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第四章 接待地獄

 三週間ほどが過ぎた頃。

三ツ葉エレクトロニクス企画部では、“ゲーム・ステーション開発プロジェクト”が本格的に動き始めていた。

だが、その一方で、水戸邦光の姿は社内から消えつつあった。

朝は出社する。

しかし昼前には外出。

戻ってくるのは深夜近く。

そんな生活が何週間も続いていた。

当然、社内では噂になる。

     ◇

 その日の夕方。

水野愛子は自席でスマートフォンを耳に当てていた。

「邦光、今日ご飯食べに行かない?」

少し甘えるような声。

しかし返ってきたのは、申し訳なさそうな声だった。

『ごめん! また接待なんだ』

「そう……」

愛子の表情が曇る。

『終わったら連絡するよ』

「うん……分かった」

通話が切れる。

愛子はスマートフォンを机へ置き、小さく息を吐いた。

その時だった。

近くを通り掛かった社員たちの会話が耳に入る。

「水戸のやつ、このところ、接待とか言って連日銀座の高級クラブで飲み歩いてるらしいぜ」

「会社の経費で遊んでるんじゃねえの?」

「羨ましいよなぁ。無能のクセに」

ゲラゲラと笑いながら去っていく男たち。

愛子は思わず唇を噛んだ。

「邦光……」

もちろん、水戸が遊び歩くような男ではない事は分かっている。

だが、不安はあった。

最近、まともに会えていない。

電話も短い。

会話も減った。

しかも、相手は銀座の高級クラブ。

愛子が面白く思えるはずがなかった。

     ◇

 さらに一週間後。

水戸邦光は再び天野電子を訪れていた。

応接室。

相変わらず安倍は偉そうにソファへ座っている。

「わざわざ、何の用だね?」

見下したような口調だった。

水戸は冷静に答える。

「クラブではお話が出来ませんでしたので、半導体供給についてのお話を詰めたいと思いまして」

「半導体ねぇ……」

安倍は鼻で笑う。

「無理だね」

「……理由を伺っても?」

「半導体はうちの主力製品だ。供給先はいくらでもある。お宅に回せる分なんか無いんだよ」

さらに嫌味ったらしく続ける。

「お宅のPC事業部からも部長が何度も来てるが断ってるんだ。さっさと帰れ」

完全に追い返すつもりだった。

だが水戸は怒る様子も無く言う。

「分かりました。では、お宅の社長と直接お話します」

そう言ってスマートフォンを取り出す。

安倍は内心で嘲笑した。

(こんな平社員の小物が、うちの社長の番号を知ってる訳がない。ハッタリだな)

水戸は通話を始める。

「天野社長。今、お宅の応接室にいます。直ぐ来てください」

短い言葉。

それだけだった。

安倍は鼻で笑う。

「くだらん演技を……」

そしてドアを開けると外へ向かって怒鳴った。

「警備員を呼べ!」

数分後、警備員が二人入ってくる。

「警備員! この男を摘まみ出せ!」

警備員たちは水戸の両腕を掴んだ。

だが水戸は抵抗しない。

ただ静かに立っているだけだった。

その時だった。

勢いよくドアが開く。

「何をしている!?」

低く鋭い声が響いた。

「しゃ、社長!?」

安倍の顔色が変わる。

現れたのは天野電子社長、天野誠一だった。

(まさか……!? 本当に来た!?)

「放せ!」

天野が怒鳴る。

警備員たちは慌てて水戸から手を離した。

「安倍! 説明しろ!」

天野の視線が突き刺さる。

安倍は慌てて取り繕った。

「この三ツ葉の平社員が、半導体を供給しろと言うので断ったら暴れ出したんです!」

だが天野はすぐに水戸へ視線を向けた。

「本当ですか?」

「いいえ」

水戸は落ち着いた口調で答える。

「私は一ヶ月ほど前から半導体供給のお願いをしておりましたが、銀座のクラブでの接待を要求され、一ヶ月ほどで数百万円の接待をしました。しかし半導体は供給出来ないとの事でしたので、社長へ直接お願いしようと思いまして」

その瞬間。

天野の顔色が変わった。

「安倍!!」

怒声が応接室へ響く。

「水戸邦光という担当者が来たら便宜を図れと言っておいたにもかかわらず、便宜を図るどころか、散々接待を要求した上に半導体供給を断り、あまつさえ警備員まで呼んだのか!?」

「し、しかし社長! 平社員を担当者によこすなんて失礼極まりないじゃないですか! だから少し懲らしめようと……!」

「馬鹿者!!」

天野が机を叩く。

「このお方をどなたと心得る!?」

安倍が呆然とする。

天野は深々と頭を下げながら叫んだ。

「恐れ多くも三ツ葉グループのご老公、徳川光圀様だぞ!!」

空気が凍りついた。

「ご……ご老公様!?」

安倍の顔から血の気が引く。

「国内有数の大企業、三ツ葉グループのトップ……? この若者が……!?」

「控えおろう!!」

天野の一喝。

安倍はその場へ崩れ落ちた。

「は、ははーっ!」

床へ額を擦り付けるように土下座する。

「大変申し訳ございませんでした!!」

先程までの尊大な態度は完全に消えていた。

天野は怒りを抑えきれない様子で言う。

「このお方はな、天野電子が資金繰りに困って倒産しかけた時に助けてくださった恩人だ! その恩人に無礼を働きおって……!」

そして冷たく言い放つ。

「安倍。お前は課長へ降格だ。もちろん減給もだ」

「そ、そんな……! 社長! お許しください……!」

だが天野は見向きもしない。

「ご老公様。接待費の請求書はこちらへ回してください。この安倍の給料から月々天引きして処理致しますので」

安倍は絶望した顔で崩れ落ちる。

水戸は静かに頷いた。

「分かった。それで半導体供給の件だが……」

「承知致しました。必要数量を書面で頂ければ最優先で回します」

「ありがとう。それじゃ今日はこれで帰る」

「はい。お気を付けて」

     ◇

 帰り道。

水戸は愛子へ電話を掛けた。

「もしもし、愛子?詳しい話は会議で報告するけど、半導体、供給してもらえる事になったよ!」

『そう。それは良かった』

だが愛子の声は少し硬い。

『でも、高級クラブで連日接待してたらしいけど、接待費とかどうするの?会社も認めないと思うけど。私の評価に響くから、私も認めないわよ?』

「大丈夫! 接待費は向こう持ちだから!」

『……?』

愛子が困惑する。

『それって接待なの?』

「まぁ、向こうが負担してくれるって言うんだから良いじゃないか」

『それはそうだけど……』

愛子は釈然としない様子だった。

だが水戸は特に気にした様子も無い。

夜の街を歩きながら、静かに空を見上げる。

半導体問題は解決した。

だが、“ゲーム・ステーション”計画の本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。

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