第15話 自分に適した戦い方
牧草地にワイルドホーンシープが出没するようになった。
もともとは近隣の草地で草を食む魔獣だったが、最近は人が管理する牧草地にも入り込み、作業をする者に突進してくるという。
幸い、これまで大きな怪我人は出ていないものの、太い角と頑丈な身体を持つ魔獣だけに、放置するわけにもいかない。
冒険者ギルドに討伐依頼が出され、ユノたち五人が引き受けることになった。
「ワイルドホーンシープか。正面からの突進には気をつけるのじゃぞ」
依頼内容を確認したゲオルグが、ユノに声をかけた。
「はい。太い角で突っ込んでくるんですよね」
「うむ。身体も頑丈じゃ。中途半端に受け止めようとすれば、こちらが吹き飛ばされかねん」
ゲオルグは背負っていたアイアンラージシールドを軽く叩いた。
「まあ、ワシなら何とかなるがな」
「……すごいですね、ゲオルグさん」
ユノは感心したように盾を見つめた。
大きな盾を構え、魔獣の突進を正面から受け止める。ゲオルグの戦い方は、ユノにとって頼もしく、格好のいいものだった。
自分も、いつかあんなふうに仲間を守れるようになりたい。
そんな思いが、ユノの胸に浮かんだ。
*
牧草地に到着すると、少し離れた場所でワイルドホーンシープが草を食んでいた。
頑丈そうな身体に、左右へ張り出した太い角。体格は一般的な羊よりも大きく、首や肩まわりの筋肉も発達している。
五人の気配に気づくと、ワイルドホーンシープは顔を上げた。
「来るぞ」
ゲオルグの声と同時に、魔獣は前脚で地面を掻いた。
頭を低くし、角を五人へ向ける。
次の瞬間、地面を蹴って突進してきた。
「ワシが受け止める!」
ゲオルグは背中から盾を下ろし、正面に構えた。
鈍い衝撃音が響く。
巨体の突進を受けても、ゲオルグの足元はわずかに沈んだだけだった。盾を構えたまま踏ん張り、魔獣の勢いを正面から受け止めている。
「今だ、ユノ!」
ジュリオの声が飛ぶ。
ユノは剣を握り、ゲオルグの横から攻撃を仕掛けた。
魔獣が体勢を立て直す前に、側面へ回り込んで剣を振るう。
攻撃は命中し、ワイルドホーンシープが大きく身をよじった。
しかし、魔獣はすぐに距離を取り、再び頭を低くした。
「また来るぞ!」
ユノは身構えた。
ワイルドホーンシープが地面を蹴る。
その瞬間、ユノは考えた。
ゲオルグさんのように、正面から受け止められれば――。
盾は持っていない。それでも、剣を構えて踏ん張れば、突進を受け止められるのではないだろうか。
そう考えたユノは、逃げずに正面から迎え撃とうとした。
「ユノ、待て!」
ゲオルグの声が響いた。
けれど、ワイルドホーンシープはもう目の前まで迫っている。
ユノは慌てて剣を構えた。
次の瞬間、太い角が剣にぶつかり、腕に強烈な衝撃が走った。
「うっ……!」
身体が後方へ押し戻される。
なんとか転倒は免れたものの、腕が痺れ、握った剣が大きく揺れた。
ワイルドホーンシープも勢いを落としたが、すぐに身を翻して距離を取っていく。
「ユノ、大丈夫か!」
ゲオルグが駆け寄る。
「は、はい……。ちょっと、腕が痺れただけです」
ユノは剣を握り直そうとしたが、指先にまだ力が入りにくかった。
エルマがそばへ来て、腕の状態を確認する。
「強い衝撃を受けたようですね。骨に異常はなさそうですが、無理はしないでください」
治療の魔法が施され、少しずつ痺れが引いていく。
その間に、ミレイが魔獣の動きを観察し、ジュリオが周囲を警戒していた。
「ユノ。なぜ正面から受けようとしたのじゃ?」
ゲオルグに問われ、ユノは視線を落とした。
「……ゲオルグさんみたいに、受け止められたらと思ったんです」
「ワシのように、か」
「はい。ゲオルグさんは、あんなに大きな魔獣の突進を受け止めていましたから。私も、できるかもしれないって……」
言いながら、ユノは自分の剣を見つめた。
同じようにやってみたつもりだった。
けれど、結果はまるで違った。
ゲオルグは盾で受け止めた。自分は剣だけで受けようとした。体格も、装備も、鍛えてきた身体も違う。
そんな当たり前のことを、目の前の戦いに夢中になって忘れていた。
ゲオルグは、しばらくユノを見つめたあと、穏やかな声で言った。
