第006話:空を飛ぶ鉄橋、青き日本海へ
特急はまかぜは、和田山駅で播但線を走り終え、山陰本線へと合流した。
ここからはかつて京都と下関を結んだ歴史ある本線だ。線路の規格が上がり、ディーゼルエンジンはさらに滑らかに回転を上げて、円山川に沿って北へと突っ走る。
八鹿、江原、鞄の町として知られる豊岡を抜けると、車窓の緑に少しずつ「潮の気配」が混じり始めた。
温泉街として名高い城崎温泉駅を過ぎると、線路はいよいよ日本海側の断崖絶壁――山陰海岸ジオパークの険しい地形へと分け入っていく。
「さあ、席を立ってデッキにおいで! もうすぐ、あたしの名前の由来になった場所を通るよ!」
はまかぜに手招きされ、涼太は先頭車両のデッキへと向かった。
列車は長いトンネルの中を轟音を立てて疾走している。暗闇の中、はまかぜの瞳が夜光虫のように青く輝いていた。
「トンネルを抜けたら、目をしっかり見開いてな!」
「えっ、何があるんだ――」
涼太の言葉が終わるか終わらないかの瞬間、視界が真っ白に弾け飛んだ。
ゴオォォォォッという風切り音とともに、列車がトンネルの闇から大空へと放り出される。
「うわあぁぁぁぁっ……!?」
涼太は思わず手すりを両手で握りしめた。
足元には、何もない。
いや、正確には線路があるのだが、その高低差があまりにも異常だった。
地上から約四十メートル。ビルにして十階建て以上に相当する天空の橋――余部橋梁だ。
左手を見下ろせば、赤茶色の瓦屋根が密集する小さな漁村が、まるで箱庭のように小さく見える。
そして右手の車窓いっぱいに広がっていたのは――。
どこまでも、どこまでも広がる、圧倒的な紺碧の日本海だった。
「す、すごい……! 海だ……!」
「そうさ! これが日本海! 冬は鉛色の荒波が吹き付けるけど、初夏の海はこんなにも深くて青いんだ!」
はまかぜが、窓のわずかな隙間から吹き込む汐風を全身で浴びながら、両手を広げて叫んだ。
その姿は、まるで海の上を飛ぶ銀の海鳥のようだった。
波打ち際で砕ける純白の白波。切り立ったリアス式海岸の奇岩。海鳥たちが群れをなして風に乗り、列車のすぐ真横を滑空していく。
空気の匂いが、山の土の匂いから、キリリと引き締まった潮と海藻の香気へと完全に切り替わっていた。
「あたしの仕事はね、都会の人間をこの海へ連れてくること。そして、この海で育った美味い魚や蟹を、山を越えて南へ届けることさ。昔からずっと、この山と海を結んできたんだ」
はまかぜは慈しむように、列車の壁に手を当てた。
「播磨の山を越えなきゃ、この海には辿り着けない。険しい峠を登った者だけが、この青さに出会えるんだよ。あんたもそうさ、シェフ。よく逃げずに、ここまで山を越えてきたね」
「……はまかぜ」
涼太の胸に、熱い塊が込み上げてきた。
母はいつも、口癖のように言っていたのだ。
『涼太、あんたが大きくなったら、香住の海を見せに連れてったるからな。ビルの隙間から見る空とは違う、本物の青い色しとるんやで』
その約束を果たす前に、母は逝ってしまった。
けれど今、自分はこうして母の愛した海の上に立っている。空を飛ぶような銀の列車に運ばれて。
列車は余部の鉄橋を渡り終え、再び短いトンネルをいくつか潜り抜けた。
勾配を下り、海が目線の高さまで近づいてくる。
入り江の奥に、無数の漁船が停泊する港町が見えてきた。
「次は、香住。香住だよ」
車内アナウンスのような声で、はまかぜが柔らかく微笑んだ。
「あんたの『本当に帰るべき場所』だ」




