第14話 相手の動きを読む事
冒険者ギルドで討伐依頼を受けたユノたちは、街道から少し離れた草地へと向かっていた。
今回の討伐対象は、ワイルドターキー。
大型の野鳥に似た魔獣で、強靭な脚を使って素早く走り回り、鋭いくちばしや蹴りで攻撃してくる。飛ぶこともできるが、普段は地上を走って移動することが多い。
一見すると、ただの大きな鳥に見えなくもない。しかし、魔獣である以上、油断は禁物だった。
「ワイルドターキーか。肉は食えるし、素材も買い取ってもらえる。悪くない依頼だな」
ジュリオが腰のダガーを確かめながら言った。
「食べられるんですか?」
ユノが尋ねると、ジュリオはにやりと笑った。
「そりゃそうさ。魔獣だからって、全部が食べられないわけじゃないぜ。処理をきちんとすれば、食材になる魔獣もいる」
「へえ……。どんな味がするんでしょう」
「おいおい、まだ討伐もしてないのに、もう食べる話か?」
「だって、気になるじゃないですか」
ユノが少し照れたように笑うと、エルマも楽しそうに頷いた。
「無事に討伐できたら、どんな料理にできるか考えるのも楽しそうですね」
「そうね。ただし、まずは依頼を片づけてからよ」
ミレイが淡々と釘を刺す。
「分かってます、ミレイさん」
ユノは気を引き締め、周囲に目を向けた。
*
ワイルドターキーを発見したのは、草丈の低い開けた場所だった。
大きな身体に、茶褐色の羽毛。長い脚で地面を踏みしめながら、魔獣は草の間を歩いている。
ジュリオが少し離れた位置から様子を窺った。
「いたぜ。こっちにはまだ気づいてないようだな」
「どうやって仕掛ける?」
ゲオルグが尋ねる。
「まずはミレイが牽制して、動きを見よう。こいつは走るのが速い。正面から追いかけっこを始めると、面倒なことになるからな」
「分かったわ」
ミレイは杖を構え、魔法を放った。
魔法が地面に着弾すると、ワイルドターキーは驚いたように首を伸ばし、五人の存在に気づいた。
次の瞬間、魔獣は地面を蹴った。
「速い!」
ユノが思わず声を上げる。
ワイルドターキーは草地を駆け抜け、五人から距離を取ろうとする。
「逃がさない!」
ユノはショートソードを構え、後を追った。
相手は大型の鳥とはいえ、走る速さは侮れない。ユノは懸命に追いかけ、少しずつ距離を詰めていく。
もう少しで追いつけそうだった。
そのとき、ワイルドターキーが突然、進路を変えた。
「えっ?」
ユノが慌てて方向を変えた瞬間、魔獣が身体をひねり、鋭い蹴りを繰り出してきた。
ユノは咄嗟に剣を構えて受け流したが、勢いに押されて数歩よろめいた。
ワイルドターキーはその隙を逃さず、再び走り出す。
「ちょっと待って!」
ユノはまた追いかけた。
しかし、魔獣はまっすぐ逃げるばかりではなかった。急に向きを変え、草むらを横切り、時には振り返ってくちばしで牽制してくる。
追いついたと思えば、反撃される。
反撃を避ければ、また距離が開く。
ユノは次第に息が上がってきた。
「はあっ……はあっ……。思ったより、すばしっこい……!」
「ユノ、ちょいと落ち着きな!」
後方からジュリオの声が飛んできた。
「追いかけるのに夢中になりすぎだぜ!」
「でも、逃げちゃいます!」
「逃げる相手を追いかけるだけじゃ、いつまでたっても捕まらないってことさ!」
その言葉を聞きながらも、ユノはワイルドターキーを追い続けた。
けれど、魔獣はまたも急に方向を変え、今度はユノの脇をすり抜けるように走っていった。
ユノは振り返ったものの、すぐには追いつけない。
「……どうして、あんなに簡単に向きを変えられるんでしょう」
息を整えながら呟くと、ミレイが近づいてきた。
「ユノ。あなた、相手がどこへ向かおうとしているか、考えてる?」
「えっ?」
「あなたはずっと、ワイルドターキーの後を追いかけているだけよ。相手が動いたあとに、同じ方向へ走っているの」
ミレイは、少し離れた場所にいる魔獣を見つめた。
「追いかけることと、相手の動きを読むことは違うわ」
ユノは言葉を失った。
「相手が向きを変えてから動くのでは、どうしても遅れる。どちらへ逃げようとしているのか、こちらへ反撃してくるのか。動きの前に、その兆候を見つけなさい」
「動きの前に……」
ユノはワイルドターキーを見た。
魔獣は、こちらを警戒しながら草地を歩いている。時折、首を伸ばして周囲を見渡し、五人の位置を確かめていた。
