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第四章‐0秒の継承:繋がる4人の魂

◆第一話「絆の確認」

翌日から、4×100メートルメドレーリレーの練習に入る。

 第4レーン――1本目のリレーを終えた4人が戻ってきた。

掲示板に表示されたトータルタイムを見た堂島が、冷徹にストップウォッチを止める。

「……話になりませんね」

掲示板に表示されたトータルタイムを見て、堂島が冷徹に告げた。

「引き継ぎの合計ロスだけで、世界から1秒近く引き離されている。特に鼓太郎くん、君だ」

鼓太郎が、前髪をかき上げながら眉を寄せる。

「……俺? タイム自体は悪くなかったはずだけど」

「個人の走りは100点だ。だが、リレーとしては0点だ」

堂島がホワイトボードを叩く。

「君のリズムは完成している。だが前の泳者を見ていない。結果、怜との間に致命的なズレが生じ、湊君へのパスも独りよがりになっているんだ」

「……前の奴に合わせるって、俺のダンスにはない概念なんだよ…」

鼓太郎が、珍しく余裕のない表情で吐き捨てた。

■孤高のリズムが招く「不協和音」―

「よし、全員もう一度スタート台に立て。鼓太郎、お前が『線』を断ち切ってるんだよ!」

荒城の怒号が響く。

繰り返される25メートルの引き継ぎ特訓。しかし、何度やっても鼓太郎のところでリズムが狂う。

怜が壁を叩く音。その「音」を聴いてから飛ぶのでは遅い。かといって、怜の速度を予測して動こうとすると、鼓太郎独自の「裏拍」を取るような感覚が、スタート台での静止を乱してしまう。

「……クソっ、合わない!」

鼓太郎が水面を叩いた。

「怜、お前のタッチの瞬間の水しぶき、もっと『タン、タタン』ってリズムで来てくれない? 俺の入りと合わないんだよ!」

「無理を言わないでくれ。僕は僕の最短距離でタッチしている」

怜も冷静さを欠き始める。

■堂島の指摘:指揮者は自分ではない

「鼓太郎君」堂島が眼鏡の奥の瞳を光らせた。

「君は今まで、自分がセンターのステージしか経験してこなかった。だがリレーの引き継ぎにおいて、君は『指揮者』ではない。前の泳者が振ったタクトに、自分の心拍を同期させる『楽器』になりなさい」

一ノ瀬コーチが、鼓太郎の肩に手を置く。

「鼓太郎、自分のビートを捨てるんじゃない。前の泳者の鼓動を、自分のリズムの『イントロ』として取り込むんだ。君なら出来るだろ?」

鼓太郎は深く息を吐き、目を閉じた。

(……自分を消して、あいつらの音を聴け。遥斗の背泳ぎが作る重低音、怜の平泳ぎが刻むスタッカート……それを全部、俺のバタフライに繋げるんだ)

■繰り返されるダイブ:同調への覚醒

再開された特訓。遥斗から怜へ、完璧な連携が繋がる。そして怜から鼓太郎へ。

鼓太郎は、怜の力強いキックが作る「引き波」の振動を、足の裏で感じ取る。それは怜が必死に繋ごうとしている「命のビート」だった。

(……今だ!)

自分のリズムを一旦ゼロにし、怜のタッチが作る「一拍」に全てを委ねて空へ。

「……今の、今の感覚だろ!」

鼓太郎が水面から顔を出し、叫んだ。自分の意志で跳んだのではない。怜の勢いに「跳ばされた」感覚。

「ああ。君の入水音が、僕のタッチと完璧にハモったよ」

怜が水中で不敵に笑った。

■第二回計測:『レガシー・ブルー』の覚醒

1番手の遥斗から、2番手の怜へ。精密機械のような引き継ぎ。

そして、懸念の3番手、鼓太郎。

怜が猛然と壁に迫る。鼓太郎はスタート台の上で、あえて「無」になった。

(怜の指先が、壁の10センチ手前に来た瞬間——)

