第七章 祝賀会前夜
三ツ葉エレクトロニクス会議室。
ゲーム・ステーション発売直前の定例会議が行われていた。
モニターには予約状況や市場調査データ、広告展開スケジュール、各ゲームメーカーの参入予定タイトル一覧などが映し出されている。
会議室の空気は張り詰めていた。
発売まで残り僅か。
失敗すれば、三ツ葉エレクトロニクスに莫大な損失を与える事になる。
しかし一方で、期待値も異常なほど高まっていた。
事前予約数は会社の想定を大きく上回り、ゲーム業界各社も“次世代覇権ハード候補”として注目し始めている。
特に、これまで家庭用ゲーム機へ参入していなかったメーカー群の参加は業界内でも大きな話題になっていた。
しかし、会議室の空気はどこか落ち着かない。
理由は一つ。
またしても水戸邦光が会議へ出席していないからだ。
「なんだ、今日も水戸はいないのか?」
久松が露骨に不機嫌そうな顔で言った。
すると愛子が資料をめくりながら答える。
「水戸君は今日も外回りよ。サードパーティーを増やすためにゲームメーカーを回ってるわ」
「外回りとか上手い事言って、サボってるんじゃないですか?」
久松が鼻で笑う。
だが愛子はすぐに反論した。
「そんな事ないわよ! 良い返事を頂いてるメーカーも数社あるんだから」
「そうですか」
久松は面白くなさそうに椅子へもたれ掛かった。
(チッ……水戸のヤツ、無能の平社員のクセに……!)
久松は苛立っていた。
半導体問題。
広告費問題。
どちらも水戸が解決してしまった。
しかも結果まで出している。
自分が見下していた平社員が、プロジェクトの中心人物になりつつある事が気に食わなかった。
◇
その頃。
水戸邦光は都内のゲームメーカーを回っていた。
「ゲーム・ステーションは、従来機より開発環境を簡略化しています。参入コストも下げていますので、御社でも十分開発可能です」
相手企業へ丁寧に説明する。
大手ゲームメーカー。
中堅ソフト会社。
さらには小規模メーカーまで。
水戸は片っ端から回っていた。
しかも、ただ営業している訳ではない。
開発環境の整備。
技術支援。
開発ツール提供。
場合によっては技術者派遣まで提案していた。
「家庭用ゲーム機向けの開発経験が無いんですが……」
「大丈夫です。こちらで技術支援します」
「え?そこまでやるんですか?」
「ソフトが増えれば、ユーザーも増えます。結果として双方に利益がありますから」
さらに驚くべき事に、水戸はアダルトゲームメーカーや同人サークルにも声を掛けていた。
通常、大手企業はブランドイメージを気にして避ける分野だ。
しかし水戸は違った。
ユーザーが求める物を理解していた。
ゲーム市場は“多様性”が重要だと分かっていたのだ。
その結果。
今まで家庭用ゲーム機へ参入していなかったメーカーまでもが、ゲーム・ステーション向けソフト開発を決定した。
そして――。
◇
三ヶ月後。
ゲーム・ステーション発売日。
全国の量販店へ長蛇の列が出来た。
テレビニュース。
ネットニュース。
SNS。
どこもゲーム・ステーション一色だった。
『完売しました!』
『入荷未定です!』
『整理券配布終了!』
結果。
発売初日で二百万台完売。
家庭用ゲーム機市場としては歴史的大成功だった。
さらに勢いは止まらない。
一ヶ月後には累計販売台数三百六十万台を突破。
ゲーム・ステーションは社会現象になりつつあった。
◇
そして、その成功を祝うパーティーが開かれる事になった。
場所は三ツ葉グランドホテル。
三ツ葉グループ系列の超高級ホテルである。
政財界の要人も利用する格式高いホテルだった。
その日の夕方。
企画部フロア。
水戸は愛子へ声を掛ける。
「水野課長!今日は祝賀パーティーですね!」
「そうね」
返事は妙にそっけなかった。
水戸は首を傾げる。
「どうしたんですか?嬉しくないんですか?」
「嬉しいに決まってるじゃない」
愛子は笑った。
だが、どこか無理をしているようにも見えた。
「それじゃ、パーティー会場で」
そう言うと、愛子は足早に去っていく。
水戸はその背中を見送りながら考える。
(どうしたんだろう……?)
最近、愛子の様子がおかしい。
会話も減った。
どこか距離を感じる。
(外回りが多くて、全然デート出来なかったから怒ってるのかな……?)
水戸は小さく苦笑した。
◇
その後、水戸は一度帰宅した。
そしてクローゼットから一着のスーツを取り出す。
ブリオーニ。
イタリア最高峰とも言われる高級ブランドだった。
平社員・水戸邦光として会社へ通う時とは別人のような装い。
鏡に映る姿は、まさに若き支配者だった。
そして水戸――いや、徳川光圀は三ツ葉グランドホテルへ向かう。
◇
ホテルへ到着した直後だった。
スマートフォンが鳴る。
「榊原、どうした?」
『ご老公。一年前から調査していた横領の件ですが、かなり巧妙な手口でしたが、ようやく尻尾を掴みました』
光圀の目が細くなる。
「そうか。よくやった」
『せっかく掴んだ証拠ですので、隠滅される前に押さえて犯人を特定したいので、会場入りが少し遅れてしまいます。申し訳ございません』
「いや、そちらの方が優先だ。構わない。頼んだぞ」
『はい、かしこまりました』
榊原は続ける。
『パーティーの方は先に進めておくよう指示を出しておきますので、よろしくお願い致します』
「分かった。それじゃ」
通話が切れる。
光圀はホテル最上階を見上げた。
煌びやかな祝賀会。
成功に酔う社員たち。
だがその裏では、横領事件が動いている。
巨大企業になればなるほど、腐敗は生まれる。
だからこそ、光圀は自ら動く。
“老公”として。
全てを掌握するために。
そして彼はまだ知らない。
今夜の祝賀会が、自らの恋人との関係を大きく変える夜になる事を。




