幕間エピソード ジュリオ回顧『あいつも、なかなかやるようになった』
冒険者ギルドからの帰り道。
ジュリオは、隣を歩くユノをちらりと見た。
「なあ、ユノ」
「はい?」
「こないだのフォレストマンティス戦、どうだった?」
「どうって……怖かったですよ。あの鎌、近くで見ると本当に大きいんですね」
「そりゃまあ、あんなもんで挟まれたくはないわな」
ジュリオは肩をすくめた。
フォレストマンティスの動きは素早く、間合いを誤れば大怪我につながる。正面から力比べをするような相手ではなかった。
そんな魔物を相手に、ユノは無理に斬りかかることなく、側面へ回り込んだ。ゲオルグが攻撃を受け止めるタイミングを見極め、脚の関節を狙って剣を振るった。
決して大きな一撃ではない。
だが、あの一手が魔物の動きを鈍らせ、仲間たちの攻撃につながった。
「……いや、そうじゃなくてな」
ジュリオは口元を緩めた。
「お前、ずいぶん落ち着いて動けるようになったなと思ってよ」
「そうですか?」
「そうだよ。昔のあんたなら、ああいう相手を前にしたら、もうちょっと慌ててたんじゃないか?」
「う……。否定できないかもしれません」
ユノは少し困ったように笑った。
「でも、みんながどう動くか、前より分かるようになってきた気がします」
「そう。それが大事なんだよ」
ジュリオは前を向いた。
――最初から、あんなふうに動けたわけじゃない。
当たり前の話だ。
ユノがこのパーティに加わって、まだ間もない頃。
ジュリオは、彼女に剣の扱いを教えた日のことを思い出していた。
*
あれは、ユノがパーティに加わってから、しばらく経った頃だった。
冒険の準備をしていたジュリオは、広場の片隅で木剣を振っているユノを見かけた。
本人は真剣そのものだった。
足を開き、両手で木剣を握り、何度も同じ動きを繰り返している。
ただし、振り終わったあとの姿勢が、どうにも危なっかしい。
「……何やってんだ?」
「あっ、ジュリオさん!」
ユノは慌てて木剣を下ろした。
「剣の練習です。少しでも上手になりたくて」
「そりゃ結構。で、誰に教わった?」
「えっと……見よう見まねです」
「なるほどねえ」
ジュリオは木剣を受け取り、軽く振ってみた。
「剣を振ること自体は、悪くない。けどな、今のままだと剣を振ったあとに何もできないぜ」
「何も、ですか?」
「振り終わったところを狙われたらどうする?」
「もう一度、振ります」
「相手が先に斬ってきたら?」
「……避けます」
「避けられるならいいんだけどな」
ジュリオは木剣を返した。
ユノはそれを受け取り、じっと見つめていた。
「ジュリオさんは、剣を教えられるんですか?」
「おいおい。俺を何だと思ってるんだ?」
「斥候で、盗賊で、地図を描くのが上手で……」
「最後のは褒めてるのか?」
「もちろんです!」
「ははっ。まあ、いいや」
ジュリオは自分の木剣を手に取った。
「専門の剣士みたいな教え方はできないが、冒険者が生き残るための剣なら、多少は教えられる」
ユノの表情が明るくなった。
「本当ですか?」
「ただし、俺の稽古は地味だぜ。派手な技も、格好いい必殺技もなしだ」
「大丈夫です!」
「……まだ何も始めてないのに、ずいぶん元気だな」
ジュリオは苦笑しながら、広場の中央へ歩いていった。
*
最初に教えたのは、剣の振り方ではなかった。
「ユノ。相手をよく見ろ」
「はい」
「俺がどこを狙っているか、分かるか?」
「えっと……右肩?」
「正解。じゃあ、どうする?」
ユノは木剣を構えたまま、少し考えた。
ジュリオが踏み込む。
ユノは剣で受けようとした。
木剣同士がぶつかり、乾いた音が響いた。
「はい、今のはやり直し」
「えっ、駄目でしたか?」
「駄目じゃない。ただ、受ける必要があったか?」
「……分かりません」
「なら、もう一度だ」
同じやり取りを、何度も繰り返した。
ジュリオは攻撃する。ユノは受ける。あるいは、慌てて剣を振る。
時には、剣を振るより先にジュリオが横へ回り込んでしまうこともあった。
ユノはそのたびに悔しそうな顔をした。
「もう一回お願いします!」
「おう。何度でも付き合うぜ」
ジュリオは笑った。
ただ、内心では少し感心していた。
ユノは、できなかったことを誤魔化さない。
自分が何を間違えたのかを考え、次はどうするかを試す。上手くいかなければ、また尋ねる。
剣の腕はまだまだだったが、学ぶ姿勢は悪くなかった。
何度目かの稽古で、ジュリオは攻撃するふりをして、途中で動きを変えた。
ユノの木剣が、反射的に空を切る。
「あっ!」
「はい、そこ」
ジュリオの木剣が、ユノの胴の前で止まった。