怜が巻き上げる水しぶきの「熱」を合図に、鼓太郎の体が爆発的にしなった。

一ノ瀬コーチ直伝の「抜いて、入れる」ビート。しかしそれは、これまでの独奏ソロではなかった。

遥斗と怜が運んできた「青い奔流」に、自分のバタフライを溶け込ませる——。

「いっけえええ、湊!!」

鼓太郎が叩きつけた「水上の舞」の熱量を、アンカーの湊が荒城仕込みの闘争心に変えて爆発させる。

4人の個性がぶつかり合うのではなく、一つの巨大な「うねり」となって、ゴール板へと突き刺さった。

■掲示板に刻まれた「証明」

タイマーが止まり、赤い文字が浮かび上がる。

「……嘘だろ」

鼓太郎が、肩で息をしながら掲示板を見上げた。

そこに表示されたのは、世界選手権の決勝ラインに食い込む驚異的なタイム。

そして、鼓太郎の引き継ぎロスは、チームで最も少ない「0.02秒」を記録していた。

「……計算外ですね」

堂島が微かに口角を上げた。

「最も協調性のない表現者が、仲間のリズムを完璧にコピーして見せるとは。鼓太郎くん、君の『肩』の欠点を、チームの『波』が補って余りある加速を生んでいる」

「……へへっ、最高に気持ちいいセッションだったぜ」

鼓太郎が湊の肩を抱き、4人は激しい水しぶきの中で笑い合った。

彼らの瞳には、もはや「はみ出し者」の影はない。

自分勝手な4つの音が、世界を圧倒する最強の「レガシー・ブルー」へと調和した瞬間だった。


◆第三話―「宣言」

「飯の前に、野郎どもに伝えておくことがある」

荒城の言葉に、湊たちは箸を持とうとした手を止め、顔を上げる。コーチ陣の表情は、練習中よりも厳しく、そして確信に満ちていた。

「一カ月後、東京アクアティクスセンターで開催される日本選手権兼USFパリ大会代表選考会。……お前ら4人、全員のエントリーを済ませた。当然、メドレーリレーだけでなく、個人の100メートルもだ」

遥斗が息を呑み、鼓太郎が「ついに来たか……!」と拳を握る。しかし、堂島が冷徹な声で言葉を足す。

「勘違いしないでほしい。今のタイムなら、国内で1位になるのは『当たり前』だ。我々が求めているのは、そんな低い次元の勝利ではない」

堂島は手元の端末を操作し、4人の最新のベストタイムを食堂のモニターに映し出した。

「選考会までの残り一カ月。君たちに課す最終課題は一つ——『全員、その会場でさらなる自己ベストを更新すること』。たとえ1位でゴールしたとしても、タイムが今のままであれば、我々は君たちを認めない」

「自己ベストを……さらに更新?」

怜が思わず聞き返した。先ほど出したばかりのタイムは、すでに限界に近いものだった。

「そうだよ、みんな」

滝沢が、穏やかながらも退路を断つような強い瞳で語りかける。

「世界は立ち止まってくれない。選考会はただの通過点だ。そこで自分の限界を超えられない人間に、USFの決勝で『5つの金メダル』を獲る資格はないんだ」

一ノ瀬も、いつもの軽やかさを封印し、真剣な表情で頷いた。

「君たちの泳ぎは、まだ完成じゃない。あと一カ月、自分のリズムをさらに磨き上げて、世界が震える最高のステージを見せてほしい」

荒城が、4人の顔を一人ずつ射抜くように見つめた。

「1位で満足するような『小者』になるな。お前らが戦う相手は、隣のレーンの奴じゃない。……一秒前の自分自身だ。分かったか!」

「……っ、分かりました!」

湊が、低く、しかし熱のこもった声で答えた。

「1位なんて通過点だ。……一カ月後、あんたたちが腰を抜かすようなタイムを見せてやるよ」

「……更新、ですか。合理的ではないですね」 怜が堂島を見つめる。「ですが……やってみましょう」

怜は計算を超えた「執念」を、遥斗は自分だけの「空」を、鼓太郎は最高潮の「舞」を、そして湊は全てを焼き尽くす「青い炎」を。

四人の少年達は、目の前の食事をエネルギーに変えるように、力強く食らいつき始めた。運命の選考会が近づいている。

 第四話―「絆の証明」

選考会まで、あとわずか。

「ブルー・キューブ」の空気は、静かに熱を帯びていた。

言葉は減り、音だけが残る。

水音。呼吸。キック。それだけで、十分だった。

 ――自由形:相馬 湊 × 荒城 豪

「コーチ、もう1本だ」

 湊が言う。

「よし、行け!」

キックが水を裂く。しなりが、まだ足りない。

だが止まらない。

荒城が笑う。

「いいぜ。その欲だ」

 ――平泳ぎ:数馬 怜 × 堂島 慶太

水中。怜の動きが、一瞬消える。

抵抗がない。ただ、通る。

――タッチ。

顔を上げる。

「コーチ、見えました」

堂島は頷くだけだった。

「続けなさい」

――背泳ぎ:木本 遥斗 × 滝沢 昇

――深呼吸。

遥斗は、目を閉じない。もう影は来ない。

スターティンググリップを掴む。 

――飛ぶ。一直線に、水を切る。

浮かび上がった瞬間、空を見た。

そして雲を突き抜けていく。

滝沢が、静かに笑う。

「いい顔だ」

――バタフライ:日向 鼓太郎 × 一ノ瀬 響

水面が刻む。裏打ちのリズム。

抜く。入れる。抜く。入れる。

身体が勝手に動く。

「……これだ」

鼓太郎が笑う。

一ノ瀬が指を鳴らす。

「乗れてるね」

休憩。

プールサイド。4人、並んで座る。

湊が言う。「……変わったな」

怜が短く返す。「別人だな」

鼓太郎が笑う。遥斗も、つられて笑った。それだけだった。

少し離れた場所。コーチ達が見ている。

「あの顔だ」

「……ああ」

それ以上は、誰も言わない。

 ――選考会前夜。

4人のコーチは、それぞれが持つメダルを机の上に並べた。

「明日は、俺たちの過去を超える『新しい伝説』の誕生を見届けようじゃないか。」


翌朝、4人の少年と4人のコーチは、決戦の地、東京アクアティクスセンターへと足を踏み入れる。会場に流れる独特の緊張感。しかし、彼らの歩みには、一切の迷いはない。

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