第12話 油断と間合い
森の浅い場所にある薬草の採取地へ、ユノたちは依頼を受けてやってきていた。
危険度の高い魔物が出る区域ではない。
採取依頼としては比較的安全な場所で、冒険者になったばかりの者も訪れることがある。
「この辺りなら、依頼にあった薬草が見つかりそうですね」
ユノは足元の草花を確かめながら、籠に薬草を収めていく。
「うむ。群生地を見つけたら、必要な分だけ採取するのじゃぞ。根まで傷めてしまえば、次に生えてくるものも減ってしまうからな」
ゲオルグの言葉に、ユノは元気よく頷いた。
「はい、ゲオルグさん!」
採取は順調だった。
ユノは薬草の状態を一つずつ確かめ、傷んでいないものを選んでいく。葉の張りや水分を損なわないよう、保存の魔法も丁寧に施していた。
そんなときだった。
少し離れた茂みが、がさりと揺れた。
ユノが顔を上げると、そこから一匹の小さな魔獣が姿を現した。
茶色い毛並みに、頭から伸びた二本の角。見た目は野うさぎに似ているが、その角は鋭く、先端がわずかに前を向いている。
「角うさぎですね」
ユノはそう呟いた。
角うさぎは小型の魔獣で、冒険者になったばかりの者でも討伐対象にすることがある。もちろん油断は禁物だが、今のユノにとって、それほど手強い相手とは思えなかった。
「一匹だけか…こちらに気づいたようだな」
ジュリオが少し離れたところから様子を見ていた。
角うさぎは地面を前脚で掻き、ユノをじっと見つめている。
「私がやってみます」
ユノはナイフではなく、いつものショートソードを抜いた。
これくらいなら、自分でも問題なく対処できるはずだ。
そう考え、剣を構えながらゆっくりと近づいていく。
角うさぎは逃げなかった。
むしろ、ユノが近づくにつれて、身体を低く沈めていく。
「……?」
何かをしようとしている。
そう気づいたときには、角うさぎは地面を蹴っていた。
「えっ――!」
小さな身体が、驚くほどの速さで迫ってくる。
ユノは慌てて剣を動かしたが、反応がわずかに遅れた。
角うさぎの角が、ユノの脇腹をかすめる。
「うっ……!」
衝撃に身体がよろめき、ユノは尻もちをついた。
角うさぎはそのまま数歩先まで走り抜け、すぐに振り返る。
ユノは脇腹を押さえながら、思わず息を呑んだ。
鎧に守られていたおかげで深い傷にはならなかったが、衝撃は十分に伝わっていた。身体を動かすと、鈍い痛みが走る。
「ユノ!」
エルマがすぐに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……。ちょっと、びっくりしただけで……」
「無理に動かないでくださいね。まずは傷を確認します」
エルマはユノの脇腹を確かめ、治療の魔法を施した。
淡い光が傷口を包み、痛みが少しずつ和らいでいく。
「幸い、大きな怪我ではありません。ただ、打ち身になっていますから、しばらくは無理をしないでください」
「ありがとうございます、エルマさん……」
ユノは申し訳なさそうに頭を下げた。
その間に、ゲオルグが角うさぎの動きを警戒し、ジュリオが横から回り込んでいた。
角うさぎは再び突進する構えを見せたが、ジュリオが間合いを見極め、動きに合わせて攻撃を仕掛ける。大きく飛び退いた角うさぎは、続くゲオルグの一撃を受け、やがて動かなくなった。
戦闘が終わると、ジュリオは剣を収め、ユノのそばへ戻ってきた。
「さて、ユノ、今の戦い、どうだった?」
「……油断しました」
ユノは素直に答えた。
「小さい魔獣だから、そんなに苦労しないと思っていました。でも、思ったより速くて……」
「そうだな。角うさぎは身体が小さいぶん、動きも素早い。あの角で突っ込んでくるのが得意な攻撃だ」
ジュリオは、倒れた角うさぎを見やった。
「小さいからって、油断しちゃいけないぜ。小さい相手には、小さい相手の戦い方があるんだ」
ユノは黙って聞いていた。
「ユノ、近づくとき、相手の動きをちゃんと見てたか?」
「……見ていたつもりでした」
「つもり、ねえ」
ジュリオは苦笑した。
「角うさぎが身体を低くしただろ? あれは突進の前触れだ。相手が何をしようとしているのか分からないうちは、無理に距離を詰めないほうがいい」
「身体を低くしたら、突進してくるかもしれない……」
ユノは、先ほどの光景を思い返した。
角うさぎは、突進する前に姿勢を変えていた。自分はそれを見ていたはずなのに、攻撃してくるとは思わなかった。
「それに、間合いも大事だ。相手の攻撃が届く距離に入るなら、いつ攻撃されても対応できるようにしておく。剣を振ることばかり考えてると、こういうことになるぜ」
「はい……」
ユノは、自分のショートソードを見つめた。
剣を扱う練習はしてきた。魔物との戦闘も経験している。それでも、相手の動きを見極めることや、安全な距離を保つことは、まだ十分に身についていなかった。
「次は、相手がどう動くのか、もっとよく見るようにします」
「そうそう。失敗したからって、落ち込む必要はないさ。次に生かせばいいんだ」
ジュリオは、いつもの調子でユノの肩を軽く叩いた。
「まあ、痛い思いをした分、忘れにくいだろ?」
「……そうですね。できれば、もう痛い思いはしたくないですけど」
ユノが少し困ったように笑うと、ジュリオも声を上げて笑った。
*
その後、五人は倒した角うさぎの素材を回収することにした。
角や毛皮は、冒険者ギルドで買い取ってもらえる。魔獣である角うさぎは、野生のうさぎとは違い、素材として利用できる部位があるのだ。
ユノは、ジュリオに教わりながら剥ぎ取りの作業を手伝った。
「角を傷つけないように外すんですね」
「そうだ。素材の価値を落とさないようにするのも、冒険者の仕事だぜ」
「なるほど……。倒したら終わりじゃないんですね」
「おっ、今日は勉強熱心だな」
「だって、せっかく討伐したんですから。ちゃんと素材として使えるようにしたいです」
ユノは、取り外した角を傷つけないよう丁寧に包んだ。
先ほどは相手の動きを見誤り、手痛い反撃を受けてしまった。
けれど、角うさぎとの戦闘で学べたことは、一つではない。
魔獣の動きを観察すること。自分の間合いを知ること。そして、討伐した魔獣の素材を無駄にしないこと。
どれも、冒険者として経験を積むうえで大切なことだった。
「ユノ、痛みはどうじゃ?」
ゲオルグに尋ねられ、ユノは脇腹にそっと手を当てた。
「もう、だいぶ楽になりました。エルマさんのおかげです」
「ならよい。だが、今日は無理をせぬことじゃ」
「はい、ゲオルグさん」
ユノは頷き、薬草の入った籠を持ち直した。
次に角うさぎと出会ったときは、きっと今日とは違う戦い方ができるはずだ。
そんなことを考えながら、ユノは仲間たちと一緒に、森の出口へ向かって歩き始めた。




