第071話:雪煙を突き抜け、春呼ぶ甲子園へ
福井駅の在来線ホームには、激しい雪煙を巻き上げながら、大阪行きの特急『サンダーバード』が滑り込んでいた。
銀色に輝く流線型のボディが、冬のホームに鈍い光を放っている。
デッキの前に立つサンダーバードの前に、三上は歩み寄った。
その背筋は、京都駅で出会ったときとは見違えるようにピンと伸び、両の手には、岩佐から託されたあの傷だらけの古いノックバットが大切に抱えられていた。
「お見送り、感謝するよ。サンダーバード」
「礼には及びません。私はただ、定刻通りに列車を運行しただけです」
サンダーバードは相変わらず冷淡な口調だったが、眼鏡の奥の銀色の瞳には、温かな敬意の色が宿っていた。
三上はコートのポケットから、あの『風の切符』を取り出した。
サンダーバードが黒い革手袋を外し、細く引き締まった指先で切符の表面に触れる。
カチリ、と硬質な音が響き、切符の上に、猛々しく翼を広げる白銀の雷鳥と、鋭いレールを象った銀色のスタンプが浮かび上がった。
┌──────────────────┐
│ [風] 風 の 切 符 │
│ 発駅:情熱を燃やし尽くした場所 │
│ 着駅:越前(魂のフルスイング) │
│ │
│ [下車前途無効・不屈の指導者 覚醒]│
└──────────────────┘
「切符の役目は、これでおしまいです」
サンダーバードは初めて、口元に微かな、けれど美しい笑みを浮かべた。
「良い目になりましたね、三上監督。私の時速百三十キロのスピードにも決して屈しない、真っ直ぐな眼光です。……グラウンドというあなたのレールへ、お戻りなさい」
「ああ! ありがとう、サンダーバード!」
発車を告げるタイフォンが響き渡る。
三上は身軽な足取りで車内へと乗り込んだ。
プシューッと扉が閉まり、銀色の特急は再び湖西線の高架橋へと向けて、圧倒的な加速で滑り出した。
雪煙を突き抜け、比良颪の風を切り裂き、列車は春の待つ関西へとひた走っていく。
***
それから、三ヶ月後の四月。
桜の花びらが舞い散る、大阪の府立高校のグラウンド。
初夏を思わせる暖かな陽光の下、黒土の上に鋭い金属音が響き渡っていた。
――カキィィィィィィィンッ!!
「声出せェェェッ! 一歩前へ出ろ! 泥を恐れるな!!」
ノックバットを振り抜いた三上の怒声が、青空へと突き抜けた。
ユニフォームは泥まみれ、顔中汗だく。
打球を追って、サードの選手が頭から黒土へと滑り込む。
パシィィィンッ!
「ナイスキャッチだ、バカ野郎! もう一本いくぞ!」
「うおおおおぉぉぉっ! 監督、もっと来てください!!」
選手たちが白い歯を見せて叫び、グラウンドに土煙が舞う。
バックネット裏では、練習を見学に来た保護者たちが、驚きながらも、その泥臭く熱い練習に引き込まれるように見入っていた。
誰の顔色も窺わない。
ただ、大好きな野球に命を懸ける三上の背中が、そこにあった。
三上のジャージの胸ポケットには、あの銀色のスタンプが押された『風の切符』が、大切に忍ばされていた。
***
【幕間:山口県・山陰本線・長門市駅】
本州の西の果て、日本海の潮風が吹き抜ける長門市駅のホーム。
大正ロマンを思わせる藍色の絣の着物に、海松色の袴を穿いた文学少女――鉄娘『はなし』が、古い革表紙のノートに万年筆を走らせていた。
「湖西線の疾風が、一人の男の魂を再び燃え上がらせましたか……」
彼女はメガネを外し、夕暮れに茜色へと染まる日本海の水平線を見つめた。
「さて……次は、幕末の維新の志士たちが駆け抜けた、長門と萩の海。己のルーツを探す歴史小説家の卵さんと、語り部としてのわたくしの出番ですね」
潮風が彼女の黒髪を揺らし、二条のレールが夕陽の帯となって西へと伸びていた。
風の切符が導く旅路は、決して足を止めることなく、次の物語へと走り続けている。
(第一周遊 第七章『サンダーバードと雪解けの越前そば』 了)
(第一周遊 第八章『はなしと黄昏の日本海、幕末の志』へつづく)