「お主にはお主の戦い方がある。ワシの真似をする必要はない」
ユノは顔を上げた。
「でも……」
「ワシは重い鎧と盾を使い、敵の攻撃を受け止めることを得意としておる。それは長年の経験と、そういう戦い方に合った装備があるからじゃ」
ゲオルグは、自分の盾に目を落とした。
「お主が同じことをすれば、今のように危険な目に遭うこともある。大切なのは、誰かと同じことができるようになることではない。自分に合った方法で、役割を果たすことじゃ」
ユノは黙って聞いていた。
自分は、ゲオルグのようになりたかった。
仲間を守れるほど強くなりたかった。
けれど、それはゲオルグと同じ戦い方を身につけることではないのかもしれない。
「……私に合った戦い方、ですか」
「そうじゃ。お主は剣を扱える。相手の動きを見て、攻撃を避け、隙を見つけることもできるはずじゃ。無理に攻撃を受け止める必要はない」
ジュリオが、横から口を挟んだ。
「そういうことだな。ユノは、さっきもゲオルグの横からうまく攻撃できてたじゃないか。あれを活かせばいいんだぜ」
「……そうですね」
ユノは、先ほどの戦いを思い返した。
最初の攻撃では、ゲオルグが正面から突進を受け止めてくれた。その隙に側面へ回り込んだときは、うまく攻撃できた。
自分にできることは、確かにあったのだ。
*
「よし、もう一度いくぞ」
ゲオルグが盾を構え直す。
ワイルドホーンシープは、少し離れた場所で再び頭を低くしていた。
ユノは剣を握り、深く息を吸った。
今度は、正面から受け止めようとは考えない。
魔獣が突進してくる。
ユノは相手の動きを見極め、直前で横へ飛び退いた。
巨体が目の前を通り過ぎる。
すぐには追わない。魔獣がどちらへ向かうのかを見て、体勢を立て直す瞬間を待つ。
「今だ、ユノ!」
ジュリオの声を合図に、ユノは側面へ回り込んだ。
剣を振るい、確実に一撃を加える。
ワイルドホーンシープが振り返ろうとしたところへ、ゲオルグが盾を構えて進路を塞いだ。
「こっちじゃ!」
魔獣がゲオルグへ突進する。
盾が衝撃を受け止めた瞬間、ミレイの魔法が魔獣の動きを牽制した。
ユノは、その隙を見逃さなかった。
今度は慌てず、魔獣の動きを確かめてから攻撃を仕掛ける。
五人の連携によって、ワイルドホーンシープは徐々に追い詰められていった。
やがて、ゲオルグが突進を受け止めた隙にジュリオが攻撃を加え、ミレイの魔法が動きを封じる。
ユノも側面から攻撃を重ね、ついに魔獣は地面に倒れた。
戦闘が終わると、ユノは剣を下ろし、ほっと息を吐いた。
今度は、腕に強い衝撃を受けることもなかった。
「お疲れさま、ユノ」
エルマが微笑む。
「さっきより、落ち着いて動けていましたね」
「はい。ゲオルグさんの真似をするんじゃなくて、自分にできることを考えてみました」
「うむ。よくできたな」
ゲオルグは満足そうに頷いた。
「ただし、無理は禁物じゃ。自分に合った戦い方を見つけるには、まだ経験が必要じゃからな」
「はい。もっと練習します」
ユノは元気よく答えた。
*
帰り道、ユノは先ほどの戦闘を思い返していた。
ゲオルグのように、正面から攻撃を受け止めることはできなかった。
けれど、それでいいのだ。
自分には自分の装備があり、自分にできることがある。
相手の動きを見て、攻撃を避ける。仲間が作ってくれた隙を活かす。無理をせず、自分の役割を果たす。
それも立派な戦い方なのだと、今日の依頼で学ぶことができた。
「ゲオルグさん」
「なんじゃ?」
「私、いつかもっと強くなりたいです。でも、ゲオルグさんと同じ戦い方をするんじゃなくて、私に合った戦い方を身につけたいと思います」
ゲオルグは一瞬目を丸くしたあと、豪快に笑った。
「うむ。それでよい!」
ジュリオも楽しそうに笑う。
「おっ、ユノ。いいこと言うじゃないか。その調子で頑張りな」
「はい、ジュリオさん!」
ユノは笑顔で答えた。
まだまだ、学ぶことはたくさんある。
それでも、今日の戦いは無駄ではなかった。
誰かのようになろうとするだけではなく、自分にできることを考える。
その小さな気づきが、ユノの冒険者としての成長につながっていくのだった。




