第十四章 本多専務
会場中の視線が久松へ集まっていた。
ほんの数分前まで勝ち誇っていた男は、今や顔面蒼白で床へ座り込んでいる。
水戸はそんな久松を見下ろしながら、静かに言った。
「何で?」
その声には嘲笑すら無い。
「お前の望み通りにしてやったんじゃないか」
久松の喉がひくりと震える。
そして恐る恐る水戸を指差した。
「ま……まさか……」
声が掠れる。
「お前……本当に……?」
「だから、さっきから言ってるだろ」
水戸は淡々と返した。
その瞬間。
今川が慌てて前へ出る。
「い、いや!俺は信じないぞ!!」
額へ汗が浮いていた。
「牧野部長も、水戸に弱みを握られてるか何かで話を合わせてるんだ!こんな事ある筈がない!!」
完全に取り乱している。
愛子も必死に頷いた。
「そうだわ! こんな事までして、本物のご老公様に知られたら、ただじゃ済まないわよ!!」
すると久松の隣にいた蜂屋も叫ぶ。
「こんな不当人事、許される訳ないだろ!!」
そして今川へ縋るように言った。
「今川部長! 早く三ツ葉ホールディングスの知り合いに連絡して、水戸をクビにして下さい!!」
「分かった!」
今川は勢いよくスマートフォンを取り出す。
そしてどこかへ電話を掛けた。
「もしもし、青山か?」
今川は周囲へ聞かせるように大きな声で話す。
「実は今、三ツ葉エレクトロニクスのパーティー会場で、ご老公様の名を騙る不届き者が騒ぎを起こしていてな」
会場が静まり返る。
「本多専務へ話して、直ぐクビにしてもらえないか?」
数秒後。
「……よし、頼むぞ!」
通話終了。
今川は勝ち誇ったように笑った。
「丁度、今、本多専務がこちらへ向かっているそうだ」
そして水戸を睨む。
「青山から話を通して、お前をクビにするよう頼んでくれるそうだ!」
愛子も強気を取り戻す。
「そうよ! 覚悟しておきなさい!」
だが水戸は全く動じなかった。
むしろ呆れたように小さく息を吐く。
「お前ら、まだ分かってないのか?」
静かな声。
「本多がここへ向かってるって言ったよな」
そして冷たく笑う。
「それは、俺がさっき呼んだからだ」
今川が即座に否定する。
「そんなの偶然に決まってる!!」
「そうよ!偶然よ!!」
愛子も必死だった。
水戸はそんな二人を見ながら言う。
「本多専務を何度も呼び捨てにして……」
今川がニヤリと笑う。
「ご老公様はもちろん、本多専務もお前を許さないだろう」
愛子も続ける。
「クビだけじゃ済まないかもね」
そして蔑むように言った。
「まぁ、どんな処罰を受けようと自業自得だわ。あんたみたいな能無しのクズが、ご老公様の名を騙って騒ぎを起こしたんだから」
だが水戸は静かだった。
一切感情を乱さない。
「本多が来れば全て分かる」
その言葉には絶対的な確信があった。
「覚悟しておくのは、お前らの方だ」
その時だった。
ホテル入口から声が響く。
「三ツ葉ホールディングス専務取締役、本多様がいらっしゃいました!!」
会場の空気が一変する。
全員が入口へ視線を向けた。
そして現れた。
高級スーツを完璧に着こなした、一人の男。
三ツ葉ホールディングス専務取締役、本多忠信。
“三ツ葉グループナンバー2”。
ご老公の右腕。
その圧倒的存在感に、会場中の人間が息を呑む。
本多は迷いなく会場中央へ歩いてくる。
すると今川が真っ先に飛び出した。
「お初にお目にかかります!!」
今川は腰を九十度近く曲げる。
「三ツ葉エレクトロニクスPC事業部部長、今川と申します!!」
本多は無表情だった。
「実は今、ご老公様の名を騙るクズが騒ぎを起こしておりまして!」
今川は水戸を指差す。
「即刻クビにして、追い出して頂ければと……!」
本多はゆっくり今川を見る。
「お前が今川か」
低い声だった。
「青山から話は聞いている」
今川が勝ち誇った笑みを浮かべる。
だが本多は続けた。
「で、その“ご老公様の名を騙るクズ”とは誰だ?」
今川は即座に水戸を指差した。
「あいつです!!」
本多は水戸を見る。
そして小さく呟いた。
「……なるほど。そういう事か」
愛子も慌てて前へ出る。
「三ツ葉エレクトロニクス、コンシューマ事業部次長の水野です!」
必死にアピールする。
「あの男は、今川部長の功績を全部自分の物だと言い張った上に、本多専務の事まで呼び捨てにしていました!」
そして深々と頭を下げた。
「厳正な処罰をお願い致します!!」
本多は静かに頷く。
「分かった」
そして、そのまま水戸の方へ歩いていく。
会場が静まり返る。
今川と愛子は勝利を確信したように笑っていた。
だが次の瞬間。
本多は水戸の前で立ち止まると――。




