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幕間エピソード 素材選別所職員の日記


一日目 『妙に状態の良い薬草』

 今日も朝から、素材選別所は忙しかった。

 冒険者ギルドに併設されたこの場所は、冒険者たちが持ち込んだ薬草や魔獣の素材を確認し、種類や数量、品質を判定している。

 採取依頼の納品物なら、依頼書と照らし合わせて数量と状態を確認する。素材の買い取りなら、傷みや損傷の程度を見て値をつける。

 珍しい仕事ではない。

 むしろ、毎日同じことを繰り返す仕事だ。

 だからこそ、いつもと違うものが持ち込まれれば、すぐに気づく。

 今日もそうだった。

 若い冒険者が持ち込んだ薬草の束。

 葉の色は鮮やかで、茎には張りがある。葉先の傷みもほとんどなく、根についた土もまだ湿っていた。

 採取してから、そう時間は経っていないように見える。

 だが、依頼書に記された採取場所は、リュネルトから歩いて数時間はかかる森だった。

 朝早く出発して採取し、そのまま戻ってきたのなら不可能ではない。しかし、持ち込まれたのは昼過ぎだ。

 それに、束の中の薬草はどれも状態が揃いすぎている。

 普通なら、移動中に葉が擦れたり、茎が折れたり、多少なりとも水分が失われたりするものだ。

 なのに、これだ。

「ずいぶん状態がいいな。採取したばかりか?」

 思わず尋ねると、冒険者は何でもないことのように答えた。

「ええ。今日、森で採ってきました」

「そうか……」

 嘘をついている様子はなかった。

 もちろん、職員としては品質の良い品が納品されるのはありがたい。検品もしやすいし、買い取り価格だってつけやすい。

 だが、どうにも引っかかる。

 薬草というのは、採取した瞬間から少しずつ状態が変わっていくものだ。

 採取場所から持ち帰るまでの時間は、品質に直結する。

 それなのに、あの鮮度は何なのだろう。

 まるで、採取した場所から一歩も動かさずに持ってきたかのようだった。

 ……考えすぎだろうか。

 明日も同じような品が来たら、少し注意して見てみよう。


三日目 また来た

 また来た。

 例の、妙に状態の良い薬草である。

 今日持ち込んだのは、五人組の冒険者パーティだった。

 重そうな盾を背負った大柄な戦士に、落ち着いた雰囲気の僧侶。銀髪の魔法使いらしき女性、身軽そうな盗賊、そして若い女性の冒険者。

 全員が特別に目立つ格好をしているわけではない。

 装備も、使い込まれてはいるが、珍しい品ばかりという印象はなかった。

 ところが。

「……またか」

 作業台に並べられた薬草を見て、私は思わず呟いてしまった。

 鮮度がいい。

 いや、いいなんてものではない。

 葉の張り、色つや、根の状態。どれを見ても申し分ない。

 しかも、種類ごとにきちんと分けられ、傷んだものや折れたものがほとんど混じっていない。

 採取の技術が高いのだろうか。

 それなら納得できる部分もある。

 だが、技術だけで説明するには、どうにも不自然なほど状態が揃っている。

 隣の作業台で検品していた同僚も、首を傾げていた。

「このパーティ、最近よく見るな」

「ああ。しかも、持ってくる品が毎回これだ」

「採取が上手なんじゃないか?」

「それはそうかもしれんが……」

 私は薬草を一本手に取り、葉の裏まで確認した。

 虫食いは少なく、葉脈もしっかりしている。根の周辺も崩れていない。

 採取の段階で丁寧に扱っているのは間違いないだろう。

 しかし、これほどの状態を維持したまま運ぶとなると、話は別だ。

 普通なら、布で包んだり、箱に入れたり、湿度に気を配ったりする。

 それでも、長時間の移動となれば多少の変化は避けられない。

 何か特別な保存容器でも使っているのだろうか。

 いや、そもそも、そんなに都合のいい道具があるのか?