先ほどは、ただ追いつくことばかり考えていた。
相手の動きそのものを、よく見ていなかったのかもしれない。
「それと、ひとりで追いかけ回す必要もないわ。私たちがいるのだから」
ミレイはそう言って、仲間たちに視線を向けた。
「ジュリオ、左側から回り込める?」
「おう、任せな。逃げ道を絞ればいいんだな」
「ゲオルグは正面を。私は魔法で進路を制限するわ。ユノは、ワイルドターキーの動きをよく見て、次にどちらへ向かうか考えてみて」
「はい、ミレイさん」
ユノは深く息を吸い、剣を握り直した。
今度は、ただ追いかけるのではない。
相手がどこへ向かおうとしているのかを考える。
ワイルドターキーは再び走り出した。
ジュリオが左側へ回り込み、ゲオルグが正面から進路を塞ぐ。ミレイの魔法が地面に着弾し、魔獣は進路を変えようとした。
ユノは、その動きをじっと見つめた。
最初に首を向けた方向。脚に力を込めた瞬間。身体の重心がわずかに傾く様子。
先ほどまでは見逃していた、小さな変化が目に入る。
「右です!」
ユノが声を上げた。
ワイルドターキーは、ゲオルグの脇を抜けようと右へ走り出した。
しかし、その進路にはすでにジュリオが回り込んでいた。
「おっと、そっちは通行止めだぜ!」
魔獣は慌てて向きを変え、今度はユノのいる方向へ走ろうとする。
ユノは反射的に剣を構えた。
だが、以前のように慌てて踏み込むことはしなかった。
ワイルドターキーの脚が地面を蹴る。その動きに合わせて、ユノは半歩だけ横へ移動した。
魔獣の突進が目の前を通り過ぎる。
その隙を、ゲオルグが見逃すはずもなかった。
「そこじゃ!」
重い一撃が決まり、ワイルドターキーは大きくよろめいた。
さらにミレイの魔法が動きを封じ、ジュリオが側面から攻撃する。
やがて、ワイルドターキーは地面に倒れた。
「……やった」
ユノは剣を下ろし、ようやく息を吐いた。
「お疲れさま。さっきより、ずっとよかったわね」
ミレイが近づいてきた。
「相手の動きを見て、先に声を出せた。あれが大切なのよ」
「はい。でも、最初は全然できませんでした……」
「最初からできる必要はないわ。気づいたことを次に生かせばいいの」
ユノは頷いた。
「追いかけるだけじゃなくて、相手がどこへ行こうとしているのかを考えるんですね」
「そういうことだな」
ジュリオが笑いながらやってきた。
「嬢ちゃん、最初はずいぶん必死だったぜ。ワイルドターキーと競走でもしてるのかと思ったね」
「もう、ジュリオさん!」
ユノが頬を膨らませると、ジュリオは楽しそうに笑った。
「まあまあ。ちゃんと最後にはできたんだから、上出来だ」
「……次は、最初からできるように頑張ります」
「おう。その意気だ」
*
討伐を終えた五人は、ワイルドターキーの素材を回収した。
羽毛やくちばしなど、利用できる部位を傷つけないように処理し、持ち帰れる状態に整えていく。
ユノも手伝いながら、先ほどの戦闘を振り返っていた。
角うさぎとの戦いでは、小さい魔獣だからと油断して反撃を受けた。
そして今回は、逃げる相手を追いかけることに夢中になり、動きを読むことができなかった。
どちらも、相手の特徴を十分に考えていなかったことが原因だった。
「ユノ、どうした?」
ゲオルグに声をかけられ、ユノは顔を上げた。
「今日の戦いを考えていました。私、魔物を倒すことばかり考えていたのかもしれません」
「ふむ」
「でも、相手の動きをよく見たり、仲間と連携したりすれば、無理に追いかけなくてもいいんですね」
ゲオルグは満足そうに頷いた。
「そのとおりじゃ。自分ひとりで何とかしようとせず、仲間と協力することも忘れてはならんぞ」
「はい!」
ユノは元気よく返事をした。
まだまだ学ぶことは多い。
それでも、今日の戦いで、以前よりも少しだけ視野が広がった気がした。
目の前の魔物を追うだけではなく、その動きを観察すること。
自分だけで倒そうとするのではなく、仲間の力を借りること。
それらは、これから先の冒険でもきっと役に立つはずだ。
ユノは回収した羽毛を丁寧にまとめ、保存の魔法を施した。
「よし、これで大丈夫です」
「お疲れさま。では、帰りましょうか」
エルマの言葉に、五人は頷いた。
帰り道、ユノは草地を振り返った。
次に魔獣と戦うときは、今日よりも落ち着いて相手を観察できるだろうか。
そんなことを考えながら、ユノは仲間たちの後を追って歩き出した。




