その五
『一生の楽しみが墓参りなんです』。若しも私が面と向かってそんな言葉を口にされたら、言葉を失って仕舞うでしょう。でもその人を気味悪く思って、ではありません。心の底から同心して、です。その人が中年から壮年にかけての人であるなら、私は何が何でもその人の話を聴きたいと思うでしょう。
「自首しろと仰るのですか」
この言葉は驚きだった。
「違います。そんな事私は勧めていません。それに、どちらかというと私は燈子さんに自首してほしくないと思う人間です。それに、そんな事は私が立ち入る事の出来ない領域の話です。私が言いたいのは、燈子さんはまだまだ生きなければならないという事ですよ。ほらっ、私は燈子さんに笑ってそう言えます。だって自分の思っている事に自信があるからです」
そう言って私は燈子ににこっと笑って見せた。
燈子は私を見詰めていたがそのうち身体を起して、
「私、馬鹿でした」
と言った。
「どうしてです」
「京助さんに私が人殺しだって告白してしまったので、これから会えないって事です」
私は即座にそれを否定した。
「そんな事はありません。私でいいなら、これからも会って下さい。私の住所は渡しましたしね」
私はそう言った後燈子を厳しい目で見詰めた。
「しかし多分、燈子さんはこれから苦しむ事があるでしょう。その時、自分がこの世に一人ではない事を思い出して下さい」
燈子は淋しそうに笑って席を立った。そして去り際に、
「有難う御座いました。今晩此処で京助さんに出逢えて良かったです」
と言い残して部屋を出て行った。
私は私が教えた私の居所宛に燈子が郵便をしてくる事は絶対に無いと確信した。そればかりではない。燈子は私の為に、そう私の為に、私と出逢った今日の記憶を自分の中から消そうとするだろう。私はこの事が自分の思い込みではないという自信があった。何か、何処か分かる、理解出来るのだ。私は燈子の事をもう一人の自分であると思った。状況が違えば私が燈子の一生を送る事になっていたという強い実感が私の裡に在った。しかし追えない。燈子の後を追う事を、今してはならない。
私は燈子を可哀想だと思った。燈子は屹度誠実で何処までも自分を裏切る事の出来ない娘なのだろう。だから一歩を踏み出した。踏み出さずにはおれなかった。しかしそれは燈子に大きな試練を与えるに違い無い。それも燈子自身が長く激しく苦しむ試練を。その傍に誰かが居てやらねばならない。それが私ではないのだろうが、私が両腕を広げて待っていてやったとしてもそれでも私ではないのだろうが、私はその未来が拓けていくのを心から願わずにはいられなかった。
私も暫くして膳を持って席を立った。その場に居られない気持ちになったからだ。しかし何処に行こうと思った訳でもない。そのまま私は十歩程歩き広間の反対の側の隅に座り込んだ。
すると其処には初老の男性が独り黙々と飯を食べていた。しかしこれが、実に服装に特徴があった。奇妙な衣服という訳ではない。だがその初老の男性は異様に古びた背広を着ていたのだ。まず上着の所々が擦り切れてまるで古いシャツの様に透けて向こうが見えている。夏用の背広にしても薄過ぎる。それに釦は袖も含めて皆付いているみたいだが、襟の周囲など破けてはじけている。よく見ると背や胸の部分も小さな穴が開いている。明らかに虫に食われた跡だ。そしてまた胡坐に座っているが、ズボンの膝やその上部などまるでエナメルの様に艶を放って光っている。見事な着古しだ。ここまで完全に原型を保ちながら全体的に擦り切れている背広に私はそれまで出会った事が無かった。寧ろ私は感動していた。
私がその舞台衣装の様な背広に見入っているのに気付いたのかその初老の男性は、
「こんばんは」
と私に挨拶した。それも実に人懐こい素直な笑顔で。私も思わずつられて笑顔で、
「こんばんは。汽車待ちですか。御苦労様です」
と返事してしまった。しかしここからがまことに思い出深いのである。
「私はね、一生の楽しみが墓参りだったんですよ」
男性は何の前置きも無くいきなりこんな事を言い出した。そしてそう言うと薄らと笑った。しかし今度は私は到底つられて笑う気にはなれなかった。それどころか背筋に冷たいものが走ったのをはっきりと憶えている。言っておくがこの男性を気味悪がって背筋に冷たいものが走った訳ではない。突然自分の心の奥深くに在るものを射抜かれた事で背筋に悪寒を感じたのだ。
他人に対して同じ事を言う或いはするのにしても、何か予兆と謂うか前置きを相手に踏ませておいてからするのと何のそれも無く突然藪から棒にするのとでは、受ける側の衝撃の程度が全然違う。不意打ちの効果は全てここに在る。しかしこの初老の男性が私に不意打ちを被らせる理由は全く無い。そして反対に私を庇う理由も無いのだ。この男性は何を思ってそんな言葉を口にしたのだろう。
「私の事、気味悪く思いませんか?」
「いえ、全く」
私は本当に思った通りを答えた。しかし男性は、
「あなたの顔は、気味悪そうですよ」
と呟いた。私はこの男性の誤解を解かねばならない。私が何を理由に悪寒を感じたのかを説明しなければ。
「いえ。私は怖くなったんです。それは、あなたのお話になった事が、私が歩んだかも知れない一生だったからです」
私がそう言うと男性は徳利を持って私に酒を勧めた。私は断った。
「済みません。大変残念ですが、私は酒が飲めないのです。下戸で」
私の断りを気にもせず男性は続けた。