 ……あるのかもしれない。

 この世界には、私の知らない魔法も道具も山ほどある。

 ひょっとすると、レリックの類いを持っている可能性もある。

 古代の遺物、レリック。

 冒険者なら誰もが一度は夢見る、珍しい道具の数々だ。

 もっとも、薬草の鮮度を保つためだけに、貴重なレリックを使うだろうか。

 いや、使う人間は使うのかもしれない。

 金持ちの道楽という可能性もある。

 ……いやいや、勝手な想像はやめよう。

 明日も仕事だ。早く帰って寝ることにする。


五日目 魔獣の素材までおかしい

 今日は薬草だけではなかった。

 例の五人組が、魔獣の素材を持ち込んできた。

 討伐した魔物から採取した素材は、薬草以上に扱いが難しい。

 血や体液が付着している場合もあるし、種類によっては時間が経つと変質する。適切な処置をしなければ、買い取り価格が下がることも珍しくない。

 ところが、彼らの持ち込んだ素材はどうだ。

 切断面の状態が良く、必要な部位に余計な損傷がない。表面の乾燥や変色も少なく、嫌な臭いもほとんどしない。

 まるで、さっき解体したばかりのようだった。

「……おい、これを見てみろ」

 私は同僚を呼んだ。

「何だ?」

「この素材だ。状態が良すぎないか?」

 同僚は素材を確認し、しばらく黙り込んだ。

「確かに……。処理が丁寧なのもあるだろうが、時間が経った感じがしないな」

「そうだろう?」

「魔法で保存しているのか?」

 その言葉に、私は手を止めた。

 保存魔法。

 確かに、可能性はある。

 ただ、一般的な保存の魔法は、食料や採取品の傷みを遅らせるために使われることが多い。対象の状態を細かく維持するには、相応の技術が必要になるはずだ。

 それを薬草だけでなく、魔獣の素材にも使っているのだろうか。

 しかも、毎回。

 私は、素材を持ち込んだ五人組をちらりと見た。

 大柄な戦士は受付の職員と話している。盗賊らしき男は何やら冗談を言っているようで、隣の女性が呆れた顔をしていた。

 若い女性の冒険者は、納品が終わった薬草の束を確認している。

 ごく普通の冒険者たちに見える。

 少なくとも、古代遺跡から持ち帰ったレリックを自慢げに見せびらかすような雰囲気ではない。

 ……いや、だからこそ怪しいのか?

