそんなに経つんですね」
ユノは少し懐かしそうに笑った。
「それで、これまでの依頼実績について、ギルドで確認させていただきたいことがありまして。後日、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「お話、ですか?」
ユノは不思議そうに首を傾げた。
その隣で、ジュリオがひょいと顔を出す。
「おっ、なんだなんだ? ユノ、何かやらかしたか?」
「えっ!? わ、私、何もしてませんよ?」
「ははっ、冗談だって。そんなに慌てるなよ」
「もう、ジュリオさん!」
ユノが頬を膨らませると、エルマが穏やかに笑った。
「ギルドからのお話ですし、まずは聞いてみましょう。何か、あなたにとってよいお話かもしれませんよ」
「そうですね……」
ユノはまだ少し不安そうだったが、受付の女性に向き直った。
「わかりました。いつ頃でしょうか?」
「日程が決まり次第、ご連絡しますね」
「はい、お願いします」
五人はそのまま依頼掲示板へ向かった。
その背中を見送りながら、受付の女性は小さく呟いた。
「……本人は、まだ気づいていないみたいね」
*
「なあ、ユノ」
掲示板の前で、ジュリオが声をかけた。
「さっきの話、昇級のことじゃないか?」
「昇級?」
ユノは目を丸くした。
「えっ、でも私、まだFランクですよ?」
「だからだろ。そろそろ、いつまでも初心者扱いってわけにもいかないんじゃないか?」
「そ、そうなんですかね……?」
ユノは自分の手を見つめた。
冒険者になってから、いろいろなことを教わった。
剣の扱いも、魔物の痕跡の見方も、採取したものを傷めずに持ち帰る方法も。
まだまだ知らないことは多い。
だから、自分が特別に成長したという実感は、あまりなかった。
「まあ、話を聞いてみればわかるさ」
ジュリオは軽く肩をすくめた。
「もしかしたら、昇級試験のお知らせかもしれないぜ?」
「……だったら、ちょっと緊張しますね」
ユノはそう言って、掲示板に視線を戻した。
その隣では、ミレイが静かに二人のやり取りを聞いていた。
「実績を確認したうえでの打診なら、妥当な判断でしょうね」
「ミレイさんまで……」
「事実を述べただけよ」
ミレイは淡々と答え、掲示板に貼られた依頼書へ目を向けた。
「それより、今日の依頼を決めましょう。昇級するにしてもしないにしても、仕事は仕事よ」
「……そうですね!」
ユノはいつもの明るい笑顔に戻り、依頼書を覗き込んだ。
まだ何も決まっていない。
けれど、彼女の冒険者としての日々は、本人が思っているよりも少しずつ先へ進んでいた。
そしてギルドでは、彼女の記録を前に、ある検討が始まろうとしていた。
――この冒険者を、いつまでもFランクに留めておくべきではないのではないか。