「思えば、他に何も私の気を引かなかったのです。結婚もしませんでしたし、特に何かをしたいとも思いませんでした。人は色んな事に興味を持ちますねえ。若い頃は旅行や異性との交際、中にはそれこそ地方の名物食べ歩きなんて事をしている人も居ました。温泉好きなんて気楽な奴も居ましたねえ。人、色々です。あっ、貯金が趣味という奴も居ました。でも私はそれらの何にも気持ちが動きませんでした。ただ私が亡くなった自分の両親と、それから一生恵まれずに暮らした私の母の姉、おばといつまでも一緒に居たいという事だけが私の切実な希望でした。お墓は私の住んでいる場所からそう遠くではありません。だからいつでも行く事が出来ます。私は若い頃からずっと、何かあったらその墓参りをして父母やおばに色々と話すのです。そうしていると父母もおばも、死んでもう会えないという気がしないんです。まるでいつでも私と一緒に、今も生きている様な気がします。それが私は嬉しかった。私は他の何も要りません。それがあれば良かった。それが無かったら、私はどこか人生の途中で気が変になっていたでしょう」
私はその場に静止して座っているのが苦痛になってきた。これも男性の話が詰まらないからではない。他人が喋っているという気が全然しなかったからだ。何か言いたい、何かを表明したいのだが、何と言って良いのかが判らない。それに何かを言っていいものかどうかがまた判らない。男性は続けた。
「どうして世の中の人はそんな詰まらない事……、いや、私に言わせればなんですが、そんな詰まらない事に懸命になる事が出来るんでしょうね。懸命になっている訳ではないにせよ、そんな先の知れた、行き着く所のもう判っている事をやってみようという気になるんでしょう。私にはどうしてもそれが解せません。私は何一つ遊ばないし趣味らしいものも無いので、仕事勤めをしている間よく同僚から言われました。『詰まらない奴だ』とか『何が楽しくて生きてるんだい?』とかです。でも私に言わせれば、みんな大人なのに小さな子供がやるおはじきをして遊んでいる様に思えましたよ。その場限りなんです。その場限りの、自分を楽しませる、いや今その瞬間の自分を忘れさせる事ばかりしている。そんな事して何が楽しいんでしょうか。そういえば博奕に入れ込んでる同僚も居ました。これは確かに一時今の自分を忘れるには最適でしょう。それに熱中したら私でも吾を忘れると思いますからね。これは後で聞いた話ですが、その男には妻も子も居たんです。その男の悪い遊びの為に、奥さんは苦労して子供はみすぼらしい恰好をして暮らしていたそうです。私だったら堪えられない。いやその奥さんの立場だったらではなく、その男の立場だったら、です。そんな博奕なんかにお金をつかわずに奥さん子供を喜ばせ助ける為につかえば……、屹度、屹度楽しい、笑い声の絶えない家に出来た筈なのに。そしてその男は博奕の為に大層な借金を拵え、奥さん子供に逃げられて会社を辞めました。勿論これは何故詰まらない事に打ち込む事が出来るのかという事とは一寸意味の違う話かも知れませんが、幸い私はそんな事に巻き込まれずに済みました。これは多分、貧しいおばが居たからだと思います」
私は謹聴する以外に何も出来ず、ただ黙って男性の前に座っていた。
「おばは一生の間貧しく、三人の子のうち一人を白血病で、もう一人を水難の事故で失いました。一人残った娘は無事に嫁いで今も暮らしているのですが、おばは自分の親の最期も看取り、本当に一生お金に縁の無い暮らしをしていました。だから私は働くようになってからおばに送金し続けたんです。二十四年間です。おばは自分の僅かな年金と、水難事故で失った息子の生命保険を年金式に受給する事にした毎月の受け取り分と、そして私からの送金でやっと生活を成り立たせる事が出来てました。余分なお金があったら、私はいつもおばに送りました。何か慰めたかったんです。苦労の連続だったおばに『この世も満更捨てたものではない』と言ってほしかった。またそうする事で、私の父母も喜んでくれました。それが私の暮らしを金銭面で守ってくれたんだと思います。無駄遣いをしない様に」
私は自分の前に置いた湯呑の茶を飲むのも忘れていた。私が若しかしたら自分の一生がそうあるのではないだろうかというかたちがそのまま、面と向かって他人の口から語られたからである。相変わらず私は喋る言葉をもたなかったがこの時、
「で、お墓参りが始まったのですか」
という科白がするりと口から流れ出た。
「そうですね。父が亡くなり、おばが亡くなり、そして最後に私の母が亡くなりました。父が亡くなった後で私の墓参りが始まった訳ですが……、墓参りというのは良いですよ。もうこの世には居ない人と、いつでも普通に話が出来るんですから。メーテルリンクでしたっけ、亡くなって天国に行った人達は、地上に生きている人がその人を思い出してくれた時だけ地上に降りてきて、生きている人とお話が出来るんだって言ったのは。私も心からそう思います。優しかった父はいつも私が『どうしたら良いでしょうか?』って尋ねたら、何か教えてくれるんです。全て、父が存命だった時の言葉で父は返事してくれます。そう、これは詰まり父が生きていた時に、その間に、私に伝えるべき事を既に全て余さず伝えておいてくれたって事ですね。そして最後には、生きていた時と同じ様に必ず『お前の良いと思う様にせえ』って言うんです。これには例外がありません。いつも必ず、です」
私は泣きそうになってきた。私は震えていたかも知れない。
「一人、また一人、私の大切な人がこの世を去って、この地上から天国に移って行きました。私は思う様になりました。いつの頃からか、私の生きるこの地上は私の故郷ではなくなっているのだって。いつ頃からか判らないけれども徐々に徐々に、私の所属は私が今も大切に想っている人達の居る天国になっているのだって」
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