第十三章 崩壊の始まり
「電話を掛けるフリが上手いな、水戸!」
久松はまだ余裕を失っていなかった。
むしろ、周囲へ見せ付けるように笑っている。
「次は誰に電話するんだ? ご老公様か?」
周囲から乾いた笑いが漏れる。
だが、その笑いには先程までの勢いが無かった。
一方、水野愛子は冷たい目で水戸を見つめていた。
「半年付き合って……」
その声には失望が滲んでいる。
「あんたが、こんなしょうもない男だって気付かなかったなんて。私、本当に見る目が無かったわ」
その言葉を聞いても、水戸は怒らなかった。
むしろ静かだった。
「いや」
水戸は小さく首を振る。
「見る目が無かったのは君じゃない。俺の方だ」
会場が静まり返る。
「君が、つまらん男に騙されて、俺の功績も全て無かった事にして……」
水戸の視線が今川へ向く。
「半年間尽くした男を、簡単に裏切るような女だったとはな」
愛子の表情が険しくなる。
「今川部長は、つまらない男なんかじゃないわ!」
感情的に叫ぶ。
「あんたなんかより、よっぽど頼りになる人よ!あんたに今川部長を侮辱する権利は無いわ!」
すると今川も前へ出た。
「そうだ」
勝ち誇ったような笑み。
「お前みたいな小物が、俺を侮辱しようなんて千年早い」
そして愛子の肩を抱く。
「それに愛子は、お前を裏切ったんじゃない」
今川は見下すように水戸を見る。
「無能でクズなお前を見限っただけだ」
会場から失笑が漏れる。
「全部悪いのはお前自身なんだよ。お前に愛子を悪く言う資格は無い!」
二人は完全に“勝者”のつもりだった。
だが水戸は静かに二人を見ている。
「俺の言う事は信じないのに……」
その声は静かだった。
「この男の言う事は、信じて疑わないのか?」
愛子は即答する。
「ええ」
迷いは無い。
「あんたみたいな無能なクズより、余程信用出来るわ」
そして今川を見上げる。
「色々と力になってくれて、高価なプレゼントも沢山してくれた」
今川が満足そうに笑う。
「あんたなんかより遥かに男として魅力があるし、頼りがいのある人よ」
水戸は小さく呟いた。
「……そういう事か」
そして愛子を真っ直ぐ見つめる。
「やはり、見る目が無かったのは君の方だな」
愛子が眉をひそめる。
「役職やプレゼントに釣られて、物事の本質を見極められないとは」
「嘘つきのあんたに言われたくないわよ!!」
愛子が怒鳴る。
しかし水戸は冷静だった。
「俺の言ってる事が嘘だと、どうして確信が持てる?」
会場が静まる。
「今川の言ってる事が本当で、俺の言ってる事が嘘だという確信があるのか?」
誰も口を開かない。
そして水戸は、一言ずつ区切るように言った。
「俺が老公じゃないという……」
会場全体を見渡す。
「確信があるのか!!」
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
会場の空気が凍った。
今川ですら言葉に詰まる。
だが愛子は強引に笑った。
「……ふ、ふざけないで」
その笑いは少し引きつっていた。
水戸は静かに言う。
「まぁ、何が真実か、今に分かる」
そして今川、水野、久松を順番に見た。
「その時に後悔しても遅い」
愛子は強気に言い返す。
「後悔なんてするはずないわ!」
完全に引き返せなくなっていた。
「あんたこそ、嘘がバレて後悔する事になるわよ!」
すると久松が時計を見ながら笑う。
「そろそろ五分経つんじゃないか?」
ニヤニヤしている。
「俺はクビになってないぞ!」
そして水戸を指差す。
「お前の嘘もここまでだな!」
だが、その時だった。
着信音が鳴る。
牧野人事部長のスマートフォンだった。
会場が静まり返る。
牧野は恐る恐る通話へ出る。
「は、はい……牧野です」
顔色がみるみる変わっていく。
「はい……」
額へ汗が浮かぶ。
「はい……分かりました。では……」
通話終了。
牧野はゆっくりスマートフォンを下ろした。
そして――。
「久松健司」
低い声で呼ぶ。
「お前は、本日付で解雇だ」
会場が凍り付く。
「……はぁ?」
久松は理解出来ない。
「解雇って……どういう事ですか!?」
牧野は硬い表情で答えた。
「解雇は解雇だ」
そして冷たく言い放つ。
「今日でクビって事だ」
久松の顔から血の気が引く。
「な……」
足から力が抜ける。
その場へ崩れ落ちた。
「何で……?」
震える声。
「まさか……?」
そして久松は、恐る恐る水戸を見た。
水戸は静かに立っていた。
まるで全て最初から決まっていたかのように。




