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第十一章 崩れ始める嘘

 会場の空気が張り詰める中――。

突然、入り口付近でホテルスタッフの声が響いた。

「天野電子渉外部長、安倍様がいらっしゃいました!」

会場の視線が一斉に入り口へ向く。

そこへ現れたのは、天野電子渉外部長・安倍だった。

高級スーツに身を包み、周囲を見渡しながら歩いてくる。

今川はそれを見て僅かに顔をしかめた。

(まさか、天野電子の安倍部長まで呼ばれているとは……)

安倍は真っ直ぐ水戸の前まで歩いていく。

そして、その場で深々と頭を下げた。

「この度はお招きいただき、ありがとうございます」

周囲がざわつく。

天野電子ほどの企業の部長が、一介の平社員へ頭を下げているのだ。

「今後もゲーム・ステーション用半導体に関しては、ぜひウチにお任せ下さい」

水戸は落ち着いた様子で頷いた。

「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」

そして軽く頭を下げ返す。

そのやり取りを見て、周囲からざわめきが広がっていく。

「あれ……?」

「半導体って、今川部長が根回ししたんじゃなかったのか?」

「だったら何で、水戸にだけ挨拶して今川部長を完全無視なんだ?」

「まさか……水戸の言ってた事が本当で、今川部長の話が嘘……?」

ざわめきが広がる。

空気が変わり始めていた。

すると愛子が慌てて前へ出た。

「そんな筈ないです!」

必死だった。

「安倍部長!半導体供給の件は、ウチの今川部長の根回しがあったからですよね!?」

会場の視線が安倍へ集まる。

だが安倍は首を傾げた。

「今川部長?」

そして、あっさりと言った。

「いえ。今回の件には何も関わっておりませんが」

静寂。

会場の空気が凍った。

「え?」

愛子の顔が固まる。

久松も蜂屋も、周囲の社員たちも同じ顔をしていた。

一方で、今川だけが露骨に顔を引きつらせている。

愛子はゆっくりと今川を見る。

「今川部長……どういう事ですか?」

だが今川はすぐに表情を立て直した。

そして逆に怒鳴り返す。

「外部の人間まで巻き込むとは、随分大掛かりな嘘だな!!」

会場が再びざわつく。

「そこまで計画済みとはな! 無能かと思ったが、嘘をつく能力と演技力だけは大したもんだ!」

今川は水戸を指差す。

「嘘をつくための計画性を、仕事にも活かせれば良かったのになぁ!!」

無理矢理押し切ろうとしていた。

愛子もすぐに今川へ同調する。

「……そういう事ね」

愛子は呆れたように溜息を吐いた。

「わざわざ見栄を張るために、部外者まで巻き込んで。本当にみっともない」

そして冷たい視線を水戸へ向ける。

「その上、自分がご老公様だなんて嘘までついて……。そこまでして自分を大きく見せたいの?」

一方、安倍は完全に空気の異常さを察していた。

(え? “自分がご老公様”だなんて嘘までついて……? どういう事だ?)

嫌な汗が背中を流れる。

(と、とにかく巻き込まれない方が良さそうだ……)

そう判断した安倍は、慌てて一歩下がった。

「わ、私はご挨拶に来ただけですので……」

ぎこちなく笑う。

「この後、用事がありますので、これにて失礼致します」

そして逃げるように会場を後にした。

その背中を見送りながら、久松が勝ち誇ったように笑う。

「ははっ!たった一人の味方も帰って行ったぞ!」

そして水戸を指差す。

「もう観念して謝れよ!」

愛子も腕を組みながら言った。

「そうよ!」

その目には完全な軽蔑が宿っている。

「土下座して謝りなさい! そうすれば、許さない事もないわよ」

そして鼻で笑う。

「ご老公様は、それでも許さないと思うけど」

だが水戸は一切怯まなかった。

むしろ冷たく笑った。

「俺がお前らに土下座して謝る?」

その声には静かな威圧感があった。

「お前ら如きじゃ、百年早いよ」

一瞬、空気が止まる。

今川が眉をひそめる。

「この二人で足りないなら、俺を加えればどうだ?」

「足元にも及ばない」

即答だった。

今川の顔が引きつる。

「……じゃあ、渡辺本部長と牧野人事部長も加えればどうだ?」

「全然足りない」

会場がざわつく。

愛子が怒鳴った。

「いい加減にしなさい!!」

完全に怒り狂っていた。

「あんたは、ここにいる全員より高みにいるとでも言いたい訳!?」

すると水戸は静かに答える。

「そうだ」

会場が静まり返る。

そして、水戸――いや、徳川光圀は全員を見渡しながら言った。

「ここにいる全員の進退は、俺の一言で決まる」

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