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第二章‐「青き炎の点火」

■第一話―「伝説の始まり」

 東京郊外、森に囲まれた最新鋭の強化施設「ブルー・キューブ」。

ガラス張りの屋内プールの静まり返った水面に、四人の少年達の足音が響き渡る。

 湊は苛立ちを隠さず、怜はタブレットを睨む。遥斗は気圧され、鼓太郎だけが楽しげに周囲を見回していた。

プールサイドに立つのは、四人のレジェンドコーチ達。中央に立つ荒城が、一歩前に出た。

◆強化施設・プールサイド

「揃ったな。……まずは、慣れ合いの自己紹介なんて必要ねえ。お前らがここに呼ばれた理由はただ一つだ」

荒城の野太い声が、高い天井に反響する。

「いいか。お前らは国内では『期待の若手』かもしれねえが、世界から見れば、勝ったこともねえ、『ただの敗北者』だ。その自覚はあるか?」

湊が鋭く荒城を睨みつけた。

「……わざわざ東京まで呼んで説教ですか」

「いや、事実を確認しただけだ」

横から堂島が冷徹に、手元の端末を操作しながら告げた。

「君達の現在のベストタイムを、昨年の世界選手権の決勝タイムに重ねてみた。……結果は無惨だ。全員、最下位か予選落ち。表彰台に届く確率は、0.02%未満だ」

静まり返る少年達。その空気を変えるように、一ノ瀬が優雅な仕草で付け加える。

「でもね、だからこそ僕達がいる。この『レガシー・ブルー』には、一つの至上命題があるんだ」

滝沢が、優しく、しかし重みのある口調で言葉を引き継いだ。

「君達4人が、それぞれの個人種目……自由形、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライで金メダルを獲ること。そして——」

滝沢が指差したのは、プールの第4レーン。

「最後の日、4×100mメドレーリレーで、世界を叩き潰して金メダルを獲る。『合計5つの金メダル』を日本に持ち帰る。それが、このプロジェクトの真の目的だ」

「5つ……全部金……?」

遥斗が息を呑みこむ。あまりのスケールの大きさに、言葉が出ない。

「無理だ」

怜が即座に否定した。

「メドレーリレーは、4人全員が世界トップでなければ成立しない。今の僕達のレベルを考えれば、非現実的な目標です」

「非現実的だから、俺達がここにいんだよ!」

荒城が叫び、少年達の前に立ちはだかった。

「お前らの中に眠ってる、自分でも気づいてねえ『青い炎』を、俺達が引きずり出してやる。地獄のような特訓になるだろう。逃げたきゃ今すぐ帰れ。世界をひっくり返す快感を味わいたい者だけ残れ。」

 コーチ達の背後にある巨大な電光掲示板に、鮮やかな青い文字で刻まれた。

『LEGACY BLUE ― 5 GOLD MEDALS OR NOTHING』

湊は黙って荒城を見据え、怜は苦々しく鼻を鳴らし、遥斗は震える手でジャージのチャックを下げ、鼓太郎は「面白くなってきたじゃん」と不敵に笑った。

「よし、挨拶代わりだ。全員、1000m泳げ。アップだ。

荒城の怒号とともに、4人の少年たちが、それぞれの決意を抱いて一斉に水面へと飛び込んだ。

◆「脆いエース達」

 1000メートルを泳ぎ切った4人は、肩で激しく息をし、湊は床に手をつき、遥斗にいたっては今にも倒れ込みそうだった。

――プールサイド

「……はぁ、はぁ……っ。な、なんだよ……その目は……」

湊が顔を上げ、荒城を睨みつける。しかし、その脚は生まれたての小鹿のように震えていた。

「ふん、目も当てられねえな」

荒城が鼻で笑い、コーチ陣の前に一歩踏み出した。

「お前ら、自分が『エース』だなんて自惚れてたのか? 基礎体力がスカスカだ。動きに無駄が多すぎて、水と戦ってるだけだ。これじゃ、世界と戦う前に自分の心臓が止まるぜ」