「今、俺が本当に斬りに来てたらどうなった?」
「……当たってました」
「そうだな。剣を振る前に、相手の動きを見ろ。俺が何をしようとしているのか。どこへ動こうとしているのか」
「でも、相手の動きが速かったら……」
「全部を見切ろうとしなくていい。分からないなら、まずは危ないところから離れりゃいいんだ」
ジュリオは木剣を肩に担いだ。
「勝つことばかり考えるな。冒険者は、無事に帰ってくるのも仕事のうちだぜ」
ユノはしばらく黙っていたが、やがて大きく頷いた。
「はい。もう一度、お願いします」
「よしきた」
その日の稽古は、日が傾くまで続いた。
*
それから、稽古は少しずつ形を変えていった。
ユノが相手の動きを見ることに慣れてくると、ジュリオは距離の取り方を教えた。
近づきすぎないこと。
逃げ道を塞がないこと。
剣を振ったあと、すぐに次の動きへ移れる姿勢を保つこと。
そして、相手が隙を見せたときだけ、思い切って踏み込むこと。
最初の頃は、ジュリオが少し動くだけでユノの構えが崩れていた。
だが、何度も繰り返すうちに、少しずつ変化が現れた。
ジュリオが踏み込んでも、ユノはすぐに剣を振らなくなった。
相手の肩や足の動きを見て、攻撃の方向を考える。
無理だと思えば下がる。
間合いが合えば、短く剣を振る。
もちろん、毎回上手くいくわけではない。
読みを外して木剣を肩に当てられることもあれば、避けることに夢中になって足がもつれることもあった。
それでも、以前のように闇雲に剣を振ることは減っていった。
ある日の稽古の終わり。
ジュリオが木剣を下ろすと、ユノは息を整えながら尋ねた。
「ジュリオさん。私、少しは上手になりましたか?」
「そうだなあ」
わざと考え込むように、ジュリオは顎を撫でた。
「最初の頃よりは、ずいぶんマシになったんじゃないか?」
「ずいぶん、ですか?」
「おう。少なくとも、俺が何も考えずに近づいたら、簡単には当たらなくなった」
「本当ですか!」
「ただし、調子に乗るとすぐ当たるけどな」
「うっ……。気をつけます」
ユノは少し悔しそうにしながらも、嬉しそうだった。
ジュリオはそんな彼女を見て、ふと思った。
この子は、強くなりたいというよりも、仲間の役に立ちたいんだろう。
だからこそ、できることを一つずつ増やそうとしている。
ならば、自分に教えられることは教えてやればいい。
それだけの話だった。
*
「……ジュリオさん?」
声をかけられ、ジュリオは我に返った。
いつの間にか、二人は宿の近くまで戻っていた。
「何か考えごとですか?」
「ん? いや、ちょっと昔のことを思い出してた」
「昔?」
「お前が剣の稽古を始めた頃のことさ」
ユノは、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「あの頃は、本当に下手でしたよね」
「そりゃあ、まあな」
「そこは少し否定してくれてもいいんですよ?」
「いやいや、あの頃のお前は、剣を振ったあとに自分で隙を作ってたからなあ」
「うう……」
ユノは唸ったあと、ふっと笑った。
「でも、ジュリオさんが教えてくれたから、今は少しだけ分かるようになりました」
「少しだけ、ねえ」
「まだまだですから」
その言葉に、ジュリオは満足そうに頷いた。
そう。まだまだだ。
剣の腕だけなら、ユノより優れた冒険者はいくらでもいる。経験も足りないし、判断を誤ることだってあるだろう。
それでも、今日のフォレストマンティス戦で見せた動きは、確かな成長だった。
無理に正面から挑まず、仲間の動きを見て、自分にできる役割を考える。
あの一撃は、ただ剣を振る練習を繰り返しただけでは生まれなかったはずだ。
稽古と冒険。その両方を重ねてきた結果だ。
「まあ、これからも油断するなよ。まだ教えることは山ほどあるからな」
「はい! よろしくお願いします」
「それと、盾のほうはゲオルグのおっさんに聞くんだな。俺はあそこまで重たいもんの扱いは専門外だ」
「ふふっ。ゲオルグさんにも、またお願いしてみます」
ユノは弾むような足取りで宿へ向かった。
その後ろ姿を眺めながら、ジュリオは小さく笑った。
「……あいつも、なかなかやるようになった」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
冒険者の成長というものは、案外、本人よりも周りの人間のほうが気づきやすいのかもしれない。
少なくともジュリオには、そう思えた。
そして明日も、きっといつもどおりの冒険が待っている。
ユノがまた一つ、何かを覚えるような。
そんな、いつもどおりの日々が。




