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第060話:新しい朝、金沢から未来へのレール

和倉温泉駅のホームには、旅立ちの汽笛が静かに鳴り響いていた。


 深紅と漆黒の着物をまとった花嫁が、改札の前に立ち、優雅に頭を下げた。

「お母様、美咲さん。……素晴らしいお時間を、ありがとうございました」


 美咲はハンドバッグから、あの『風の切符』を取り出した。

 花嫁が指先でそっと触れると、切符の表面に、加賀友禅の満開の桜と、固く結ばれた真紅の水引をかたどった、見事なスタンプが浮かび上がった。


┌──────────────────┐

│ [風]  風 の 切 符    │

│ 発駅:意地を張った雨の門    │

│ 着駅:和倉温泉(結びの暖簾)  │

│                 │

│ [下車前途無効・母娘の絆 完了] │

└──────────────────┘


「切符の役目は、これでおしまい束の間でございます」

 花嫁は目元を和らげ、美咲の手を両手で優しく包み込んだ。

「お嬢様。暖簾をくぐったその先に、光り輝く未来が待っております。……どうぞ、世界で一番お幸せな花嫁におなりあそばせ」

「はい……! 花嫁さん、本当にありがとうございました!」


 列車は再び走り出し、母娘を乗せて金沢駅へと戻ってきた。


***


 金沢駅の新幹線乗り換えコンコース。

 二人の手には、あの三百年剥げない輪島塗の朱塗りの夫婦椀と、母が夜なべして手縫いしてくれた純白のウェディングベールが、大切に抱えられていた。


 ふと在来線のホームを見下ろすと、雪煙を上げて滑り込んできた銀色の特急列車が目に入った。

 鋭い流線型のノーズを持つ、特急『サンダーバード』。

 デッキの影に、銀髪をショートカットにした、冷涼な瞳を持つ長身の美女が凛と立っているのが見えた。福井・敦賀、そして琵琶湖を抜けて京都・大阪へと向かう、北陸路の疾風の化身だ。


「……綺麗な電車ね」

 真弓が呟いた。

「うん。雪の中を、まっすぐに前を向いて走ってる」


 美咲は母の腕に、自分の腕をそっと絡めた。

「お母さん、東京に戻ったらさ……ドレスショップ、もう一回一緒に行ってくれる? お母さんのベールに一番似合うドレス、一緒に選んでほしいんだ」

 真弓は驚いたように目を見張り、そして、泣き笑いのような温かい顔で頷いた。

「……うん。喜んで付き合うわ」


 東京行きの新幹線のドアが閉まり、二人は並んで座席に腰掛けた。

 窓の外、雪をかぶった金沢の街並みが、祝福の光を浴びて遠ざかっていく。

 母と娘の未来へと続くレールは、どこまでも、どこまでも真っ直ぐに伸びていた。


***


【幕間:雪煙の敦賀駅・交差点】


 日本海からの雪混じりの強風が、北陸の要衝・敦賀駅のレールを白く染めていく。

 ホームの柱の陰で、銀髪の美女――鉄娘『サンダーバード』が、冷涼な銀色の瞳を細めて、去りゆく列車の気配を見送っていた。


「……加賀の暖簾が、美しい絆を結び終えたようですね」

 彼女は雪の結晶を指先で弾くと、湖西線のレールを見据えた。

「さて……次は、雪深き越前と若狭の道。指導に行き詰まり、情熱を失いかけた野球部の監督と、昔気質の恩師……。私の俊足で、冬の日本海を切り裂いて差し上げましょう」


 銀の疾風が、雪煙を巻き上げて唸りを上げた。

 風の切符は、次なる迷い人を乗せて、冬の北陸本線へと駆け出そうとしていた。


(第一周遊 第六章『花嫁と朱塗りの椀、母娘ののれん』 了)

(第一周遊 第七章『サンダーバードと雪解けの越前そば』へつづく)

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