第3話 『マーガレット皇女』
コトルー城の中庭では、馬車の前で侍女たちが慌ただしく動いていた。
「姫様、こちらの衣装も積み込みました!」「化粧品もすべて確認済みです!」
マーガレット皇女は微笑みながら頷いた。
「ありがとう。フラン共和国でも、きっと役に立つわ。」
その横では、ゴードンとモーガンが大量の食材を馬車へ積み込んでいた。
「兄ちゃん、果物は全部そろった?」「ああ。魚介も氷魔法で鮮度ばっちりだ。」
これはオーディナリー王からの心づくしの贈り物。娘の輿入れを祝うため、そして隣国との友好を深めるための大切な食材だった。
そして――
マーガレット姫はフラン共和国へ嫁いでいった。
フラン共和国民は喜んだ。隣国の姫が持ってきた食材は各家庭に配られ、食卓には珍しい料理が並んだ。
「こんな美味しいもの、初めてだ!」「マーガレット皇女とエリオット代表議員の結婚は本当に素晴らしい!」
しかし――その幸福は長く続かなかった。
ある家族の子どもの一人が、食事の最中に突然呼吸困難を起こした。治癒魔法師であるパトリックが駆けつけても原因がわからず、治療ができない。
そして、命を落とした。
同じような事件が続けて起きた。
国民の祝福は、一瞬で恐怖へと変わった。
「姫が持ってきた食材に毒が入っていたんだ!」「フラン共和国を滅ぼすつもりだったんだ!」
人々は怒り狂い、エリオットとマーガレットの居宅へ押し寄せた。
「違う!マーガレットはそんなことしない!」エリオットは必死に庇った。
しかし――
この混乱を利用しようとする者がいた。
サラザール。
貴族であり議員の一人。以前から代表議員の座を狙っていた男だ。
「この国を救うのは私だ!エリオットではない!」
サラザールは国民を扇動し、革命を起こした。
「マーガレットを斬首にせよ!」
エリオットは叫んだ。「そんなこと、許されるはずがない!」
双子の弟パトリックも駆けつけた。「裁判もなしに刑罰など受け入れられない!」
四人は議場へ向かった。
しかし、それは罠だった。
サラザールの手下がマーガレットを拘束し、エリオットとパトリックを取り囲んだ。
「パトリック。お前の石化魔法でエリオットを石にしろ。さもなくば、マーガレットの命はない。」
パトリックは震えた。
「兄さんを……石化しろというのか……。」
しかし、マーガレットの命がかかっている。
「……ごめん、兄さん。」「ああ、やってくれ。」
パトリックは石化の魔法を唱えた。エリオットの体がゆっくりと石へ変わっていく。
「必ず……必ず助ける。いつかサラザールの体を依り代にして、石化を転移させる……。」
パトリックは涙をこらえながら誓った。
しかし――
マーガレットの心は、悲しみと怒りで崩れ落ちていた。
愛する人が石にされ、自分は毒混入の濡れ衣を着せられ、国民に追われ、命を脅かされている。
その瞬間だった。
マーガレットの中に、もう一人の人格が生まれた。
「……エリザベス?」
それは、怒りと悲しみから生まれた“もう一人の自分”。
エリザベスは叫んだ。「こんな場所、もう耐えられない!」
そして、黒い二つの瞳が4つになり――長距離空間移動魔法を発動した。
光が弾け、マーガレットの体は消えた。
次に現れたのは、コトルー王国だった。
サラザールは逃げられたことを悔しがったが、国内唯一の治癒魔法師であるパトリックを幽閉し、治癒魔法を独占した。
「治癒を受けたいなら、七割の税を払え。」
こうして、フラン共和国は圧政の時代へと変わっていった。
そして――コトルー王国に戻ったマーガレットの中には、誰も知らない“もう一人の姫”が潜んでいた。