堂島が、手元のタブレットで記録した4人のフォーム映像を再生しながら続ける。

「特に数馬君、君だ。理論を語る割に、後半のフォームの崩れが酷い。乳酸が溜まった瞬間に計算通りの動きができなくなっている。非効率の極みですね」

「……っ、それは……!」

言い返そうとした怜。だが激しい息切れで言葉が続かない。

一ノ瀬が優雅に歩み寄り、崩れ落ちた鼓太郎の肩に手を置いた。

「鼓太郎くん、リズムはいい。でもね、今の君の体は調律の狂った楽器だ。弦が伸びきっていて、本来の音が出ていないんだ」

滝沢も遥斗の傍らに寄り添い、優しく、しかし厳しい現実を告げる。

「遥斗君、君の背泳ぎは空を見ているんじゃない。沈まないように必死になっているだけだ。まずは、水を支えられるだけの土台を体の中に作らないといけないね」

荒城が雷鳴のような声を響かせた。

「いいか! 今この瞬間からメニューを変更する。今日からしばらくの間、お前らにプールに入る許可は出さねえ!」

「えっ!? 泳がないんですか!?」

驚きで顔を上げる鼓太郎。

「ああ。まずは徹底的な走り込みで、死んでも切れないスタミナを叩き込む。そして堂島によるミリ単位のストレッチ指導だ。可動域の狭い体に用はねえ。」

堂島が冷たく付け加える。

「データによれば、君達の体の柔軟性と基礎筋力は、世界基準の80%程度です。この『欠陥品』の体を、まずは戦える『マシーン』に作り変える。文句があるなら、今すぐそのゲートから出ていきなさい」

少年達の間に重苦しい沈黙が流れる。しかし、誰も立ち上がって帰ろうとはしなかった。

「……やってやるよ」

湊がふらつきながらも立ち上がった。

「あんたたちの言う事が正しいか、その『地獄』ってやつで見極めてやる」

「フッ、いい面構えになってきたじゃねえか」

荒城の口角が吊り上がった。

「よし、全員外へ出ろ! 施設の外周は一周2キロだ。まずは5周、置いていかれた奴には夕食を食わせねえぞ! 走れ!!」

こうして、競泳王国復活を懸けた「レガシー・ブルー」の初日は、プールの水さえ触らせてもらえない、過酷な陸上トレーニングから幕を開けた。

◆レガシーの土台

 一ヶ月間、毎日厳しい走り込みをし、やっとプールに入る許可を得た。プールサイドには、一ヶ月前とは別人のような顔で、4人はプールサイドに立っていた。

荒城の号令で飛び込み、一ヶ月ぶりの水の感触を確かめるように泳ぎ切った1000メートルのアップ。最後の一掻きを終え、四人が次々と水面に顔を出した。

「……はぁ、……ふぅ」

静かな呼吸音が響く。一ヶ月前、あれほど肺を焼き、心臓を叩いた1000メートルという距離。しかし今の彼らは、肩こそ上下させているものの、足取りもしっかりとプールサイドに上がった。

湊は、自分の掌をじっと見つめている。

「……軽い。水が、一ヶ月前よりずっと軽く感じる……」

 (あの時の俺とは、違う——)

「当然だ」

背後から、腕を組んだ荒城が歩み寄る。その横には、ストップウォッチを片手にした堂島、穏やかに微笑む滝沢、そしてリズムを刻むように指を動かす一ノ瀬が並んでいた。

堂島がタブレットを湊たちに向ける。

「データは嘘をつきませんね。心拍数の戻りが、一ヶ月前より40%以上早い。何より、走り込みと徹底したストレッチによって体幹が安定し、ストロークの無駄な『揺れ』が消えている」

「マジか……俺、全然いけるわ。あと2000くらい余裕でいけそう!」

鼓太郎が、水しぶきを飛ばしながら跳ねるように言だた。かつての「ただのムードメーカー」の動きではなく、バネのようなしなやかさがその体に宿っている。

遥斗も、自分の体の変化に驚きを隠せない。

「呼吸が……苦しくない。真っ直ぐ上を見て泳げる感覚があるんです」

そんな遥斗の肩に、滝沢が優しく手を置いた。

「土台ができたんだよ、遥斗くん。君の体が、ようやく自分の意思で動くための『翼』になったんだ」

荒城が、ニヤリと凶暴な笑みを浮かべた。

「喜ぶのはまだ早いぜ、ガキども。今は、戦場に立つための靴を履いたに過ぎねえ。本当の地獄……いや、『レガシー・ブルー』の本番はここからだ」

荒城は、第4レーンの掲示板を指差した。

「スタミナはついた。次は、その強靭なエンジンを使って、お前ら独自の『武器』を研ぎ澄ませてもらう。

一ノ瀬がステップを踏むように彼らの間を通り抜ける。

「さあ、始めようか。君たちの『青い炎』が、どれほど熱くなったか見せてもらうよ」

四人の少年達は、互いの顔を見合わせた。一ヶ月前にはなかった「信頼」と、同じ目標を見据える「戦友」としての火花が、その瞳に宿っている。

「……やってやるよ。次は、あんたたちを驚かせてやる」

湊の宣言とともに、第二段階——各専属コーチによる「極意」の継承が幕を開けた。

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