第三章 半導体不足
翌日。
三ツ葉エレクトロニクス本社会議室では、“ゲーム・ステーション開発プロジェクト”の第一回企画会議が行われていた。
壁面モニターにはゲーム機の完成予想図やスペック表が映し出され、テーブルには大量の資料が並べられている。
会議室に集まったのは、企画、デザイン、技術、購買、生産管理など、各部署から選抜されたメンバーたちだった。
その中央で会議を進行しているのは、水野愛子課長である。
「価格とスペックは資料にある通り。でも、そのままじゃ競合他社には勝てないわ」
愛子はモニターを指しながら言う。
「原価を下げつつ、出来る限りスペックを上げる方向で調整して下さい。デザインに関しては青山主任が専門なので一任します。洗練されつつ、使い易さも追及して下さい」
「分かりました」
青山主任が頷く。
会議は順調に進んでいるように見えた。
だが実際には、誰もが不安を抱えていた。
ゲーム業界は競争が激しい。
高性能なだけでは売れない。
価格が高過ぎても売れない。
ソフトが少なくても売れない。
そして何より、発売時期が遅れれば致命傷になる。
このプロジェクトは、三ツ葉エレクトロニクスの未来を左右する一大事業だった。
「工場の生産ラインは、本部長が九ヶ月後から確保して下さっているそうなので、それまでには生産を始められるようにしていきます」
愛子は資料をめくりながら続ける。
「それを踏まえて、デザインと部品の確保をお願いします。すでに確定している部品の確保は出来そうですか? 久松主任」
「大丈夫です、水野課長。問題ありません」
答えたのは久松健司主任だった。
三十代後半。
購買部門出身で、部品調達の責任者を任されている男である。
自信満々の表情。
だが、その態度にはどこか鼻につくものがあった。
「そうですか。分かりました」
愛子が頷き、会議を進めようとしたその時だった。
「あのう……」
遠慮がちな声が上がる。
視線が集まった先には、水戸邦光がいた。
「どうしたの? 水戸君」
愛子が優しく問い掛ける。
だが久松は露骨に嫌そうな顔をした。
水戸は手元の資料を見ながら言う。
「久松主任の計画書だと、確かに問題ないように見えますが……半導体の数、これ、自社生産分の全部ですよね?」
「そうだが?」
久松が眉をひそめる。
「俺の計画書に文句があるのか?」
「いえ、そういう訳じゃありません。ただ……PC部門や家電部門で使う分を考えると、うちで使えるのは半分くらいになると思うんです。自社生産分だけでは足りなくなるんじゃないでしょうか?」
一瞬、会議室が静まり返った。
愛子が資料を見返す。
そして、表情を曇らせた。
「……確かにそうね」
久松の顔色が変わる。
「ぐ……」
図星だった。
久松は慌てて声を荒げる。
「だったら、水戸! お前が何とかしてみろ!!」
「そんな理不尽な……」
愛子が庇おうとする。
しかし水戸は落ち着いた表情のまま言った。
「分かりました。僕が何とかしてみます」
「水戸君、無理しなくていいわよ」
「大丈夫です。任せてください!」
その言葉に、久松は鼻で笑う。
「じゃあ、一ヶ月やるから半導体の確保をよろしくな」
「分かりました!」
水戸は即答した。
周囲の社員たちは呆れたような顔をしている。
誰も本当に出来るとは思っていない。
半導体不足は業界全体の問題だった。
大手企業ですら確保に苦労している状況で、一介の平社員にどうにか出来る問題ではない。
だが、水戸だけは平然としていた。
まるで、最初から解決策が見えているかのように。
◇
数日後。
東京都内に本社を構える電子部品メーカー、“天野電子”。
半導体分野では国内有数の技術力を持つ企業である。
その応接室に、水戸邦光の姿があった。
「三ツ葉エレクトロニクス企画部、水戸邦光と申します」
水戸は名刺を差し出す。
しかし、応対した男は名刺を受け取ろうともしなかった。
天野電子渉外部長、安倍。
四十代半ば。
脂ぎった顔に下品な笑みを浮かべ、ソファへふんぞり返っている。
「で、何の用です?」
露骨に見下した口調だった。
水戸は気にした様子も無く言う。
「来年、わが社から発売されるゲーム機に使う半導体を供給して頂きたいんです」
「半導体ですか……」
安倍はニヤニヤしながら水戸を見た。
「まぁ、価格と、あんたの心がけ次第かな……」
そう言って意味深に笑う。
「私はね、堅苦しいのは苦手なんでね。今夜、銀座のクラブででも話しませんか?」
水戸は内心で溜息をついた。
(今時、こんな露骨な接待要求か……)
だが表情には出さない。
「分かりました。店はお任せします。夕方、連絡致しますので宜しくお願い致します」
水戸は静かに頭を下げ、応接室を後にした。
◇
夕方。
水戸のスマートフォンに着信が入る。
「邦光、今どこにいるの? これからご飯食べに行かない?」
愛子だった。
水戸は歩きながら答える。
「ごめん。これから天野電子の渉外部長を接待しなきゃいけないんだ」
「そう……」
愛子の声が少し沈む。
「じゃあ仕方ないわね。また今度ね」
「ああ。埋め合わせはするよ」
電話を切った後、水戸は小さく息を吐いた。
そして銀座へ向かう。
◇
銀座の高級クラブ。
豪奢な照明。
高級酒。
甘ったるい香水の匂い。
「あけみちゃん、可愛いねぇ」
「いやん、安倍ちゃん。お触りはだめよ♡」
「じゃあ、えりちゃんにしようかな~」
「ダーメ♡」
安倍は完全に仕事を忘れていた。
いや、最初から仕事をする気など無かったのだろう。
水戸は冷静に声を掛ける。
「あ、安倍さん。先に仕事の話を終わらせませんか?」
「仕事の話?」
安倍は酒で赤くなった顔を向ける。
「この状況でなんて無粋な……。そんなのは後回しだ。後でゆっくりしてやるよ」
結局、その“後”は来なかった。
◇
数時間後。
「いやあ、飲んだ飲んだ」
安倍は完全に出来上がっていた。
「安倍ちゃん、大丈夫? もうフラフラじゃない」
「ああ、タクシーで帰るから大丈夫だよ。君、チケット」
安倍が水戸へ手を差し出す。
「はい?」
「タクシーチケットだよ! タクシーチケット!」
「い、いえ、持ってません……」
「何!? 俺に金出せってのか!?」
突然怒鳴る安倍。
周囲のホステスたちが苦笑いを浮かべる。
「じゃ、じゃあ現金でお渡ししますので、ご自宅はどちらですか?」
「一万円」
安倍は当然のように手を出した。
「ご自宅は……?」
「一万円。一万円あれば足りるから」
(絶対に足りるどころか余るだろ……)
水戸はそう思いながらも財布から一万円札を取り出した。
「わ、分かりました……」
安倍はそれをひったくるように受け取る。
そしてタクシーへ乗り込みながら叫んだ。
「大島まで!」
タクシーが走り去る。
水戸はその背中を見送りながら、深く息を吐いた。
(深夜料金でも五千円も掛からない場所じゃないか……。結局、仕事の話も出来なかったし……)
だが、水戸の表情に怒りは無い。
むしろ静かだった。
まるで、この程度は想定内だと言わんばかりに。
水戸邦光――いや、徳川光圀は静かに夜空を見上げる。
そして、ゆっくりと帰路についた。




