第064話:千年の研ぎ澄まし、越前打刃物の火花
敦賀を出た列車は、北陸トンネルの深い闇を抜け、越前平野の南端――武生へと至った。
駅を降り、粉雪が舞う街道を車で二十分ほど走ると、すり鉢状の屋根を持つ巨大な円形工房が現れた。
越前打刃物の共同工房――『タケフナイフビレッジ』だ。
「ここ武生はね、南北朝時代、京都の名工・千代鶴国安が刀剣鍛造に適した地を求めて移住して以来、七百年の歴史を誇る鍛造刃物の聖地です」
サンダーバードに案内され、工房の扉を開けた瞬間、三上は熱風の洗礼に顔を覆った。
――ズドォォォォンッ! ズドォォォォンッ!!
地響きのような重低音が、足の裏から内臓へと突き上げてくる。
薄暗い土間の中央、赤々と燃え盛るコークス炉の炉口から、千度を超える灼熱の炎が吹き上がっていた。
炉から火箸で引きずり出された鋼は、まるで太陽の破片のように眩しいオレンジ色に発光している。
それを鉄床の上に据え、電動ベルトハンマーが目にも留まらぬ速さで叩きつける。
バチバチバチッ!! と四方八方に火花が炸裂した。
鉄が焼け、油が気化する、野性味あふれる鉱物の匂い。
作業服に革のエプロンを締め、防護面をつけた白髪の老鍛冶職人が、飛沫する火花も意に介さず、全身全霊の力で鋼の角度を微調整していた。
「……すごい迫力だ」
三上は固唾を呑んで立ち尽くした。
老職人はハンマーを止めると、赤く焼けた包丁の刃先を水槽へと一気に突っ込んだ。
ジュゥゥゥゥッ……! と白い蒸気が立ち上り、一瞬で鋼が黒く引き締まる。
職人が面を上げ、額の汗を手の甲で拭った。
「見慣れねえ顔だな。……刃物、見に来たのかい?」
「あ、はい……見事な鍛造ですね」
三上が頭を下げると、老職人は黒く焼けた包丁の刃先を指先で弾いた。
キィィィン……と、澄み切った鐘のような高音が作業場に響き渡る。
「越前打刃物の特徴はな、『二枚広げ』だ」
職人は二枚の刃物を重ね合わせる仕草をした。
「二枚の鋼を重ねて同時に叩くことで、薄くて強靭な刃ができる。……鉄ってのはな、叩かれなきゃ絶対に強くならねえんだよ」
「叩かれなきゃ、強くならない……」
「そうだ」
職人は炉の赤い火を見つめた。
「叩くことで、鉄の中の不純物が火花となって飛び散り、組織が細かく緻密に詰まる。だからこそ、カミソリのように鋭く、骨に当たっても刃こぼれしない粘り強さが生まれるんだ」
職人は三上のスーツ姿と、その引き締まった肩幅をじっと見つめた。
「だがな、兄ちゃん。鉄を鍛えるときに、一番大事な掟があるんだ」
「掟……ですか?」
「冷めちまった鉄を叩けば、一発で真っ二つに割れる。……鉄を叩いていいのはな、鋼が真っ赤に燃え上がって、芯まで熱い時だけだ」
職人の濁りのない瞳が、三上の胸を射抜いた。
「人を鍛えるのも同じじゃねえのかい? 自分自身が冷え切っているのに、他人のケツばかり叩いたら、相手は壊れるだけだ。指導者が誰よりも真っ赤に燃えて、魂の熱を相手に伝えてやらなきゃ、人は絶対に育たんよ」
――ドスン、と胸の奥に巨大な鉄槌が振り下ろされたような衝撃が走った。
三上は息を呑み、自らの両手を見つめた。
自分は、どうだったか。
いつの間にか情熱を失い、世間の目を気にし、教育委員会の顔色を伺い、冷え切った心で生徒たちに「もっと声を出せ」「全力で走れ」と命じていただけではなかったか。
自分が真っ赤に燃えていなかったから、生徒たちの心に火がつかなかったのだ。
「……私のレールは、次なる目的地へと向かっています」
サンダーバードが静かに告げた。
「その火を、再び燃え上がらせるべき場所へ……行きましょう、三上徹」
炉の火花を背に、二人は工房を後にした。
三上の胸の奥底で、灰の中に埋もれていた炭が、ジリジリと音を立てて赤く燻り始めていた。