 いやいやいや。

 私は何を考えているんだ。

 仕事に戻ろう。

 しかし、ひとつだけ確かなことがある。

 あのパーティの持ち込む素材は、買い取り担当にとって非常にありがたい。

 品質が安定しているため、査定に余計な時間がかからない。

 それだけは間違いない。


七日目 聞き込み調査

 今日は、少しだけ情報を集めてみた。

 もちろん、仕事の合間に、である。

 まずは受付の職員に尋ねてみた。

「最近、採取品の状態が異様に良い五人組がいるだろう?」

「ああ、あのパーティか。何かあったのか?」

「いや、ちょっと気になってな。何か特別な道具でも持っているのかと思って」

 受付の職員は少し考えたあと、首を横に振った。

「さあな。少なくとも、ギルドに特別な道具の申告はないぞ」

「そうか……」

「ただ、あの子は採取品の扱いが丁寧だな。納品のときも、薬草を雑に置いたりしない」

「あの子?」

「若い女性の冒険者だよ。名前はユノだったかな」

 ユノ。

 なるほど。あの若い女性か。

 確かに、薬草を確認している姿は見たことがある。

 採取品を大切に扱う性格なのだろう。

 だが、それだけであの鮮度を維持できるものなのか。

 次に、買い取り担当の同僚にも聞いてみた。

「例の五人組、どう思う?」

「どうって?」

「持ち込む素材の状態だよ。何か気づいたことはないか?」

「品質が安定している。それに、余計な傷が少ない。あとは……そうだな。あまり無駄に時間をかけずに納品しているように見える」

「やっぱりそうか」

「でも、珍しいことか? 腕のいい冒険者なら、似たようなことはあるだろう」

 同僚はそう言って、次の素材の検品に戻った。

 確かに、その通りだ。

 私が勝手に不思議がっているだけなのかもしれない。

 それでも、気になるものは気になる。

 保存魔法か。

 保存容器か。

 それとも、本当にレリックなのか。

 ……もしレリックなら、どんな仕組みなのだろう。

 薬草だけでなく、魔獣の素材まで鮮度を維持できるとなれば、相当に便利な道具だ。

 いや、便利どころの話ではない。

 採取品の流通そのものが変わる可能性だってある。

 遠方でしか採れない薬草を、鮮度を落とさずに街まで運べるのだから。

 もっとも、私が考えることではない。

 明日も、いつも通り検品をするだけだ。


十日目 気のせいではない

 今日も、例の五人組がやって来た。

 私は、彼らが選果場に姿を見せた瞬間、思わず顔を上げてしまった。

 ……待っていたわけではない。

 いや、少しは待っていたかもしれない。

 今回の納品物は、森で採取した薬草が中心だった。

 例によって、状態は申し分ない。

 葉の張りも、色つやも、根の状態も良い。

 だが、今日はひとつ、気づいたことがあった。

 薬草の種類によって、採取に適した状態は微妙に異なる。

 葉を使うものは葉の張りが重要だし、根を使うものは根の傷みや乾燥に注意する必要がある。

 香りを重視する薬草なら、香りが失われていないかも確認する。

 ところが、彼らの持ち込む薬草は、それぞれの種類に応じて、適切な状態が維持されているように見えるのだ。

 単純に乾燥を防いでいるだけでは、こうはならない。

 水分を保ちすぎれば、かえって傷みやすくなるものもある。

 つまり、何か特別な方法で、薬草ごとの状態をうまく維持している可能性がある。

 私は、薬草を一本ずつ確認しながら考えた。

 これは、単なる保存ではないのかもしれない。

 ……いや、待て。

 そもそも、保存魔法にそこまで細かい制御ができるのだろうか?

 私の知る限り、普通の保存魔法は、対象の劣化を遅らせるものだ。

 採取したときの状態を、細部まで維持する。

 そんなことができるのなら、相当に高度な技術だろう。

 あるいは、やはりレリックか。

 古代の技術なら、私の知らない仕組みがあっても不思議ではない。

 私は思わず、納品を終えて帰ろうとする五人組を目で追った。

 すると、若い女性の冒険者――ユノが、こちらを振り返った。

 目が合った。

「あの、何かありましたか?」

「い、いや! 何でもない!」

 声が少し裏返った。

 ユノは不思議そうに首を傾げたが、すぐに仲間たちのもとへ戻っていった。

 ……危なかった。

 別に、悪いことをしているわけではない。

 ただ、どうしても気になるのだ。

 彼女たちは、いったいどんな方法で、あれほどの鮮度を維持しているのだろう。

 今度、さりげなく聞いてみようか。

 いや、やめておこう。

 仕事に関係のないことを根掘り葉掘り聞くのも、職員としてどうかと思う。

 だが、もし本当にレリックなら――。

 ……いやいや。

 今日の日記はここまでにする。

 明日こそ、余計な詮索をせず、仕事に集中しよう。

 たぶん。


十四日目 結論は出ない

 結局、今日も答えは出なかった。

 例の五人組は、いつも通り薬草を納品していった。

 状態は良好。

 品質も安定。

 検品はスムーズ。

 買い取り担当も満足。

 ギルドにとっては、実にありがたい冒険者たちである。

 私があれこれ考えていることなど、彼女たちは知りもしないだろう。

 いや、知らなくていいのだ。

 冒険者が採取品を丁寧に扱い、良い状態で納品してくれる。

 それだけで十分ではないか。

 ……十分なのだが。

 やはり気になる。

 保存魔法なのか。

 特別な道具なのか。

 それとも、古代のレリックなのか。

 考えれば考えるほど、答えが遠のいていく。

 ただ、ひとつだけ、最近わかったことがある。

 あの五人組が納品に来る日は、素材選別所の仕事が少しだけ楽になる。

 傷んだ薬草を分ける手間が少なく、素材の状態も確認しやすい。

 おかげで、昼休憩をきちんと取れる日が増えた。

 これは素直にありがたい。

 だから、これ以上は詮索しないことにする。

 彼女たちがどんな道具を使っていようと、どんな魔法を使っていようと、私の仕事は変わらない。

 採取品を確認し、品質を判定し、必要な記録を残す。

 それが私の役目だ。

 ……よし。

 これで本当に、この件について考えるのは終わりにしよう。

 明日からは、いつも通りの日常だ。

 そういえば、明日はあの五人組が納品に来る予定だっただろうか。

 いや、予定なんて聞いていない。

 別に、気にしているわけではない。

 ただ、もし来たら――。

 ……。

 いや、もう寝よう。

 明日も仕事だ。

――「素材選別所職員の日記」了

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